6.マズーラ、街門前
転移に備えて姿勢を低くする。右膝と右手を床につき、フードを深く被って身構えていた。ぼーっと立ったまま転移に身を任せるつもりなんかなかった。いのちだいじに、だ。
白い光から解放され目を開けると、目の前には選んだものが積んである。
え、っと?
素早く見回せば、50mほど先に長く続く石造りの壁がが見える。左方向に門がある。あれが、都市マズーラの街門だろう。位置はわかった、一緒に送られてきた物をチェックしよう。
まず、マジックバッグだ。そうそう、これこれ。
バッグは、革の袋で口元を革紐で縛ってある。袋の口を開いて手を入れ、認証を終える。
次に鋏を手に取る。みれば裁縫用の大鋏だ。2.3回パシパシと握って、開いて、そのままバッグに入れる。再び手を入れると、視界の右下にリストが出る。もちろん、鋏しか入っていない。ハサミと思いながら取り出した。もう一度入れ、次はリストをタップする、鋏がリストから消え、手に触れる。よっし、これでいい。
貰ったものは全部入れてしまおう。ざっと見ただけで収納した。巻物とかいろいろな色のついた半透明の玉とか、今ここでひとつずつチェックしている場合じゃない、どこかに落ち着いてからやろう。
最後に小さな布の袋を持ち上げると、ジャラッと音がした。開いて金貨1枚、銀貨5枚を出し、残りはマジックバッグに収納する。
背中のリュックを下ろし外側のチャックを開いて確認する。スマホが入っている。
ちょっと考えてから、ぺちゃんこの巾着にしか見えないマジックバッグを入れ、金貨と銀貨をウエストポーチに入れる。
立ち上がろうとしたところで後ろから声を掛けられた。
「あの、もしかして、赤ずきんさん?」
ぎょっとして振り向くと、知っている顔だった。強張った肩から力が抜ける。
「コーヒーさん?」
「ええー、俺ってコーヒーさんなの?」
「あ、ごめん、いつもホットコーヒーありがとうございます」
「ああ、なるほど。たまには違うのにすればよかったかな」
「い、いえ、スイマセン、コーヒーがよかったです」
と言うしかない場面。
それは、月に1度くらいベンチに隣り合わせに座って話をする、だいぶん顔なじみになってきたモブ仲間だった。
「いやー、何か困ったことになっちゃったねぇ」
「ですね」
「うーん……。 あ、そうかまず自己紹介する?」
「え、うん、デスネ。夢を見ているようなんだけど、これって夢なのかな?」
「うーん、夢だといいね。もし夢だったら、目が覚めたらいつものベンチにいるのかなあ」
「そう言われてみれば。もし夢なら、どっちが見ている夢だと思います?」
「うーん」
夢なら夢で、目が覚めたら日常が待っているだけだ。今は何とかしなくっちゃ! というあたりが一致している。
ふたりともゲームとライトノベルが好きで、コスにも少しだけ参加する、ちょっとオタク気味ではあるものの地味な学生だ。異世界転移大歓迎とまでは言えないが、当惑のあまりどうしようもなく立ちすくんでいるというほどではない、はず……。
「ま、いいか。俺は野中正則、よろしく」
「あ、私は中畑みのりです、なんか変な状況ですけど、よろしくお願いします」
「うん、顔見知りにあえて心強いよ」
「ですね、確かに」
すでに1年以上、月に一度くらいは顔を合わせベンチに隣り合わせて手作りお菓子とコーヒーを楽しみながらコス話で盛り上がってきたというのに、今日はじめて名乗り合った。
まあ、あそこはそういう場所だった。
「あの、野中さん? 街、えーっと、マズーラ? に行かないんですか?」
「ああ、うん。どうしようかなーって」
「ええ……っと?」
みのりは、マズーラ街門前に転移したら周囲と持ち物を確認してすぐに入門するつもりでいた。この町の状況をできるだけ早く確認し、宿を取り、他に転移しているコス・プレーヤーが何人くらいマズーラに来ていて、どういう人たちなのかを知りたかった。
だが、正則はそうでもないようだった。
まず、コーヒーさんの意見を聞いてみよう、みのりはそう思った。
「あ、うん、中畑さんはすぐに入るつもりだった?」
「たくさんの人がマズーラを選んだら泊まる宿がなくなっちゃうかも、と思って」
正直に言うなら、一刻も早く落ち着ける場所を見つけて、ポイントでゲットしたものをチェックして、巻物なんかは使ってしまいたい。でも、まあ、そこまで言えるほど親しくもない。
「あ、そうか、そこは考えなかったなぁ。 日本感覚で考えちゃダメだったね、泊まるところくらいあるだろうと思ったけど、そうか、そうだね。
えーっと、俺はあっちの」
と、後ろを振り向いて指差す。
「ちょっと大きな木、あの近くに送られてきたんだ、それで15分くらい様子を見てたんだよね」
え? 15分前? ボードからの選択がすごく速いんじゃないかな、組み立てて選んだのではないのかもしれない。
時間は1時間しかなかったはずだ、みのりが来たのは残りタイム7分くらいのところだった。
「来たのを見たのは4人だったよ。
もう門に入って行ったのが3人1組で、たしかあの人たちは服飾デザイン・スクールの生徒だったと思うよ、中畑さんも後ろ姿は見たんじゃない?」
「えーっと、いつもすごく凝ったコスをしている3人ですよね。今日はスパイ家族のコスだった?」
送られてきてすぐに周りを見回した時、門の方に歩いて行く3人が見えた。もしかして、と思い、貰ったものをチェックしたら彼らを追って探してみようと思ったのだった。
「そうそう、よかったよね、よくできてた。さすが専門学校だよね」
「もうひとりは?」
「うーん、それが会場では見たことがない人で、ここに現れた時は執事服だったんだよね。中畑さんが来る直前、ほとんど同時に現れて、俺が中畑さんはもしかしてあかずきんさんじゃないかと思って見ているうちに、門の方に歩いて行ったようだね」
「あ、もしかして、メイド服の女性と一緒にいた? ちょっと目の端で見たような気がする」
「ああ、そう言えば。そうか、執事とメイドのコンビだったのか。なんか板についていなくて、浮いている感じだった」
「そこまではわかんなかったけど、学生には見えなかったよね」
「あ、そうか、もしかしたら取材関係の人だったのかもね」
「ああなるほどー、かもしんないです」
「俺はほとんどの人はバルカンコスが行くと言った王都に行ったんじゃないかと思うんだよ」
「王都中央広場噴水前?」
「うん、それ。統率力というか、牽引力があったよね。知らない場所なんだから頼れる人のいるところに行きたいと思うのは、当然じゃないかな」
「そっか、そうだよね」
そうか、少なくともバルカンの後に来たのか。あえて王都中央広場噴水前を選ばなかったあたりは自分と似ているのかもしれない。
みのりは早く門内に入りたい。
先に入った3人に追いつきたいというのもある。だがそれよりも危険な場所だったらどうしよう、という気持ちがある。ここは魔獣が出る世界じゃないのか、リストには剣士という職業があったし、剣や盾がたくさん載っていた。1ポイントのナイフから、もらったポイントでは交換できなくてグレイアウトしているものまで。
まず、安全を確保したい。話はそれからでいい。
「あの、野中さん、とりあえず街に入りたいんだけど、野中さんはここでしばらく誰が来るか見てる予定ですか?」
「あ、いや、そうだね。ごめん、足止めしてる?」
「そう言う訳じゃないんだけど、あんな立派な壁と門があるし、異世界だから凶暴な魔獣か何か出るのかもしれないよね。まず情報収集からかなって」
「ああ、なるほど、わかった。慎重だね、俺はちょっと用心が足りないかな。
中畑さん、一緒に行っていい?」
「え? いいけど?」




