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13. 速い人にも待つ時間

セナ — 配達の速さを誇る同僚

21歳、女性。銀茶の長い髪を編み、白と赤の飛行服を着る。民間速達社の若手配達士。

挿絵(By みてみん)


 赤と白の船が、荷受けの桟橋へ入ってきた。

 帆を畳む手も、係留索を渡す手も速い。けれど索の張りを確かめる一拍は省かなかった。船から降りた配達士は、受取側と札を照合し、三つの小箱を荷車へ渡した。いちばん上の箱が揺れる前に、留め帯が掛かった。


 リコは自分の運搬票から顔を上げたまま、その動きを見ていた。

 風待ち亭で昼食を取ってから数日たち、今日は港で通常便の荷を引き継いでいる。隣の列では、リコたちが一箱の確認を終える間に、次の受取人が呼ばれた。


「そちら、終わった?」


 銀茶の髪を編んだ配達士が、リコへ声をかけた。

 白と赤の飛行服の袖は、手首にきちんと留まっていた。振り向く時も、足元の荷へ背をぶつけないだけの幅を残している。


「はい。これで全部です」

「ありがとう。そこの台、借りるね」


 リコが空の籠を引くと、配達士は一枚の票を広げた。受取済みの印を確かめ、控えを相手へ渡す。見てから書く手が、ほとんど止まらなかった。


「速いですね」

「速達だから」


 顔を上げ、少し笑った。


「セナ。民間の速達会社で配達してるの。郵便局の新しい人?」

「リコです。ツバメ号を担当しています」

「あの橙の帆の。じゃあ、これから何度も会いそう」


 セナは票を揃えて肩の鞄へ入れ、通路へ向いた。

 そこで、止まった。


 小さな犬が、桟橋の付け根に座っていた。

 胴輪に配達の札が付いている。連れの配達員はすぐ横の受付で、書類を受け取っているところだった。犬はセナを見上げ、尾だけを動かした。


「おはよう。もう朝の分は終わった?」


 さっきまで荷札を読んでいた声が、ゆっくりになった。

 犬は立って一歩寄り、鼻をセナの膝へ近づけた。通路の脇でしゃがんだセナが手の甲を出すと、匂いを確かめ、そこへ額を押しつける。


「挨拶は一回。今日も一回の約束」


 セナは首の横を軽く撫でた。

 犬は、今度は反対側を向けた。


「それ、二回目」


 言いながら、そちらも撫でた。

 戻ってきた配達員が礼を言い、犬を連れて通路を空けた。セナは立ち上がると、ようやくリコが見ていることに気づいた。


「知ってる相手には、愛想がいいのよ」

「どちらがですか」

「今は犬の話」


 セナは時計を確かめた。口元には、まだ少し笑いが残っていた。


     *


 自分の荷を局の担当へ引き渡してから、リコは速達の受付へ向かった。

 風待ち亭で写した公開の案内には、近隣の受取港まで連絡を運ぶ便が載っていた。手紙を預けた物売りの舟だけに頼らず、予定が変わった時に知らせる道も知っておきたかった。


 セナはちょうど、受付の横で次の荷の表を確かめていた。


「もう仕事が増えた?」

「相談を一つ。今、聞いても大丈夫ですか」

「出る支度の前なら。長くなる話は受付に残して」


 リコは、聞きたいことを紙に三行書いてきていた。

 宛先は、コトリ島の住民も使っている隣島の受取港。その先へ渡す調査の連絡書を、速達でそこまで運べるか。締切と料金。到着を知らせる方法。


「港の受取所までは扱ってる。そこから先の相手は、誰が引き受けるの?」

「町の方へ行く通常の舟です。受取所で預かってもらえるかは、局から確認します」

「じゃあ、うちが約束できるのは、受取所への引渡しまでね」


 セナは案内の二つの欄を、指で分けた。

 港へ着く時刻と、そこから先へ運ぶ人の都合は、同じ欄に書かれていなかった。


 ミナト輪から受取港までは速達。その先は町へ行く舟に託す。途中で手紙を受け渡す人が決まらなければ、手前の便だけ頼んでも、そこで止まってしまう。


「この便の空きに、一通追加できる場合はありますか」

「重さだけならね。ただ、今朝の便は締めてる。受付済みの荷と届先を組んだから。次の候補はここ」


 セナが時刻を示した。今日中の受付で、翌日の近隣便へ載せる枠だった。天候による変更条件は、すぐ横に書かれていた。


「調査する町まで、そのまま行くのは、別の契約になりますよね」

「まず、行けると判断できる資料が要る。知らない島へ、今ある配達のついでには寄れない」

「はい。場所と受入れを、私たちも確かめている途中なので」


 リコは調査の図を広げなかった。今日頼む範囲は、その手前までだった。

 翌日便の締切に線を引き、その下へ取次の確認先を書き足す。


 料金を書き写すと、通常の手紙より高かった。

 町の人へ一度余分に知らせるために、この分を使う。高いからやめるとも、必要だからいくらでもよいとも、リコ一人では決められなかった。


「局で、通常便と比べて相談します」

「その方がいい。同じ日の同じ舟に間に合うなら、手前だけ速くしても先は変わらないもの」


 セナはそう言ってから、料金表をリコの方へ回した。


「でも、間の一便を逃すと困る時は、使って。枠を空けて、ちゃんと待ってる人もいるから」


 セナは机の上へ戻した票を、すぐ次の山へ移した。リコは手元の案内を畳んだ。


「その調査、もう何か所行ったの?」

「今回の町は、まだ。故郷の受け取り方を聞いて、それから、町に行く人を探して」

「まだ出る前なんだ」


 セナは仕事の表を見たまま言った。

 リコは返事をし損ねた。コトリ島で母の帳面を見たこと、市場で物売りに会ったこと。話し始めれば長くなる。数える場所は、まだ一つしかなかった。


「返事が来たら、日を決めるんです」


 声が硬くなったのが自分でも分かった。セナは顔を上げたが、取り繕うことは言わず、ああ、と短く返した。


「その先は、うちの便じゃ聞けないから。行ったら教えて」


 リコはうなずいた。返ってきた案内の端を、折り目に沿ってきちんと撫でた。


     *


 セナが鞄から、小さな包みを出した。

 中には半分に切ったパンが二つ入っていた。受付の人へ次の確認時刻を伝え、壁際の腰掛けに座る。


「今、休憩なんですか」

「今なら座れる。次に座れる時を待ってると、夕方になる」


 リコも隣の端へ腰を下ろした。自分の水筒を取り出し、一口飲んだ。

 船の出入りは、座って見ると少し違った。足元の車輪ばかりだった景色の向こうに、帆の色が重なっている。セナの赤白の船は、その間からよく見えた。


「あの船、目立ちますね」

「待ってる人が見つけやすいでしょ。私も好き」


 セナはパンの包み紙を折った。急いで食べているのに、一口の途中で次を詰め込むことはしなかった。


「家でも、船の仕事を?」

「うちは別の商売。仕入れに払う日と、お金が入る日が、あまり仲良くないの」


 セナは二切れ目を持った。


「ここで決まった給金をもらえると、助かる。私の配達が増えれば、次の仕事も任せてもらえるし」


 誇らしさと、計算をしている顔が同時にあった。

 さっきの「まだ出る前」が耳に残っていて、リコは聞く方へ回っていた。セナの指には、パンの粉がついている。給金の話をする顔にも、船の色を好きだと言った時の笑いが残っていた。


「速く着いた時、気持ちよさそうです」

「すごく。受取人がまだ時計を見てるところへ、着けるとね」


 セナは笑った。


「たまに、早すぎるって言われるけど」

「私も、受け取れる時間を聞き直したことがあります」

「相手の時計までは、速くできないからね」


 リコも笑った。自分も、うまく渡せた時のことなら話せそうだった。声をかけると、セナは時計を一度見てから、どうだった、と膝をこちらへ向けた。

 エダの家で、配達のあとに朝ごはんを食べた話をした。話しているうちにリコの手も動き、最後には、三人分の皿が載る小さな食卓を空中へ描いていた。


 パンを食べ終えたセナは、包み紙を鞄へ戻した。


「その町、行くことになったら、受取所までの頼みは早めにね。直前は枠がないかもしれない」

「今日、戻って相談します」

「私も、その頃にはもう一便増やしたいな」


 セナが立つと、通路の向こうで犬が一度だけ尾を振った。

 今度は足を止めず、彼女は小さく手を振り返した。


     *


 局へ戻ると、ピッパがリコを呼んだ。


「町から連絡が来てる。マレさんの机へ渡したところ」


 リコは思わず歩幅を大きくした。

 持っていた運搬票を返すため、途中で仕分け台へ寄る。引渡しを記録し、空いた手を見てから、局長の机へ向かった。


 封筒には、アカリの町の共同受取担当からと書かれていた。

 物売りが届けた局の連絡書に返事をし、いつもの仕入れでミナト輪へ来た住民の舟に託したものだった。その舟の人が、今日の午前、港の受付へ渡していた。

 返書の日付と入局の印の間に、数日があった。


「開けて確認した。訪問の相談への返事よ」


 マレはリコに紙を渡した。

 ナギも呼ばれ、机の端へ並んだ。リコは読んでよい業務の返書を、今度はためらわず開いた。


 共用の受取場所について話をしたい、とあった。

 その一行を、リコはなかなか通り過ぎられなかった。思ったより小さな字だった。呼びかけていた先から、こちらへ話を返す人がいる。


「どこまで読んだ?」


 ナギに聞かれ、紙を少し彼の方へ寄せた。


「ここ」

「最初のところ?」

「うん」


 彼もそこを読み、黙ってうなずいた。

 続く日付を予定表へ写すと、配属五週目の三日目から六日目に当たった。四つの欄が、急にはっきりした輪郭を持った。


 その間に着くなら、一泊を翌朝まで受け入れられる。

 午前は共同の作業があるため、聞き取りは避けてほしい。訪問者の食料は持参してほしい。泊まる場所の案内は、到着後に受取の連絡先で尋ねること。


 リコは日付へ印をつけ、その先へ読んだ。

 天候で変更すること、連絡が遅れることがあることは承知した、と書かれていた。到着の時刻は約束せず、町の人も仕事を止めて待たない。受入れの日を外れたら、改めて相談してから訪ねる。

 最後の行の下に、紙を押さえて書いたらしい、小さな筆の跡があった。リコはそこへ自分の指を置かず、端を持ち直した。


「来ていいと、言ってくれてます」


 口にした途端、胸のあたりが温かくなった。

 図の橋もかまども、紙の上で動かないままなのに、そこで話をする人の声を少し想像できた。


「うん。訪ねていい期間が、決まったね」


 ナギは、受入れ期間を自分の控えへ写した。


     *


 リコは速達の案内をマレへ渡した。

 変更の連絡を追加で送る場合に使える取次先と、締切と料金。港まで早く運べても、その先の住民の舟とは別の約束になることも説明した。


「そこまで聞けていれば、便を選べるわ」


 マレは通常便の予定と並べた。今日は速達を申し込まず、変更の必要が生じた時に、次の住民便に間に合う経路を選ぶことにした。

 返信の原本は局へ残す。リコとナギは、必要な日付と条件を写して照合した。


 ナギが別の紙を出した。


「町で一泊できる日と、中継で充填できる日を、合わせたい。使うつもりだった棚の枠を、この候補で聞けますか」


 コトリ島の住民が取次に使う隣島の受取港には、事業者の充填棚がある。そこで一泊して点検と充填を済ませる案を、ナギは比べる計画の一つに入れていた。

 棚があることと、ツバメ号が使えることは、まだ別だった。


 マレは同じミナト輪にある事業者の受付へ、島内に引かれた線を使って照会を入れた。遠い受取港と直接話すのではなく、その設備の予約を扱う受付へ尋ねるのだ。返ってきた答えを聞きながら、候補日の横に短く書いた。

 追加の空きは出ていない。継続便用に押さえた枠と重なっている。詳しい条件の相談は、港の業務窓口で。


 リコは机の二枚の紙を見た。

 町からは来てよいという返事が届いた。その四日間のどこかへ、船も、人も、帰りの力も収まる日は、まだ決まっていない。


「私も、窓口へ行きます」


 言うと、ナギがうなずいた。

 リコは予定表を鞄へ入れた。今朝、セナが一通の手紙にも締切を示した理由が、さっきより身近だった。


 最後に、町の返書をもう一度見た。

 調べる必要のある箇所を探すためではなかった。


 共用の受取場所について話をしたい。

 その一行だけを読み直してから、マレの机へ戻した。

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