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27.あかずきんさんとコーヒーさん

 

 それは、美しい夕方だった。薬草畑の様子を見て回っているノーラにマッサが話しかける。


「中畑みのりさん」

 え? ノーラは驚いてマッサを見る。そう、自分は中畑みのりという名だった。長い間呼ばれることがなかったので、一瞬実感が湧かなかった。


「初めてあかずきんさんに会ってから、もう5年もたった。

 あの頃から、俺はあかずきんさんにいつか結婚してほしいと言えたらいいな、と思っていた。本当のことを言うと、あかずきんさんのクッキーを食べて、コーヒーをおごるためだけにあの広場に通っていたんだ。気持ち悪いと思われるかもしれないけど、正直に言ってしまうよ。

 マズーラ街門前に転移してきてしばらくぼーっとしていた時、フードを被った人が来て、もしかして赤ずきんさんかもしれないと思った時は、本当にドキドキしたんだ」


 みのりは驚いて正則を見る。

 正則は、みのりの肩越しに夕焼けの空を見ながら話し続けた。


「俺の家は古くから続く職人の家で、好きな人ができても結婚したら三世代同居だから、親の許しを得るのも、君の親を説得するのもとても難しいと思っていた。だけど、父の時代とは変わっていたから、家の敷地内に家族と一緒に住まないで、どこか近くのマンションからでも家に職人として通えるようになろう、そうしたら、君に申し込めると思っていた」


 え? 

 そんなことは感じたこともなかった。正則は本当に謹厳な職人肌の男で、仕事が命なのだと、仕事さえできれば人生に不満はない人間なのだと思っていた。

 そもそも、自分に好意を持つ男がいたら、女なら大体気が付くものだ。だが、そんな雰囲気は全くなかった。

 みのりには、プロポーズされるかもしれないという予感すらなく、心理的にまったく無防備だった。同じ家にもう4年近く住んでいるというのに、あまりにも鈍感だったのか。それとも正則が感情の薄い男なのか。

 とにかく中畑みのりはびっくりさせられた、マジで驚いた。


「えーっと?」

「みのりさん、結婚してもらえませんか。俺は女性の感情は全然わからないから、みのりさんに好きな人がいるならそう言って断ってほしい。だけど、受けてくれるなら、一生浮気しないことだけは保証できる。親父も爺さんも、女房以外に女は知らない男だったから、それだけは信じてもらっていい」

 みのりは驚いたままだったが、まあ、浮気しない保証というのはありがたいと思った。痴話喧嘩なんか絶対にしたくない。ましてこんな異世界暮らしで。


「好きな人はいません。コーヒーさんを好きだと思ったことも特にないのでそこは謝らなくちゃいけませんけど、安心して付き合える人だとは思っています。こうして何年も同じ家で暮らしていて、怪しいそぶりひとつ見せない人でしたし」

 う、っと、正則は詰まる。さすがは女性の気持ちはわからないと断言するだけのことはある。何を期待していたのやら、というか、何やってたんだ? トロ過ぎないか。


「あーっと、それを聞いてちょっとショックだったけど、とにかく最後まで言わせて?」

「はい、どうぞ」

「結婚してほしい。日本に帰れるようになった時も、一緒に帰れるというメリットもある。君にとってもメリットだと思う、どうだろう。

 鋏が売れるようになって、生活も安定している。苦労はかけないとは言えないが、一緒に苦労してくれないか、とは言える。受けてもらえるだろうか」


 みのりはほとんど爆笑しかけた。ほんとうに不器用な人だ。持って生まれた器用さのすべては、職人としての器用さに全振りしてしまったのだろう。


「まあ、外から見たら、今だって夫婦のようなものでしょうね。長い間同じ家に住んでいるし、この街の人には夫婦だと思われているでしょう。市場では奥さんといわれるし、いいですよ」

「え? え? いいの? ほんとうに?」

「え? 取り消します?」

 みのりはにっこり笑う。


 そうね、転移に巻き込まれず、あのまま日本で生きていたとして、コーヒーさんと恋人になって結婚する、という未来があったかな、もしかしたらあったかもしれない。

 仕事に就いて安定した地位を築くまで、結婚するつもりなんかなかったけど、考えてみれば、今の生活は安定した地位を築いていると言ってそう間違いはない。歯科技工士ではないし、税金も年金も保険も払っていないけど、信頼されている薬師ではある。


「あ、ありがとう、ありがとう、ありがとう」

 3回言って、ちょっと涙ぐんだ。そして、「取り消さないでください」と小さな声で付け加えた。



 中畑みのりと野中正則は夫婦となったが、これと言って特別に結婚式もせず、公に届け出もしなかった。この国の平民はそういうものだ。

 ただ、フォッシャーズの3人を食事に呼んだら、サキとマリが白いベールを持って来て被せてくれて、アッキーが厳かなポーズをつけて白い花とグリーンで丸くまとめ、白いリボンで飾ったブーケを渡してくれた。


「おめでとう、みのりさん、野中さん」

「おめでとう。フランス語で言っていい?

 Bon voyage! ここから始まるふたりの人生が、いい旅になりますように、Felicitations!」

「俺は日本語しかできないけどな、おめでとう。

 なあ、このブーケ、トスなんかしないで花瓶に飾ってくれよ」


 みのりはすこし涙ぐんだ。

「ありがとう、サキちゃん、マリちゃん、アッキー」


 おかあさん、おとうさん、結婚しました。 楽しみにしていると言ってくれていたおばあちゃん、花嫁姿を見せられなくてごめんなさい。



 ノーラとマッサの間には、3人の息子が生まれた。そして、3人が3人とも、野中家の資質を受け継いだか父の影響なのだか、刃物を鍛造する職人になった。

 やってみるか、と声を掛けて、マッサが脇差を鍛造したのはもう60歳近くになった頃。3人の息子が息を合わせ、交代しながら相槌を打つ様は、もし野中正則を外弟子に取った刀匠が見たら、涙ぐんで喜ぶ姿だったろう。



 謹厳実直な職人として生涯を終えた時、マッサは66歳だった。

 夫が身罷り、長男があとを継いだので、ノーラは職人の親方の妻という難しい立場を長男の妻に譲った。そして、初めてマズーラに来た時に迷い込んだ”市場の広場”の隅に机を出して、ヒールを売る癒し手になった。この広場を市場の広場と名付けたその日には、もう夫は自分に惚れていたのだな、と思うと何となくくすぐったい。思い出の場所で自分も仕事をするようになった。人生は本当に何が起こるかわからない。


 ノーラというヒーラーは痛む歯を抜かずに治してくれると高い評判を得て、遠くの街からも患者がノーラを求めてくるようになった。

 ノーラ自身は相変わらず目立つことを嫌い、貴族に囲い込まれないように上手に人に紛れ、街の人々も、ノーラを失わないよう巧みに庇ってくれていた。




 ノーラは、転移してきたコス仲間に助力を惜しまず、帰れない同士で助け合う気持ちを失わずに生きた。そして、白い部屋でそうであったのと同じように、最初にもならず、最後にもならず、“丁度いいタイミングで” ワインズデイル王国の壁に囲まれた街、マズーラでその生涯を終えた。


お読みくださってありがとうございます


一緒に苦労してくれないか、と言われて、はいと答える女性はあまり見つからないかも

マッサはがんばったものの、女性好みのプロポーズはできませんでした!

でもまあ、らしいっちゃらしいですかね~


幸せにする、とか、大事にする、とかいう“自分が相手を”幸せにする、“大切にする”、“だから”結婚して、というプロポーズ

“一緒に”生きよう、とか、幸せになろう方向の、共に生きるために結婚して、というプロポーズ

読んでくださった皆さんは、どちらがお好きでしょうか




色々と設定が曖昧になっていたり、言及しないでいたりします

それは、この先85人分の中編・短編を追加する予定なので、自由度を確保するためです

すべてのお話が完成したところで、全部をひとつのお話にまとめ、矛盾点と重複部分を修正するメニューとなっています


このワインズデイル転移はシリーズ化せず、単発で書き加えていくことにしました

そのため、読んでくださる方がこのお話であることがわかるようにします

あらすじのさいご部分に、

「***メモ:最初の2人、服飾デザイン・スクールの3人、行方不明1人、参謀役2人:物語登場 現在時点で8人:場所・旧王都マズーラ」と書いてありますが、

同じ書き方で誰の話で、どこが中心となるかを書き加えます


楽しんでいただけますように、Granite

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