26.異世界で自分の人生を生きる
翌日。 再びテーブルに着いた5人と孔明。
「孔明さま、王都に連れて行ってください。錬金術師チームの4人と話をしてから決めます」
「ありがとう、よろしく頼む」
「マズーラ組の君たちには、パッキンの作り方、とくに材料については守秘義務を課しておきたい。
これが少しは支援になるだろうから、仮契約書を作った。署名してもらいたい」
「はあ、かりけいやくしょ、ですか?」
「マズーラ・チームは錬金チームにネジ蓋式瓶の作り方を教える。錬金チームはそれに対して契約金を支払う。という契約を結ぶことを前提としている。
その本契約が成立するまでは作り方を他に教えないという仮の契約書だ。約定書と言ってもいい。
王都での話し合いでは、私、カーン、カリョウテンの3人が個人としてこの契約の保証人になる、という計画だった。だが、マズーラの状況を見ればこれでは弱い。
王都で法律を調べなおして、早急に契約書を作り直す」
「えーっと、わかりません」
「難しいか?
錬金チームが、マズーラ・チームからネジ蓋式瓶の作り方のノウハウを独占的に買い取る、という約束をするのだ。仮契約は、本契約を結ぶにはまだ詰めることがあるが、契約自体は結ぶ意志があるという意味だ。
すでにノウハウを売る契約を結んだから、他の人と契約を結ぶには錬金チームおよび保証人とも交渉が必要だ、と言えるようになる。
この契約があれば、5人だけで圧力に対抗しなくてよくなる。とくにマッサはガラス・鍛冶ギルドに属しているから、対抗できる契約がないと断りにくい」
「ああー、よくわかりませんが、多少わかりました」
「断りやすくなるということでいいですか?」
「その通りだ、ただ嫌だというだけでなく、自分の意志だけでは契約を結べないと言えるようになる。断り方は婉曲でいい、だが、断る意志ははっきり伝えるように」
「ふーん、そういうものか」
「その、えーっと。 よろしくお願いします」
「任せてくれたまえ」
「孔明さま、フォッシャーズは、解散はしませんが、街の仕立屋を目指して作業場が取れる広めの家を探すことにします」
3人は、自分たちが服飾デザイン・スクールの学生だったこと、ファッション業界を目指していたこと、ここのダサい服を少しはマシにしていきたいことなどを話した。
受付嬢の制服にアッキーは燃えていた。「俺はやるぜ!」とのこと。
ノーラの番になったが、あまり情熱的な話にはならなかった。
「そうですね、瓶を作ることになったら、スライム皮の干し方を教えることはできます。
あとは、薬屋を開業できるなら、自分で作った薬も、マッサのポイント交換で手に入るポーションもネジ蓋瓶で売って、この街の理不尽に抵抗するのを少しだけ手伝えると思います」
そうなれば、ノーラの薬屋でポーションを買えばネジ蓋瓶が手に入るようになる。今のところ、薬屋に対してポーションを入れる瓶を指定する法律はなく、単なる慣習で維持されている。マッサが工房でガラス瓶を作り、蓋だけメイバートンから運べばいい。
「そうか、契約は蓋の作り方のノウハウに限定するのが便利かもしれぬ。検討してみよう。
マッサ、瓶の口に入れる凸型だが、どうだ、誰でもできるか」
「あー、難しいでしょう。簡単ではないと言い切れます」
「うむ、それはよいな。そちらはすこし渋って見せてから、ガラス・鍛冶ギルドに教えてもよいかもしれぬ。蓋だけ押さえればしばらく気を逸らせるだろう。できてからも蓋はメイバートンから買ってもらえばいい」
孔明はマッサに質問を投げかけながらメモを作り続けている。「スライムだけは絶対秘守だ、スライムと言わないように、暗号化するか」 なんか入っちゃっている。
*このお話では、誰もこのネジ蓋式瓶の名称を知らないので
話が面倒になっていますが、ツイストキャップ、といいます*
「私は歯科技工士になる勉強をしていたので、石膏型を作ってマッサの役に立つことくらいはできますが、何しろこの世界には歯科医がいませんから、入れ歯や差し歯を作るという、目指していた職業には着けないでしょう。残念ですが」
孔明は頭からスライム皮を一時追い出して、ノーラの話に戻った。
「たしかに。ここでは虫歯の痛みに耐えられなくなったら抜く以外ないようだ。だが、私たち転移してきた者にそれは厳しい。やむを得ず抜いたとしても、代わりの差し歯を入れてもらうこともできない。
健康上も美容上もよくないし、耐えられないという人は多いだろう。
ノーラ、歯科に関する知識を生かして、ヒールを伸ばして特殊化してみるというのはどうだ。たしか、魔法のヒールは持っていたな」
「あ、あ、そうです、持っていました……。
できるでしょうか」
「ノーラ、できるかどうかと疑うなかれ、道を求めよ。
君の歩いた後に道はできるのだ。あとから多くの者がその道を進むだろう。最初に歩んだ者がノーラだとは誰も知らなくとも、道は残る」
「あ、はい、孔明さま」
ノーラは、白い部屋でそう思ったように、孔明を拝むポーズをした。
「なんだそれは?」
「いや、ありがたいかなって。論語でした?」
「いや、高村幸太郎だ。まあ、感謝されておこう」
孔明も笑って流したが、気が付いて、マジメ顔になった。
「論語って言ったね。孔明と孔子が違う人だってわかってる?」
ノーラはワタワタしてマッサの顔を見たら、唇の端がピクピクしている。あれは笑いをこらえている顔だ。ほかの3人を見回すと、マッサはかすれた口笛を吹きながら天井を見ているし、マリはかわいく首を傾げて、サキは頬に手を当てて困った顔をしている。
「君たち、中国史やりたい?」
「「「「ぜんぜん!」」」」
せっかくいい話っぽくなっていたのに、グダグダになった。
フォッシャーズは、広めの一戸建てを買い取った。
3人で冒険者として稼いだデナイは、サキが厳重に支出管理していた。
少し足りなかった分は、奥の手を使った。ポイント交換したミスリルの剣を、迷宮の宝箱から出たと偽って、王都のギルドで競売にかけてもらったのだ。それは、金貨3,323枚の稼ぎとなった。
最後まで兵舎住みだったバルカン・孔明・カリョウテンに500枚を渡し、残りを5人で等分に分けて、一戸建ては3人の共同名義となった。
これからここで仕立屋稼業を始める。資金稼ぎに迷宮に潜ることもあるだろうが、将来はセミ・オーダーの制服、動きやすい作業着や日常着、やがては子ども服や女の子向けの染め直しができてサイズ調整が簡単な服を作っていきたいと意欲的に考えている。
この世界ではミシンがないからすべての服は手縫いである。つまり、街のおくさま方に縫物の内職ができたということだ。ご近所のおくさま方が2人、3人とダイニングキッチンに集まって、指定されたとおりに服を縫う。時々3人の誰かが「困っていませんか」と様子を見に巡回してくる。
フォッシャーズの存在が街に馴染むのはあっという間だった。
ノーラとマッサは、将来ノーラが薬屋を開くことができるように一階の一部が店舗になっている家を買った。
この先、王都からマッサの工房にガラスや鍛冶について学ぶ人が来るかもしれない。その時、小さな貸家に泊まってもらうのは難しいからだ。
貸家に植えていた薬草類を移植し、庭は薬師の家らしくなった。
ネジ蓋式瓶の制作は、無事に錬金術師チームに引き継がれた。
マッサはその契約金と利益から支払われる配当金で、当分鋏造りに集中できるようになった。
鋏造りはなかなか遠い道だった。工夫して何度もやり直し、ノーラの鋏を借りては刃に指を添わせ、反りを確かめる、そしてまたトライする日々が続く。
ある日、苦戦するマッサに、サキがアドバイスした。サキも、早く鋏が普及してほしいと思って、いろいろ考えていたらしい。何しろ髪をカットするのも糸切りばさみなのだ。刃の長い理髪用のはさみ、キッチンハサミ、紙切りはさみ、気楽に使えるはさみを手に入れたい。そもそも、鋏なんて家の中のあちこち、使う場所ごとに置いてあるものだった。使う場所に持っていくような大層なものではなかったのだ。ないとイライラする。
「ねえ、マッサ、いきなり洋裁用のラシャ切りをハガネを叩いて作ろうと思うから難しいんじゃないの?
100円ショップでも手に入るような、紙が切れる程度の鋏からやってみたらどうかしら」
紙切りハサミだって、楽に作れるわけではない。あれはハガネを“ガッチャン”と型抜きできる高圧力切断装置があるからこそ安価にできるのだ。
だが、そこがひとつの突破点となった。
はさみのすべてをハガネで作る必要はないのかもしれない。本体は鉄で型抜し、刃だけを鋼にして熱して叩いて付けたらどうだろう。武器ではなく、日用品だ。そこまで荒っぽく使うものではないのだから。
マッサが、下町の人々にも買ってもらえる値段の鋏を作れるようになるまでには、3年という長い月日がかかった。




