↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/95

3. 箱の中に残す場所

ボンゴ:35歳、男性。ミナト輪の郵便局に出入りする梱包工房《くるり包み店》の職人。がっしりした体格、濃い茶色の巻き毛、短い口ひげ。からし色のシャツに青緑の作業つなぎ。


ピッパ:26歳、女性。ミナト輪郵便局の仕分け計画担当。黒い顎丈のボブ、丸眼鏡、すもも色のベスト、生成りのシャツ、濃灰の長ズボン。平静な顔と素早い足取りが特徴。

 挿絵(By みてみん)



「エダさんにパンを運んだ時、一緒に食べさせていただきました」


 出勤の途中でパン屋に寄ると、店主は並べかけていた丸パンを盆へ戻した。


「エダさんが、そう伝えてくれって。おいしかった、とも」

「そうかい」


 店主は少し口元を緩め、盆の上のパンを一つ並べ直した。


「あの人の豆は食べた?」

「はい。焼き方も教わりました」

「じゃあ、帰る時間を忘れそうになっただろう」


 リコは笑った。

 昼に食べる分を一つ買い、店を出た。温かい紙袋を手に、昨日より少しゆっくり坂を上がる。


 郵便局の窓口が見えると、内側から大きな箱が横切った。


     *


「そこへ置くと、作業する場所がなくなります」


 ピッパが指した台の上で、男は箱を半回転させた。箱の蓋には、鮮やかな紐が見本として何本も渡してある。


「これなら全員から見えるだろう」


 自分で笑った男は、青緑の作業つなぎを着ていた。がっしりした腕、濃い茶色の巻き毛、短い口ひげ。からし色の袖を折り直すと、リコへ顔を向けた。


「君がリコか。くるり包み店のボンゴです。今日はよろしく」

「よろしくお願いします」


 差し出された手は大きく、指の腹が硬かった。


「昨日、初めて担当の便を出したんだって?」

「はい」

「じゃあ今日は、船の中で荷物がどうして無事だったか、教えてあげよう」


 ボンゴが大箱を指す。リコがうなずくより早く、ピッパは隣の棚から、小さな空箱を取ってきた。

「こらこら、今日の荷物はこちらの大きさです」ピッパが言う。

 

 空飛ぶ船は揺れるため、荷物が破損しないようにするため、梱包は非常に大切な作業だ。

 ボンゴはリコと二人で大箱を台から下ろし、梱包作業する区画の壁際へ寄せた。ようやく、机の上が開けた。


 ピッパが作業台の半分へ布を敷いた。


「こちらが、お客さまの品。見本の箱はこちらで使いましょう」


 布の上には、古い木箱と、浅い陶器の鉢があった。鉢の縁には青い線が一本回り、箱の角には細い補強板が付けられている。


 持ち込んだ依頼主である女性が、窓口側から箱の蓋を開けて見せた。

 裏に小さな舟の絵が描いてある。


「娘が小さい時に描いたんです。鉢だけ送ればいいかと思ったら、箱も欲しいって」

娘は別の島で暮らし始めたのだという。


「この箱で、送れますか」


 ボンゴは蓋を閉めたり、底に手を添えたりした。古い角を親指で押し、補強板のところで手を止める。


「箱は使えます。中の支えは、この鉢に合わせて作り直しましょう」

「お願いします。中は触ってくださって大丈夫です」


「用事を済ませて、昼前に戻ります」


 女性はリコにも頭を下げてから、受付へ戻った。


 リコは蓋を置く場所を空けた。舟の描かれた裏側を上にする。梱包の紙で隠れてしまう前に、もう少し見ておきたかった。


     *

挿絵(By みてみん)

 ボンゴは本物の鉢を布の奥へ移し、同じ形に削った木の見本を持ってきた。練習用の箱は、お客の箱に合わせて内側の広さを調整してあるという。


「まずはこれで、包んでみよう」


 リコは底に敷くものを選び、木の鉢を置いた。周りに畳んだ紙を入れ、少し押す。片側へ寄るので紙を足し、反対側も詰めた。


 指先で軽く確かめると、見本は動かなくなった。

 蓋を閉じる。浮き上がるところもない。


「できました」


 ボンゴは箱を受け取り、傾けすぎない程度に向きを変えた。中で物が転がる音はしなかった。


「うん。落ち着いてる。では、届きました」


 そう言って、リコの前へ戻した。


「開けてみて」


 蓋を外し、見本を持ち上げようとする。

 指が入らなかった。


 紙の端も、鉢との隙間も、きれいに押し込んである。爪で一枚ずつ引き出しかけて、リコは手を止めた。本物なら、すぐ隣に薄い陶器の縁がある。


「……受け取る人も、こうなりますね」

「たぶん、いま同じ顔をしてる」


 ボンゴが笑った。


 最後に押し込んだ紙の角が、爪の先に引っ掛かった。引くとちぎれそうで、リコは指を離した。


「紙を減らすと、また動いてしまいそうです」

「だから、どこから外すかを作る。運ぶ時には支えて、開けた時には抜けるように」


 ボンゴは指先で、箱の角から一枚ずつ紙をほどいた。力を入れたようには見えなかったのに、やがて見本の脇へ指が入った。


「もう一度やってもいいですか」


 隣の作業場を見た。荷物は増えていて、ピッパの机の前にも人が来ている。


 ピッパは壁の予定表を確かめた。


「この荷は午後の便です。こちらの台は、午前中使えます」


 そう答え、やり直すための紙を広げる場所まで空けてくれた。


 リコは紙を箱から出した。何枚使ったのか、数えておけばよかった。窮屈そうだった木の鉢の横に、思いのほか大きな紙の山ができた。


「短い定規、要る?」


 工具を届けに来ていたナギが、箱の内側を見ていた。


「貸して」

「昼まで使ってていいよ。僕は船にいるから」


 長い定規では測りにくかった底へ、小さな木の定規が入った。


 今度は、取り出す順から考えた。

 最初に抜く紙の支えを二つ、向かい合わせに作る。折った端を内側へ押し込まず、つまめるよう上へ残した。支えを抜けば、鉢の両脇へ手を差し込める。


 ボンゴに見てもらい、蓋をした時の収まりを直す。閉じている間は支えが動かず、開ければ紙を先に抜ける形になった。


 リコは一度、手を膝に置いた。

 初めてこの箱を見る人のつもりで、蓋から開ける。


 紙を二つ外すと、今度は両手で見本を持ち上げられた。


「取れた」


 声にすると、それだけのことだった。

 でもリコは、見本をもう一度入れて、また出してみた。


 ボンゴが、箱の縁に片手を置いた。


「それなら俺も、説明する場所が残るな」


 壁際の大箱を見たので、リコは笑った。


「近くで見た方が、指の動きまで分かりました」

「次から口上を短くするか」

「そこまでは、まだお願いしていません」


 戻ってきたピッパの返事に、ボンゴが声を上げて笑った。


     *


 本物の鉢には柔らかな包みを添え、ボンゴと一緒に古い箱へ収めた。縁が直接箱へ当たらないよう確かめ、取り外す支えにも折った端を残す。


 昼前に戻ってきた女性に、開け方を見てもらった。女性は両手で鉢を持ち上げ、箱の中を見た。


「これなら、あの子にも分かりそう」


 蓋の舟を指でなぞってから、ボンゴへ包み直しを頼んだ。


 リコは最初に外す紙へ、小さな印を付けた。説明の札は蓋の内側に挟み、舟の絵を覆わない場所へ置く。外装と送り先の札を整える最後のところは、ボンゴの手元を見ながら手伝った。外側に紐をかける時は、彼が指を止めて結び目を見せてくれた。


 出来上がった荷は、午後便の棚へ渡された。


 棚に載ると、舟の絵も紙のつまみも見えなくなった。リコはもう一度荷札を確かめた。次にあの蓋を開ける人が、絵を見て何と言うのかは、ここからでは聞けない。


 切れ端を分けて片づけ、借りた定規を取り上げる頃、窓から入る光が作業台の中央まで伸びていた。


「お昼にしましょう」


 ピッパが言った。


「その前に、これを返してきます」


 リコは定規を持って港へ向かった。


     *


 ツバメ号は桟橋につながれていた。橙色の帆は畳まれ、渡し板の向こうでナギが工具箱を閉じている。


 リコが声をかけると、彼は顔を上げた。


「できた?」

「うん。開けるところまで」


 渡し板を渡り、定規を返そうとして、足元の小さな獣に気づいた。


 白い毛に包まれた丸い体。墨色の短い足と、橙色の耳がある。両手を合わせれば載りそうな大きさだった。端切れをくわえ、通路の脇を忙しく歩いている。


 こちらへ顔を向けると、ちり、と小さなベルのような声を出した。


「この子は?」

「風綿獣《かざわたじゅう》のポル。船が泊まってると、時々来るんだ」


 ナギは動物の通り道から工具箱を引いた。


 ポルは布を離し、床を前足で二度かいた。それからまたくわえて、壁際の浅い箱へ運んでいく。中には、使い古した帆布が丸めてあった。


「布を集めるの?」

「うん。寝床にする。そこの端切れは、持っていっていい分」


 リコは思わず手を伸ばしかけた。

 ポルは耳を動かし、布を押さえてこちらを見た。


 手を引くと、また布の端を引っ張り始める。リコはしゃがみ、その場から眺めることにした。


「そこ、歩く時には踏まない?」

「通路より奥だから。綱や留め具のところへは、布を置かせないよ」


 寝床の箱は、荷物の固定場所とも分けてあった。


 ナギが残りの端切れを畳んで重ねると、ポルは上の一枚を引き出した。前足で押し、体を寄せ、きれいな四角を丸く崩してしまう。


「ああ、せっかく畳んだのに」

「そっちは、開きやすかったみたい」


 リコが言うと、ナギも笑った。


 ポルは二人を見ず、布の間へ鼻を入れた。しばらく向きを変え、ようやく体が収まると、橙色の耳だけが縁からのぞいた。


 リコは定規をナギへ返した。

 寝床へもう一度目をやり、二人で船を降りた。


     *


 局の休憩卓では、ボンゴが昼の包みを開こうとしていた。昼番との交替を終えたピッパが、湯気の立つ器を置いている。


 リコは朝買ったパンを出した。


「それ、昨日運んだ店の?」

「うん。今日は、自分の分」


 ナギの向かいへ座ると、ボンゴが包みから布を引き抜いた。中から出てきたのは弁当だけではなく、小さな巻尺だった。


「ここにあったのか」

「それで、大きな定規を使っていたんですね」


 ピッパが言った。ボンゴは巻尺を片づけ、手を洗いに立った。


 戻ってくるのを待ちながら、リコはパンを割った。

 昼にはすっかり冷めていたけれど、そのままでも甘かった。


「午後は、あの結び方をもう一回見てもいいですか」


 席へ戻ったボンゴに尋ねる。


「もちろん。見本の箱は、どれにする?」

「手が届く方で」


 ピッパが先に答えた。


 リコは笑って、机の真ん中へ器を寄せた。

 四人の肘がぶつからない場所に、温かいスープが収まった。


挿絵(By みてみん)


ポル:この世界にいる謎の魔獣。ふわふわしている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。