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23. 持ち帰るのは、返事の材料

挿絵(By みてみん)


 朝、リコが共同の屋根へ行くと、ミチはもう画板を抱えていた。

 黄色い長靴の片方に、昨日ついた泥の薄い縁が残っている。画板の上は、新しい紙だった。


「まだ箱は、これで決まりじゃないって書いた」


 図の壁際に小さな四角があり、細い字で『受取所の案』と添えてあった。

 古い絵の鳥もいる。今度は家より小さかったが、風見よりは大きい。昨日、道を歩いて見直した受取箱の位置や、建物をよける曲がりも描き足してある。空から島を探す時には島影の記録を使い、着いてから受取所へ行く時には、この図で道を確かめる。二つを並べてこそ、船の旅と町の中の歩みがつながった。


「少し、小さくなったね」

「今度は、鳥を探さないで屋根を見てほしいから」


 リコは、絵の中へもう一度目を戻した。

 鳥の下に、前は翼で隠れていた屋根の角がある。リコがそこへ指を置くと、ミチは待っていたように、橋からの道をなぞった。


「この図、局の住所の担当や、船の計画を調べる人に見てもらっていい? 町への道と、受取所の相談に使いたい」

「いいよ。みんなが見る壁にも貼る?」

「貼ることは、まだ頼んでいない」


 ミチは少し考え、家の裏の細い道を指した。


「じゃあ、仕事の人だけにして。ここは通り道じゃなくて、うちの庭だから」


 カヤと一緒にその箇所を確かめ、リコは用途を書き添えた。図は局へ渡すために描いたものとして預かる。一般に掲示する時には、改めて相談することにした。


 ボンゴに教わった当て紙で挟むと、ミチが包みの角をのぞき込んだ。


「鳥のところは、折れない?」

「そこも家と同じ扱いです」


 仕事の声で返すと、ミチは満足したように手を離した。


     *


 ノエは、必要な書類を机へそろえていた。

 本申請の控えと保留通知は、昨夜、持ち帰る箇所の写しを作った。二人で元の紙と読み合わせ、町で保管する綴りはここへ残す。

 往来の記録にも、局の検討へ出してよい箇所が分かるように印があった。そこに載っているのは取次へ行った日と、運んだものの区分、戻るまでに使った時間だった。家ごとの便りの中身は入っていない。


「一人で行けた日ばかりじゃありません。こちらの日は、仕事を代わってもらっています」


 担当が言い、受け取る側の当番の写しを重ねた。

 リコは説明を聞きながら、一枚ずつ数えた。控えの日付をノエが読み、リコが復唱すると、ミチまで小さく繰り返した。最後の数字だけ二つの声が重なる。


「覚えた?」

「今のところは」


 ノエは鉛筆を止めて笑い、町に残す方の綴りを閉じた。


「受取所の場所は、昨日の案です。管理する二人の確認も、ここに」


 共同の屋根の道側、かまどと洗い場から離れた壁際。手紙を鍵のある内側で預かり、本人へ知らせること。不在の時は受取日を調整し、置き去りにはしないこと。

 ミチの図と並べると、同じ場所を、違う人の字で指せた。


「これを出したら、決まりますか」


 ノエは、リコが預かった紙を鞄へ入れるのを見ていた。最初の封筒を舟へ渡す時も、こんなふうに手から離したのだろうか。リコは留め金を閉めず、顔を上げた。


「住所を扱う担当と、船を出せるか調べる担当が、それぞれ確認します。私は、今日の話と記録を渡し、足りないことがあれば、何が要るかをお知らせします」


 ノエはうなずいたが、まだ次の紙へ手を出さなかった。


「受け取った依頼には、回答を届けます。認められるかどうかは、ここで決められません」


 しばらく名札のある木箱を見てから、ノエは次の紙を出した。


「その回答を持って来る時の相談も、いましておきましょう」


     *


 次の週の三日目から五日目までなら、到着の候補にできる。

 担当が示した町の予定には、共同の仕事が細かく入っていた。リコの配属で数える六週目だった。


「この日の午前も、みんな手がふさがります。遅れて来たからといって、待っていた分の話を一度に、とはできません」

「はい。受け取りに都合のよい時間を、こちらでも確認します」


 リコは前回の了承書と並べ、変わる日付を読み合わせた。一泊と、荒天時の追加一泊、食料持参と水の補給先は同じ。さらに長引く見通しなら出発を延期し、予想外の急変時は係留して臨時の対応を相談する、という箇所にも二人で指を置いた。


「この紙をいただいても、船の許可は別です。日が決まった時や延期になった時は、通常の連絡便で知らせます。知らせが先に届かないこともあります」

「その時も、こちらは仕事を続けています」


 ノエは笑って、紙に署名した。


「来るまでみんなで桟橋に並んだら、夕飯がなくなりますから」


 リコも笑った。

 ノエの手が止まると、ミチが重しを一つ貸してくれた。小さな石に白い線で鳥が描いてある。リコは借りた礼を言い、二枚をそろえる間だけ使った。


 町へ残す控えと、自分が持ち帰る了承書を分けた。箱の場所、管理する人、往来の記録、二つの発送の経緯、次の訪問の条件。それぞれの紙に、その話をした人がいた。

 鞄は来た時より少しだけ重かった。


 ノエは町に残す綴りを机の端へ寄せた。空いた場所へ、午前の仕事に使う道具が運ばれてくる。


「お昼には、ここでもう別のことをしているんですね」

「ええ。箱の覆いも作るけど、それだけでは一日は終わりません」


 ノエは縫いかけの帽子も道具の間から拾い、出してよけていた針を戻した。まだ糸が長く垂れている。


「昨日は進まなかったんですか」

「話していたら、どこを縫ったか分からなくなったの。片方だけ縮めたから、かぶると傾く」


 かぶらずに手で傾けて見せると、ミチがもっと傾けた。ノエは、それでは日よけにならない、と帽子を取り返した。

 リコは朝の光の中で、昨日も引っぱっていた糸の色を覚えた。


     *


 五日目の朝の風は、帰りの予定を外れるほどではなかったが、昨日と同じ向きではなかった。

 ナギは係留場で、風と船の残量を測り、前夜の停泊で使った分も確認した。町では充填していない。船を留める桟橋があっても、風実へ力を補う設備まで備わっているとは限らない。コトリ島まで戻る消費と、風が変わった時などに使う余裕を分けて確かめる。その余裕まで使わなければ届かない見込みなら、出航を見合わせるための確認だった。


「今日の条件なら、出られる」


 彼が言った時、リコは最後に鞄の留め具を押さえた。


 ミチは手すりの内側に立ち、カヤの隣から船を見ていた。リコは声を張った。


「絵の道、ちゃんと渡れたよ。帰りも使う」

「新しい方を?」

「新しい方を」


 ミチは両手を上げかけ、画板がずり落ちて片方で抱え直した。その間も、空いた手は振り続けていた。


 岸が離れると、共同の屋根が橋の向こうへ隠れた。

 リコは、もっと長く見ていたかった。手すりが隠れ、カヤの前掛けも見えなくなったところで、ようやく正面へ向き直る。ナギが目印を一つ読み上げた。


 往路に滑るように見えた雲が、帰りには船の横へ長く残った。風を受ける帆の張り方が変わり、机の小さな留め具がかすかに鳴る。

 ナギは急いで同じ時間へ合わせようとはしなかった。観測を加える度、リコが時刻を書き、残量を確かめる。見えている島の輪郭と、記録した目印を順に照らす。


 コトリ島で係留を終えた時、この区間は八十六分だった。往路より十二分長い。

 リコは二つの数字を並べ、それぞれに日付と風の条件を付けた。同じ道という言葉の中に、同じ一時間が入っているわけではなかった。


     *


 島の設備担当は、帰着時の点検のため勤務に入っていた。

 ナギは船の状態を説明し、担当が使う欄と自分の記録を照合した。確認を終えてから棚へ接続し、時間をかける充填に移る。

 スイは連絡の控えを受け取り、出せる通常便に帰着の知らせを預ける準備をした。どの便に載ったかは局へ返す控えにも残すという。


「町は、どうだった?」


 仕事の紙をしまってから、母が尋ねた。


「絵と同じところも、もう違うところもあった。ミチは、また描き直してくれた」

「そう」

「私、今すぐ見せたい。でも、仕事の人に使ってもらう約束だから」


 スイは気にした様子もなく、うなずいた。


「なら、ごはんは何を食べた?」


 その問いなら、話せることがたくさんあった。

 リコは豆の煮込みと、パンの大きな一片の話をした。母は包みを畳みながら笑った。向こうの母親と同じように、話を聞いている間にも手に仕事があった。


 まだ明るかったが、この日はミナト輪へ進まない。

 棚での充填と点検、人の休息を取って一泊する行程は、帰りにも残っていた。リコは船から必要な荷だけを下ろした。持ち帰る紙は閉じ、明日の出発の前に確かめる場所へ収める。


 ナギが腰掛けに座る時、普段よりゆっくり膝を曲げた。


「疲れた?」

「立つと、ちょっと分かる」


 リコも隣へ座った。座ってから、自分の肩の重さに気づいた。


「私、座らないと分からなかった」


 彼は少し笑い、しばらく何も言わなかった。

 二人で黙っている間、風鈴畑の音が、近くなったり遠くなったりしていた。


     *


 翌六日目、朝の観測と充填後の点検を終え、二人はコトリ島を出た。

 ミナト輪までは、この日の条件で約二時間。輪形の港が見えた時、リコは見慣れた色の旗を、出発前よりたくさん見つけた。


 係留を終えると、ナギは整備の引継ぎへ、リコは受領資料の照合へ向かった。

 窓口の奥でピッパが待っていた。紙の枚数と預かった用途を確かめ、提出先ごとに分けるところを手伝ってくれる。


「報告の順番は、こちらで取ってあります。荷を全部抱えたまま、局長室へ走らなくて大丈夫です」


 走りそうになっていたリコは、鞄を台へ置いた。


 午後の報告までの休憩に、ナギが宿舎へ着替えを取りに戻った。ポルを見ていくかと聞かれ、リコも一緒に行った。

 彼の部屋では、白い体が、用意された寝床の布に半分埋まっていた。ナギの足音に橙色の耳が動き、起き出したかと思うと、彼が持っていた乾いた布へ前足をかける。


「それは帰ってきた工具を拭く分」


 ナギはそっと布を上げ、世話のために置かれていた方を見せた。ポルはそちらを丸め始めた。

 籠の端には白い毛がつき、布の真ん中に丸いくぼみができていた。ナギがそこへ手を置くと、ポルはその指の間から鼻を出した。


 世話を引き受けた人の控えに、水と餌を替えた印が並んでいた。ナギは読んでから、今日戻ったことを書き足した。


「あとで、お礼を言わないと」


 リコも、ピッパへ伝えようと思った。世話の控えは、書き込んだ人によって丸の大きさが違った。ナギはその紙を持ち帰りの記録の隣へ置いた。

 ポルが丸めた布の真ん中へ鼻を押し込み、細く鳴いた。ナギは部屋を出る前に水を確かめた。リコは扉の脇で、その手が空くのを待っていた。


 マレとの報告では、町の受取所案と往来の記録を先に開いた。

 彼女は、受入れ条件の紙まで確かめてから顔を上げた。


「町がどう受け取りたいかと、こちらが続けるために調べることが、結びつきましたね。これを審査へ出します」


 リコはうなずいた。

 マレが資料をめくる間、リコは手を膝に置いていた。町を出る時のノエと似た座り方だと気づき、肩の力を抜いた。質問があれば、ここで答えられる。


 マレが資料を受け取る時、リコは鞄の内側に残った当て紙を見つけた。

 ミチの絵の大きさに、折り目がついていた。

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