23.軋轢
夜も深まり、話はなおも弾んでいるように見えた。5人はテーブルに座ったまま、和やかに話し合っているようなのだが、孔明は音声遮断をかけ、さらに口の前に両手を組むようにして、口元が見えないようにしている。
「孔明さま、そこまでですか?」
「念のためだ。私たちは異邦人、つまり異物だ。この街から出て行ったことにして消されても誰も探さない。君達はたった5人だし、同じ家に住んでいて妙な噂を立てられているのだろう? しきりに王都から異邦人仲間が来て何か買って帰っていくようだし、見たことのない便利なポーション瓶を作って売り始めた。
この街に馴染んで知り合いが増える前なら、製法を盗んで街から追い払うか消してしまうのもさほど難しくはない、まして権力が絡めばね。
ここは日本じゃない、司法権は独立していなくて、兵も官吏も権力者の言うがままだ。
特に、今のマズーラ伯爵は評判が悪い。すっかりこの街の金に懐柔されている。統治権者が金で動くのだから、ギルドはやり放題だ」
マズーラ伯爵というのは、この旧王都を王から預かっている直臣が、任務に就いている期間中にのみ名乗ることができる爵位だ。マズーラは政治上も国土防衛上も重要な拠点だから、今の王権になる前からずっと現王家に仕えるものから選ばれる。伯爵以上でないと出席できない会議や夜会が多いこともあるし、微妙な差配を求められる難しい地位であることも大きい。
だが、生まれ持っての地位でないために、上位貴族としての身の処し方を本当の意味で理解していないことが多く、甘言に弱く金にとりこまれるケースは実に多い。そこが現王権の弱点ともなっている。
「わかりやすく説明しよう。
ノーラ、薬師ギルドから認定をもらっただろう? あの認定書で薬屋が開けることを知っているか」
「え? いや、知りませんでした。今のところ薬屋をやろうとも思っていなかったので、調べてはいませんけど。一緒に薬草採取をするエネアという薬師も、薬はギルドに納めていますし」
「古くから認定書を持っている薬師は、薬屋を開いているだろう? その既得権を守るため、そして薬師から独占的に薬を仕入れて販売利益を得るために、ギルドは新しく認定書を出した薬師の薬屋開店を推奨していない。薬屋をやりたい薬師は、現在ある薬師から店を買い取ることになる」
聞いていたマリが、怒りの表情になる。
「ひどい」
「そうだ。俺たちには考えられない。だがねマリ君、日本でもスーパーで薬を売ったり、ドラッグストアができるようになるまでには、まず最高裁の薬事法距離制限・違憲無効という判決を待つ必要があった。(*1975年、最高裁大法廷 参考文献:判例百選・憲法、他)
明治憲法が現行憲法に改正されて、30年もかかっているんだ。既得権ってのは打ち破りにくい。特にマズーラは旧王都で、利権が複雑に絡み合っている。
新しいポーション瓶の作り方を独占して、大々的に売り出して稼ごうとしている権力者がいても私は驚かないね」
「そうだったのか、道理で圧力が強いわけだよ」
「やっぱりなんか言われてんの?」
「まあね。組合から、瓶を作るのを他の工房と一緒にやってくれないかと言われてるんだ」
孔明が頷く。
「今のところはそれで済んでいるんだろう、だがネジ蓋はここでは画期的だ」
「日本じゃ普通でしたけどね、ビタミンドリンクとか、ペットボトルとか、ドリンクゼリーとか。コンビニで毎日のように買ってたよな」
これはアッキー。
「プラスティック製品ができるまで、ネジ蓋は難しかったでしょう? コルク栓の次は王冠ですよね」
「この世界も本来ならば、現在のガラス瓶にコルク栓の次に、ビール用に王冠ができて、その後にネジ蓋になるはずだ。
スクリューってのは、種子島に鉄砲が伝来した時に日本に来た。本来、銃底の強度を増すために考案されたものだ。 だったよな? マッサ」
「その通りです。俺が考えなしで。
ここはまだ銃がないんだから、ネジ自体がまだないんだよなあ、失敗した」
「モクネジを作ったわけじゃない、大丈夫だ。
見た限り、ガラスの方に斜めの凸型をつけ、蓋は部分的に内側に曲げてある。あれは“噛ませる”のであって、“ねじ込む”には至らない。強度を増す、とまではならないのではないか。強い内圧が掛かれば、本体が金属でも蓋は飛んでしまう。
大丈夫だろう」
「でしょうか。賢い人が見たら、すぐにスクリューに発展するかもしれません」
「それは諦めよう。いずれ時がくればどこの文明でもできるものだ。
この瓶と蓋はまだ民生用だ、そこからすぐに銃ができはしない」
「だといいですけど。 そうだといいと思います」
「ところで、あのパッキンはどうやって作っているか教えてもらえるか」
「あ、あれはスライムです」
「すらいむ? まさか?」
さすがの孔明が目を丸くする。
「シリコン・パッキンは化学製品なんです。材料はケイ素、石なんですけど、反応させるのに石油化学製品が必要で、化学工場の恩恵がないとできないんです。
ゴムの木みたいなのを探して、幅の広い輪ゴムみたなのを作ったらどうかと思ったんだけど見つからなくて」
「うん、俺たちも協力して探したんだけど、何しろゴムの木ってのがそもそもどんなのか知らないしなあ」
頭を上下させて同意するマリとサキ。
「それで、誰だったっけ? スライムどうよとか言い出したの?」
「あー、オレ」
アッキーが右手を上げて応える。
孔明が目をパチパチさせる。かなり驚いているらしい。
「スライムって、中身が水みたいなもので、表皮は薄い皮で、それでいてポンポン跳ねてるだろ?」
孔明を驚かせることができて、アッキーが喜んでいる。
マッサが説明を引き取る。
「スライムの中身は酸性のうすい粘液ですよね。表皮はその酸性の水分を包み込んで、地面の上をポンポン跳ねても破れない、で、もしかして使えるかもとなって」
「マッサがイケるかもつーから、みんなで見に行っだよな、な?
スライムって、ゴムボールとか、お祭りの屋台で売ってる水ヨーヨーみたいなものなんじゃないか、とか言ってたかな?」
うんうん、と4人が頷く。
「なるほど?」
「中身が酸性だから、捕まえて川の傍まで持って行って、アルカリには弱いだろうって考えて、灰を塗ったナイフでプッツンって。
切り開いて、粘液捨てて、皮を手早く洗って」
「あれはスライム皮なのか、誰も思いつかないだろうな」
「そうであってほしいです。知られたくないんですよ、ゴムのようなものだと考えればいろいろ使い道がありそうなんで。おまけにスライムは、捕まえやすいですからね。そのあたりに無料のゴム材料が跳ねてるようなものですよ」
「今のところ知っている人は?」
「この5人だけですね。
フォッシャーズがスライムの中身抜いて、洗って皮だけ持って帰って来るでしょ」
「それで、私が薬草に紛らせて干すんです、乾燥するまで」
ノーラが乾燥係らしい。
「で、俺が夜にドーナッツ型で型抜きして、最後にみんなに協力してもらって、蓋の内側に張り付けるんです。剝がれやすかったので、手動のプレッサーを作ったんですけど。それを使うところを見られないようにした方がいいというのもあって」
「数も作れないんですよね、片手間でやってるようなものですから」
「なるほど、秘密が保たれてるわけだ」
「俺たちも用心してるんです」




