15. いちばん目立つお知らせ
ルダは、相談票の文字より先に、終わる時刻へ指を置いた。
「このあと、ここへ戻すのね」
「はい。別の会場へは運びません」
翌朝、リコとナギは西の坂を越えていた。ルダが声をかけてくれた手伝いの女性も、戸口で話を聞いている。太い布紐で袖を留め、片手に空の用具籠を提げていた。
「初日の昼過ぎなら、出すのも戻すのも手伝えます。夕方まで延びると、私は帰らないと」
「延ばさない形で、主催へ返事をします」
ルダは答え、小さい据置枠の図を横へ回した。大きな枠を組む予定だった場所から、既存の軒の下へ指が移る。
「前日に置けるなら、私も立ち会えます。台に合うか、確かめに来る日を教えてください。元の広さを空けて待つのは、もうやめていい?」
ナギが主催の控えを示した。用具係と自分が前日の設置を受け持つ予定は、双方で確認できている。使う小型枠も確保した。現地で固定箇所と世話の道を合わせ、合わなければ開ける約束を先にしない。
「大きい枠の場所は、要りません。下見で、この台と軒を見せてください」
ルダは息を吐き、相談票へ名前を書いた。
「じゃあ、短い方で。隣との見回りの交換は、変えずに済みますね」
リコは、夕方までに片づける欄をもう一度見せた。
ルダはその上へ指を置いたまま、手伝いの女性とうなずき合った。許してもらえたかどうかを、今ここで尋ねる気にはならなかった。
*
別の軒下へは、ルダが持ち主に声をかけてくれた。
道具を扱う店の主人で、灰色の襟巻きを細く首へ巻いている。戸の外へ出す品を少し寄せ、乾いた所と雨が吹き込む所を、靴の先で示した。
「午前に短く一回。水だけの見本なら、ここを使っていいですよ。見物の人が、戸を塞がないようにね」
リコは台を置く候補を図へ記した。日よけと足場を改めて確かめること、雨が入り込めば閉めること、終わった道具は当日中に引き上げること。主催の相談票を主人に読んでもらい、了承を受け取った。
いつも店を手伝う人が、見本の出し入れと片づけを受け持てるという。その人にも時刻を確かめてから、リコは開催案へ丸を付けた。
二か所とも、図の上だけの場所ではなくなった。
それでもナギの手帳には、まだ測っていない所がある。次に訪ねる日を双方と決め、二人は港へ向かった。
*
昼前の準備便から、ボンゴが大きな平箱を抱えて下りてきた。
「濡れなかったぞ。曲がってもいない」
誰より先に箱の無事を知らせ、梱包職人は短い口ひげの下で笑った。その後ろで、ピッパが旅の鞄を肩へ掛け直している。局の仕分け台にいる時と同じ速さで、荷札と受取の控えを見比べた。
「二つとも受け取りました。こちらの一つは、宿まで先に運びます」
足元にあったのは、通気する蓋の付いた別の籠だった。
ナギが腰を落とすと、乾いた布の間から橙色の耳が出た。白い体が丸く持ち上がり、墨色の足が籠の底を踏む。ポルが短く鳴いた。
「久しぶり」
ナギは蓋を開けず、外から声をかけた。鼻先が網へ近づき、それから、もとの布へ戻っていく。
「私には?」
リコものぞくと、耳が一つだけ動いた。
「聞いては、いるみたいだね」
「返事を選ばれてる」
ピッパが笑い、宿の受入れを確かめた紙を出した。
二人が相談してあったこの便には、職人と仕分けの応援用の席があり、籠の置場も船側へ確認してあった。費用は主催の会場準備枠から出る。ミナト輪の仕事はマレが代わりの担当へ割り振り、二人は祭り初日の片づけまで滞在して、翌朝の通常便で帰る予定だった。
ポルの籠の運賃と世話用品は、リコとナギが自分たちで出している。長く留守にしている二人が、世話をこちらで引き継ぐ。帰局時にツバメ号へ載せる籠の固定場所と、世話用品の分も、二人で積載の予定へ入れていた。
宿では、二人の部屋と同じ階にある乾いた荷物置場の一角を、主人が確かめてくれた。ナギが籠と水の置場を決め、餌の袋を棚へ置く。
外の仕事が重なる間は、ピッパとボンゴが時間を合わせて交替する。ピッパは宿でできる案内の整理をその時間へ移し、ボンゴは戻る時刻を帳面へ書いた。帰宿後はリコとナギが受け持つ。
「祭りの方へ、一緒に連れていくつもりじゃないんだな」
ボンゴが聞くと、ナギは布を整えながらうなずいた。
「こっちで休んでいてもらいます」
ポルは整えられた端を前足で寄せた。ナギが手を戻すより早く、布は小さい山になっていた。
*
午後、宿の一階で主催が借りている作業室で平箱を開けると、黄色い花が起き上がった。
折り畳んであった薄い布の花弁を、ボンゴが一枚ずつ広げる。中央は丸く、縁には青い帯がある。荷箱の中で咲いた植物ではなく、掲示を目立たせるための布飾りだった。リコが支える見本の掲示板へ留めると、板の上半分が花になった。
「これなら、遠くからも変更に気づく」
ボンゴが二歩下がって胸を張った。
ピッパは眼鏡を押し上げ、板の前で右へ動いた。次に左。しゃがんでから、また立つ。
「本文は、どちらですか」
「真ん中だ」
「真ん中に、花がいます」
正式に配る案内は、まだ別の机にある。こちらは字の配置を試す一枚だった。リコが花弁を上げると、中央展示、まで読めた。手を離すと、展示も隠れた。
「押さえていれば、読めます」
リコが言った途端、ピッパが手を伸ばした。二人で左右を持ち上げる。ボンゴは少し離れた所から、うん、とうなずいた。
「よし、目立つ」
「私たちが、ですよ」
ピッパの顔だけが花の左に出ていた。
リコは笑ってしまい、右の花弁を落とした。今度はピッパの顔が全部見える。片側だけの大きな襟のようになり、ボンゴまで腹を押さえた。
「笑ってないで、こちらへ」
呼ばれたボンゴが持ち手を代わると、ピッパは机から三枚の札を取った。遠くから見る位置、立って読む位置、座って読む位置。床へきれいに並べてから、最初の札へ戻る。
「順番に確認します」
「これ、読む人にも全部歩いてもらう?」
リコが尋ねた。
ピッパは花と三枚の札を見た。しばらくして二枚を拾い、一枚だけ残した。
「この場所で読めなければ、先に直します」
花は板から外された。
ボンゴが金具を片づけている間、ナギは上階へ様子を見に行った。戻ってきて、眠っている、とピッパへ伝える。次は彼女が水の器を確かめる番だった。
ボンゴは少し惜しそうに畳みかけ、窓側の柱を見上げた。主催に尋ねると、通路へ張り出さず、下の案内から離れた上部なら、飾ってよいと言われた。
「別々でも、祭りは寂しくならんか」
「花を見てから、字を読めます」
リコの返事を聞いて、ボンゴは花を開き直した。
*
翌朝、正式な案内が机へそろった。
中央の昼の回は中止。朝と午後は、それぞれ二十四席。協賛先の招待分が十六、当日の無料分が八。受付は各回の一時間前からで、満席なら次の案内を尋ねてもらう。
昼の協賛枠から移る場合は、朝と午後の招待分の空きを主催が確認し、本人の希望を聞く。八つの当日席へ移して帳尻を合わせることはしない。希望に合わない場合の未実施分の精算は、主催の窓口で扱う。
リコは昼の中止を最初に、その下へ二つの小展示を書いた。ルダの所は午後の短い生体観察、もう一方は午前の水だけの見本。どちらも大展示の代わりを必ず見せる、とは書かない。時間と入口、座って見られる場所、雨の場合の案内を分けた。
「ここ、矢印が二本とも同じに見えます」
ピッパが指したのは、客の入口と用具を運ぶ道だった。
リコは配布用から用具の線を外し、係へ渡す図にだけ残した。ナギが二枚を並べ、同じ会場を指す印を確かめる。ボンゴは端を補強し、濡れても交換できる留め方で、板へ案内を収めた。
今度は誰も、花弁を持つ必要がなかった。
配布へ出る前に、主催が席の欄へ確認の印を入れた。協賛先への回答と、配布する案内の枚数を分けて数える。新しい紙を渡しただけで、全員が都合を変えられたことにはしなかった。
リコとナギが市場へ持っていく間、ボンゴは作業室で予備の板を仕上げ、ポルの世話も引き受けた。ピッパは主催の窓口へ行く。先に済んだ方が宿へ戻る、と二人が確かめるのを聞いてから、リコは出かけた。
傘市場の入口で、最初の一枚を掲示した。
紐を結び終える前に、買物袋を両手に持った女性が足を止めた。見出しを読み、小展示の場所へ顔を近づける。
「こっちは、店の軒の所? 魚はいないのね」
「水の向こうの景色を見る見本です。生き物を見るのは、午後のこちらで」
リコは二つの欄を指した。女性はうなずき、途中の道を目でたどってから、袋を持ち直した。
「雨なら、どっちも休み?」
雨の時には変更があります、と書いた一行が、急に広すぎる言葉に見えた。リコは予備紙へ質問を書き、主催へ確認することを伝えた。
昼前に戻ると、入口の札で各会場の開閉を知らせ、離れた所から来る人には中央の案内所でも確認できるようにする、と返事がもらえた。リコは配布前の紙へ確認先を書き足す。市場の一枚も、自分で替えに戻った。
同じ女性がまた通りかかり、増えた一行へ目を止めた。中央の案内所の字を指す。
「じゃあ、先にここで聞けばいいのね」
大きな声ではなかった。けれど今度は、どこを読んだのかが分かった。
*
その日の昼までに、返事がいくつか戻った。
昼に店を閉めるつもりだった男性は、別の回へ行ける人の分だけ、窓口で希望を伝えていた。全員ではない。リコは返送された控えの人数を、そのまま書き写した。
別の小会場候補からは、今回は参加しないという返事があった。新しい時刻では、手伝う人がそろわない。手紙の最後には、来年も相談はしてほしい、とある。
ピッパが地図を持ってきた。リコはその場所の開催印を外したが、連絡先は消さなかった。
ミナト輪から届いた通常便には、マレの短い報告も入っていた。アカリの町の記録は週初めに提出され、受領の控えが出た。見直しは予定どおり来週初めで、追加の便については、まだ回答がない。
リコは椅子へ腰を下ろした。受け取られたという一行の上で指を止め、それから鞄の中の前の便りと合わせる。
「届いた?」
ナギが尋ねた。
「うん。今度は、読む人の所まで」
彼は少しだけ笑った。リコも返事の紙を出した。祭りの図とは違う用件だったが、書く相手の顔を思い浮かべる時間は同じだった。
夕方、掲示を見に来たルダは、まず自分の所の終了時刻を確かめた。それから、葉の裏を探してみてください、という一行を読んだ。
「これなら、あの店の人にも渡せます」
予備の案内を一枚受け取り、ルダは畳まずに持った。顔を上げると、離れた柱の花が目に入ったらしい。
「大きいね」
「最初は、もっと大きかったんです」
ピッパが答えたので、リコは彼女を見た。花そのものの大きさは変わっていない。
ピッパは案内の字へ目を戻し、口の端だけを上げた。




