25.郷愁
話し合いは、結論をマッサに委ねた形でひとまず終わった。
孔明には、ノーラがマジックバッグから取り出したダブルベッド、ここに来た時に夫婦の寝室に置かれていたダブルベッドを、ダイニングキッチンの玄関寄りに置いて休んでもらうことになった。
「すいません、これしかないんですけど、マットの藁は新しくしてありますし、シーツはサキたちが縫ってくれた新しいもので、毛布と枕も新調して収納していましたから、ここで休んでもらえるでしょうか」
孔明は、素に戻ってにっこり笑った。
「ありがとう、ノーラ。兵舎のベッドより数段寝心地がよさそうだよ」
女子3人は、屋根裏部屋に登って寝支度をしていたが、ふとマリが呟いた。
「私もこんなことしてる場合じゃないかもしんない」
「え? どうしたの?」
ぐったりとした様子でベッドに座り込んでいたマリに、サキが気付いた。
「あ、うん。
転移してもうすぐ1年だよね」
「そうね?」
「ゲーム感覚で迷宮に潜って魔法少女やって、お金もかなり稼げるようになって。
みんなに面倒かけながら無事に生きてきたけど」
「それはお互い様でしょ?」
ノーラもマリを心配して近寄ってくる。
「うん。孔明さまが、帰る手段を探すために情報網を広げる、みたいなことを言っていたから」
「うん、そうだったよね」
「帰れるかどうか、わかんないよね」
マリの頬を涙がツツーっと落ちる。この強気な、いや強気に見える娘は、そう見えるだけに周囲は気付きにくいが、父が外国人だという家庭事情を背負って、不必要なまでにナイーブなのだ。
「おとうさんが心配しているだろうな。だって守りになるようにっておばあさんの名前をつけてくれたのに、急にいなくなって。会場では集団失踪事件扱いになってるだろうし。いい注目の的で、おとうさん、外国人だし、余計なストレス被って、きっと……」
サキが近寄って、マリを抱きしめる。日本人には珍しい行動だろう。だが、柴崎桜マリーは、父がフランス人で親しみを込めた接触を好んでいることを、岬友花里は知っている。
「桜ちゃん、おとうさんは強い人だよ。信じよう? わたしたちにできることは、帰ることができるまで無事に生き延びることだし、ここが長くなるならやりたいことをやって生きて行こうよ]
サキは、錺職人として伝統工芸を極めるはずだったマッサについて、考えながら話していく。
「マッサ、マッサね。マッサはどこにいても同じなんだよ、いや、やりたいことができる場所にいる、できなくなったらできる場所を探す。できることとやりたいことが一致している珍しい人、幸せな人生なのかもしれない。
ねえ、マリちゃん、マッサは鍛冶場に行って刃物を砥ぐところから始めたよね。
で、信頼を掴んで、剣や槍の刃を研がせてもらうようになった、ね、そうだったよね。
生まれてから一度も迷うことなく、金属と刃物と砥石に向かい合って生きて来て、こんな見も知らない世界でもなんとかそこそこの鍛冶場で賃金のいい仕事をしていたのに、鍛冶場のオヤジが干渉しようとしたら、その瞬間に。あの温厚で苦情は飲み込むマッサがよ、怒って帰ってきた」
「うん、あの時は」
「おどろいたよね」
「それだけ自分を大切にしていると言ってもいいし、意に沿わないことをやらせられることを嫌う、それでいいかな」
「自分の仕事を愛している?」
「激ラブ?」
「うーんと、生きることと生きる目的が一致してる? それを誰にも邪魔させない?」
「私はスゴイと思ったよ」
ノーラもうんうんと首を縦に振っている。
「楽な方に落ちない、これでいい」
「ああー、そうかな?」
「ねえ、マリちゃん、私たちも冒険者はやめたっていいじゃない、金貨もだいぶん溜まったし、ね」
仕立屋さん、そうよ! 仕立屋さん始めない?
私たち、ファッション業界に入るはずだったんだよ、ねえ、貴族向けのひらひらな、無駄に高いドレスなんかじゃなくて、受付嬢の制服とか、若い女性向けのファッショナブルなパンツスーツとか、そうだ、石運びや道路工事する人向けの、動きやすくてカッコイイ作業服とか、ね、どう?」
泣きじゃくっていたマリが、手の甲で涙を拭った。
「ありがと、友花里ちゃん、みのりちゃん。泣いちゃってごめん、仕立屋さん、いいね」
マリはサキを抱き返して、ちょっと頬を擦り付けた。
「うん、考えてみる。アッキーにも話してみよう、一緒に話してね?」
「もちろんよ。受付嬢の制服なら、アッキーが凄いのを考えるよ、きっと」
「そうだよね」
マリはようやく、すこし微笑むことができた。
ノーラは、掛ける言葉を持ち合わせていなかった。“いのちだいじに”だけを考え、帰れなかったら何をして生きていくかについてあまり考えてみたことはなかった。
自分は帰りたいのだろうか。それはそうだと思う。帰れば“つづき”の人生が待っていて、歯科技工士になるための勉強と訓練を再開するだろう。
だが、もし。 もし。
こうして、2年、3年、5年、10年と年月が過ぎて行き、やがてこちらで生きてきた時間の方が長くなる時が来れば。
自分はどうするのだろう。薬師として生きていくのだろうか? 薬屋を開くのだろうか? それは、本当に自分がやりたかったことなのだろうか。
帰れる日まで生きていなくてはならない、“いのちだいじに”としか思っていなかった。
しかし、帰れる日を待つ日々もまた人生の一部だ。その日々をただ生き延びるためにだけ生きて行っていいのか。それは本当に生きていると言えるのか。
ふたりから離れ、自分のベッドに戻る。




