7.みのりは野中とともにマズーラ街門を通る
混み合う時間から外れていたのか、マズーラの門は空いていて2,3人並んでいるだけだった。今は昼下り、出門で込み合うのは朝、入門なら夕方ということか。
列の後ろに並ぶ。
前に並んでいたのは街に住む人なのだろう、首から下げた小さな金属プレートを見せて兵から「おかえりエネアさん、今日は早かったね」と、声を掛けられていた。
「ええ、冒険者のチームと一緒になったのよ、それでレデニア草集めが捗って」
「ほう、どのチームだ?」
「“暁の地平線”ですよ、名前は気張ってますけどね、夜明け前から仕事をするので夜明けの地平線を見慣れるようになったほど勤勉な5人組ですよ、うふふ」
「おおそうか、ロブの所のせがれたちだな。確かに朝一番で出て行った、よしよし。 早く終わってよかったな」
「ええ、おかげさまで」
エネアさんと呼ばれた女性は、背負い篭一杯植物を入れていた。門兵に軽く頭を下げて通っていく。
なるほど、と、みのりは思った。
ここは、冒険者チームが仕事をしているし、薬草を集める人もいる、そういう世界なんだな、それなら、自分が職能として選んだ“薬師”は、間違いじゃなかったのだろう、きっと仕事はある。
「つぎ、初顔だな、名を言え」
「ミノリといいます」
氏名を言わないのは、この世界でもし貴族しか苗字がないならちょっとまずいかな、と思ったからだ。 正則がそれを聞いて、自分も名前を言う。
「マサノリです」
門衛はふたりの顔と着ているものを見て、手元の紙に書きこんでいる。
「緑のフード付きマントの、ミ・ノーラ。 女性、年は?」
「20歳です」
「うむ、黒い瞳、髪の色は? ちょっとフードを外して」
「黒い髪ですけど、今日はマントの色に合わせて一時的に緑に染めています」
みのりは素直にフードを肩に落とす。 それを見て、正則もフードを脱ぐ。
「茶色のローブの、マッサ・ノーラ。黒髪だな。瞳は黒。 男性、年は?」
「21です」
「ノーラ家の、ミ、およびマッサ、よし。
どこから来た? マズーラは初めてだな」
え? ミ・ノーラ? マッサ・ノーラ? ノーラ家?
ふたりの顔に疑問符が浮かぶ。
「ええーっと、ですね」
門衛に従うしかない。入門できなかったら野宿なのだ。
ミノリが準備してきた話を披露する。 真っ正直には言えないものの、嘘で塗り固めると後が怖い。
「えっと、今日はお祭りで、イベントがある広場にいたんです。
周りがピカって光って、まぶしいな、って目を瞑ったんです。
目を開いたら、そこの」
振り返って、50メートルほど向うを指差す。
「門が見えるところにいて、どうしようもないのでこの門にきました」
うん、嘘はない。 言っていないことがたくさんあるだけだ。
横で野中がうんうんと頷いて、“嘘ではない”説明に乗っている。
「あー、今日はそういう日か。
もしかして、おまえらも巻き込まれたのか? これで5人目と6人目だ
「え? 他にも誰か?」
すっとぼけるにも程があろうというものだが。 安全第一!
持ち物を見せてみろ。 お、同じ食料袋か、やっぱりな。ミ・ノーラ、おまえも持ってるか」
「あ、いいえ、水とおやつと、お祭りから帰る時の着替えしか持っていません」
ミノリは食料袋を3つともマジックバッグに入れていた。失敗したかもしれない。
「持ち物を見せてみろ」
「はい」
リュックを下ろして中が見えるように口を大きく開き、外側チャックに気付かれにくいよう、軽く外へ折り返した。
「中を確認するぞ」
門衛は遠慮なくリュックの中身をひとつずつ出し始めた。
「衣類、これが着替えだな。
これはなんだ?」
「水が入っています。水筒みたいなものですけど」
「そうか、念のためだ、ここでひとくち飲んで見せろ」
「はい」
念入りなことだ。 大人しくひと口飲んだ。
もうひとりの門衛が、篭を背負い手に杖を持った男性のタグを確認して通す。タグを持っているということは、住民なのだろう。男は、ちらっと持ち物検査の様子を流し見て門からまっすぐ伸びる大通りを歩いて行った。
「よかろう。 これは何だ」
「おやつのクッキーです。そっちは裁縫箱で、この服に着換えるときに靴をブーツに見せるために必要だったので持って来ていました」と、茶色い靴カバーを太い糸で止めている部分を見せる。
「あ、そうか、耳、これもお祭りの仮装です」
尖り耳をスポッと外して見せると、門衛が目を白黒させた。
リュック内部のチャックには気が付かないようで、中に入れてある家の鍵と学生証やマイナカードが入った財布は取りださなかった。外側ポケットにも気付かないようだ。
もしかしたら、この世界にはまだチャックがないのかもしれない。
「さっき入ってきた3人と同じか。
見たことない服を着た男ひとり、女ふたりの3人組が旅行荷物も持たないで入れて欲しいと言ってきたんだ。
何でも、ニパーンという魔法使いの国にいて、暴走した転移魔法に大勢巻き込まれたようだと言っていた。お祭りの日でみんな仮装していたと言っていたな。そうそう、桃色の髪かと思ったら鬘だっていうんだなぁ、目の前でひょいと外したんだが、茶色がかった黒髪で、びっくりしたな。金髪の男の方はこれは染めていると言っていた、やはり元は黒だと言っていた」
「あ、そうだったのですか? はい、えーっと、ニッポンですけど、え、べつに、ニパーンでも間違いじゃないし」
ミノリがおたおたと答える。 誰だ、チョー説明をひねり出したのは! いや、嘘でない範囲でなんとか説明しようとすれば、似たような話になるのもやむを得ないか。
マサノリが落ち着いて作り話について行く。
「他にも飛ばされた人がいたんですね、助かります。
探して話を聞いてみようと思います」
門衛は、気の毒そうにしていた。
入門審査をしているのによくこんな雑な説明で納得してくれるものだとふたりは思う。だが、門衛も、3組目ともなれば慣れてくるのである。
ただし、きちんと報告はしてある。門衛の職責は多少不審であろうとも入門拒否事由に該当せず、かつ敵意無き者なら受け入れること、そして不審者は担当者にしかるべき報告をすみやかに入れることだ。
最初の3人の時は何の話かと思ったものの、旅行の荷物ひとつ持たず、乗合馬車にも乗らず徒歩で来た。無下に追い返すこともできず入門を許可したが、規定に従い記録の写しを取って直ちに担当の役人に届けた。
コメント欄には、難民にしては服装が整っており、旅行者にしては荷物がない、マズーラに知り合いもいないとのこと。不審ではあるが、野営の心得も準備もないようだ。宿泊できるだけの金銭は持っているようなので、入門を許可した、と記述した。
次に来たのは珍妙な形をした黒いジャケットを着ていた。しっぽを隠してるんじゃないかと思って後ろの垂れ(燕尾服のテール部分)をめくって見せるように指示した。何もなくて、デザインです、と言われた。
白い手袋の手に同じ食料袋を持っているだけで、荷物らしいものはなかった。夜会帰りのような黒い上下、白いシャツに黒と銀のネクタイ、白手袋、光るほど磨き込まれた黒い靴だ、とても歩いて来たようには見えなかった。この男も、自分がなぜここにいるのか全くわからない、門が見えたので助かったと思って来た、と言った。そして、この街の名を聞いたのだった。
不審でしかないものの、武器は持っておらず入門を拒否するほどの事由はなかった。そもそも害意があるなら、もっと普通にやってくるはずだ。
今度は緑のマントと茶色いマントだ。全部で6人も、旅装でもなく荷物もない。徒歩で来て、困惑した様子で入門を求めている。
同じ食料袋を持っている、というところが共通点だろうか。他所から来た妙な格好の人間を次々に見れば、まあそんなこともあるかと思うのだろう。
ふたりは気が付かなかったが、門衛待機所の横扉からは少年兵の伝令が3組目の不審な入街者について口頭報告するために駆け出していたのだった。
「よし、いいだろう。 たしか、金は持っているんだったな」
「はい、ここで使えるかどうかわかりませんけど」
「前の4人も銀貨を持っていた。多少刻印が違っていても問題ない。
見せてみろ」
「はい」
ミノリとマサノリは、銀貨を取り出して兵に見せる。
「よし、ひとり銀貨一枚だ。 通ってよし。
問題を起こすなよ、早く同国人に会えるといいな」
「はい、ありがとうございます」




