3. 箱の中に残す場所
ボンゴ:35歳、男性。ミナト輪の郵便局に出入りする梱包工房《くるり包み店》の職人。がっしりした体格、濃い茶色の巻き毛、短い口ひげ。からし色のシャツに青緑の作業つなぎ。
ピッパ:26歳、女性。ミナト輪郵便局の仕分け計画担当。黒い顎丈のボブ、丸眼鏡、すもも色のベスト、生成りのシャツ、濃灰の長ズボン。平静な顔と素早い足取りが特徴。
「エダさんにパンを運んだ時、一緒に食べさせていただきました」
出勤の途中でパン屋に寄ると、店主は並べかけていた丸パンを盆へ戻した。
「エダさんが、そう伝えてくれって。おいしかった、とも」
「そうかい」
店主は少し口元を緩め、盆の上のパンを一つ並べ直した。
「あの人の豆は食べた?」
「はい。焼き方も教わりました」
「じゃあ、帰る時間を忘れそうになっただろう」
リコは笑った。
昼に食べる分を一つ買い、店を出た。温かい紙袋を手に、昨日より少しゆっくり坂を上がる。
郵便局の窓口が見えると、内側から大きな箱が横切った。
*
「そこへ置くと、作業する場所がなくなります」
ピッパが指した台の上で、男は箱を半回転させた。箱の蓋には、鮮やかな紐が見本として何本も渡してある。
「これなら全員から見えるだろう」
自分で笑った男は、青緑の作業つなぎを着ていた。がっしりした腕、濃い茶色の巻き毛、短い口ひげ。からし色の袖を折り直すと、リコへ顔を向けた。
「君がリコか。くるり包み店のボンゴです。今日はよろしく」
「よろしくお願いします」
差し出された手は大きく、指の腹が硬かった。
「昨日、初めて担当の便を出したんだって?」
「はい」
「じゃあ今日は、船の中で荷物がどうして無事だったか、教えてあげよう」
ボンゴが大箱を指す。リコがうなずくより早く、ピッパは隣の棚から、小さな空箱を取ってきた。
「こらこら、今日の荷物はこちらの大きさです」ピッパが言う。
空飛ぶ船は揺れるため、荷物が破損しないようにするため、梱包は非常に大切な作業だ。
ボンゴはリコと二人で大箱を台から下ろし、梱包作業する区画の壁際へ寄せた。ようやく、机の上が開けた。
ピッパが作業台の半分へ布を敷いた。
「こちらが、お客さまの品。見本の箱はこちらで使いましょう」
布の上には、古い木箱と、浅い陶器の鉢があった。鉢の縁には青い線が一本回り、箱の角には細い補強板が付けられている。
持ち込んだ依頼主である女性が、窓口側から箱の蓋を開けて見せた。
裏に小さな舟の絵が描いてある。
「娘が小さい時に描いたんです。鉢だけ送ればいいかと思ったら、箱も欲しいって」
娘は別の島で暮らし始めたのだという。
「この箱で、送れますか」
ボンゴは蓋を閉めたり、底に手を添えたりした。古い角を親指で押し、補強板のところで手を止める。
「箱は使えます。中の支えは、この鉢に合わせて作り直しましょう」
「お願いします。中は触ってくださって大丈夫です」
「用事を済ませて、昼前に戻ります」
女性はリコにも頭を下げてから、受付へ戻った。
リコは蓋を置く場所を空けた。舟の描かれた裏側を上にする。梱包の紙で隠れてしまう前に、もう少し見ておきたかった。
*
ボンゴは本物の鉢を布の奥へ移し、同じ形に削った木の見本を持ってきた。練習用の箱は、お客の箱に合わせて内側の広さを調整してあるという。
「まずはこれで、包んでみよう」
リコは底に敷くものを選び、木の鉢を置いた。周りに畳んだ紙を入れ、少し押す。片側へ寄るので紙を足し、反対側も詰めた。
指先で軽く確かめると、見本は動かなくなった。
蓋を閉じる。浮き上がるところもない。
「できました」
ボンゴは箱を受け取り、傾けすぎない程度に向きを変えた。中で物が転がる音はしなかった。
「うん。落ち着いてる。では、届きました」
そう言って、リコの前へ戻した。
「開けてみて」
蓋を外し、見本を持ち上げようとする。
指が入らなかった。
紙の端も、鉢との隙間も、きれいに押し込んである。爪で一枚ずつ引き出しかけて、リコは手を止めた。本物なら、すぐ隣に薄い陶器の縁がある。
「……受け取る人も、こうなりますね」
「たぶん、いま同じ顔をしてる」
ボンゴが笑った。
最後に押し込んだ紙の角が、爪の先に引っ掛かった。引くとちぎれそうで、リコは指を離した。
「紙を減らすと、また動いてしまいそうです」
「だから、どこから外すかを作る。運ぶ時には支えて、開けた時には抜けるように」
ボンゴは指先で、箱の角から一枚ずつ紙をほどいた。力を入れたようには見えなかったのに、やがて見本の脇へ指が入った。
「もう一度やってもいいですか」
隣の作業場を見た。荷物は増えていて、ピッパの机の前にも人が来ている。
ピッパは壁の予定表を確かめた。
「この荷は午後の便です。こちらの台は、午前中使えます」
そう答え、やり直すための紙を広げる場所まで空けてくれた。
リコは紙を箱から出した。何枚使ったのか、数えておけばよかった。窮屈そうだった木の鉢の横に、思いのほか大きな紙の山ができた。
「短い定規、要る?」
工具を届けに来ていたナギが、箱の内側を見ていた。
「貸して」
「昼まで使ってていいよ。僕は船にいるから」
長い定規では測りにくかった底へ、小さな木の定規が入った。
今度は、取り出す順から考えた。
最初に抜く紙の支えを二つ、向かい合わせに作る。折った端を内側へ押し込まず、つまめるよう上へ残した。支えを抜けば、鉢の両脇へ手を差し込める。
ボンゴに見てもらい、蓋をした時の収まりを直す。閉じている間は支えが動かず、開ければ紙を先に抜ける形になった。
リコは一度、手を膝に置いた。
初めてこの箱を見る人のつもりで、蓋から開ける。
紙を二つ外すと、今度は両手で見本を持ち上げられた。
「取れた」
声にすると、それだけのことだった。
でもリコは、見本をもう一度入れて、また出してみた。
ボンゴが、箱の縁に片手を置いた。
「それなら俺も、説明する場所が残るな」
壁際の大箱を見たので、リコは笑った。
「近くで見た方が、指の動きまで分かりました」
「次から口上を短くするか」
「そこまでは、まだお願いしていません」
戻ってきたピッパの返事に、ボンゴが声を上げて笑った。
*
本物の鉢には柔らかな包みを添え、ボンゴと一緒に古い箱へ収めた。縁が直接箱へ当たらないよう確かめ、取り外す支えにも折った端を残す。
昼前に戻ってきた女性に、開け方を見てもらった。女性は両手で鉢を持ち上げ、箱の中を見た。
「これなら、あの子にも分かりそう」
蓋の舟を指でなぞってから、ボンゴへ包み直しを頼んだ。
リコは最初に外す紙へ、小さな印を付けた。説明の札は蓋の内側に挟み、舟の絵を覆わない場所へ置く。外装と送り先の札を整える最後のところは、ボンゴの手元を見ながら手伝った。外側に紐をかける時は、彼が指を止めて結び目を見せてくれた。
出来上がった荷は、午後便の棚へ渡された。
棚に載ると、舟の絵も紙のつまみも見えなくなった。リコはもう一度荷札を確かめた。次にあの蓋を開ける人が、絵を見て何と言うのかは、ここからでは聞けない。
切れ端を分けて片づけ、借りた定規を取り上げる頃、窓から入る光が作業台の中央まで伸びていた。
「お昼にしましょう」
ピッパが言った。
「その前に、これを返してきます」
リコは定規を持って港へ向かった。
*
ツバメ号は桟橋につながれていた。橙色の帆は畳まれ、渡し板の向こうでナギが工具箱を閉じている。
リコが声をかけると、彼は顔を上げた。
「できた?」
「うん。開けるところまで」
渡し板を渡り、定規を返そうとして、足元の小さな獣に気づいた。
白い毛に包まれた丸い体。墨色の短い足と、橙色の耳がある。両手を合わせれば載りそうな大きさだった。端切れをくわえ、通路の脇を忙しく歩いている。
こちらへ顔を向けると、ちり、と小さなベルのような声を出した。
「この子は?」
「風綿獣のポル。船が泊まってると、時々来るんだ」
ナギは動物の通り道から工具箱を引いた。
ポルは布を離し、床を前足で二度かいた。それからまたくわえて、壁際の浅い箱へ運んでいく。中には、使い古した帆布が丸めてあった。
「布を集めるの?」
「うん。寝床にする。そこの端切れは、持っていっていい分」
リコは思わず手を伸ばしかけた。
ポルは耳を動かし、布を押さえてこちらを見た。
手を引くと、また布の端を引っ張り始める。リコはしゃがみ、その場から眺めることにした。
「そこ、歩く時には踏まない?」
「通路より奥だから。綱や留め具のところへは、布を置かせないよ」
寝床の箱は、荷物の固定場所とも分けてあった。
ナギが残りの端切れを畳んで重ねると、ポルは上の一枚を引き出した。前足で押し、体を寄せ、きれいな四角を丸く崩してしまう。
「ああ、せっかく畳んだのに」
「そっちは、開きやすかったみたい」
リコが言うと、ナギも笑った。
ポルは二人を見ず、布の間へ鼻を入れた。しばらく向きを変え、ようやく体が収まると、橙色の耳だけが縁からのぞいた。
リコは定規をナギへ返した。
寝床へもう一度目をやり、二人で船を降りた。
*
局の休憩卓では、ボンゴが昼の包みを開こうとしていた。昼番との交替を終えたピッパが、湯気の立つ器を置いている。
リコは朝買ったパンを出した。
「それ、昨日運んだ店の?」
「うん。今日は、自分の分」
ナギの向かいへ座ると、ボンゴが包みから布を引き抜いた。中から出てきたのは弁当だけではなく、小さな巻尺だった。
「ここにあったのか」
「それで、大きな定規を使っていたんですね」
ピッパが言った。ボンゴは巻尺を片づけ、手を洗いに立った。
戻ってくるのを待ちながら、リコはパンを割った。
昼にはすっかり冷めていたけれど、そのままでも甘かった。
「午後は、あの結び方をもう一回見てもいいですか」
席へ戻ったボンゴに尋ねる。
「もちろん。見本の箱は、どれにする?」
「手が届く方で」
ピッパが先に答えた。
リコは笑って、机の真ん中へ器を寄せた。
四人の肘がぶつからない場所に、温かいスープが収まった。
ポル:この世界にいる謎の魔獣。ふわふわしている。




