22.孔明がやってきた
その日もノーラはいつも通り午前中の薬作りを終え、薬師ギルドにポーション3種と塗り薬、きれいに乾燥させた虫よけの薬草を納め、夕食の買い物をぶら下げて帰ってきた。
家の前で誰かが待っている。手に羽扇を持っているのを見て、誰だかわかった。
「孔明さま、お久しぶりです」
「達者にしておったか、ノーラであるな」
孔明はノリがいい。ちゃんと羽扇を口元に持ってきている。ただ、理由がないわけでもない。
あの時の転移者なら、だれでも孔明を知っているはずだ。何度か全員に聞こえるように声を掛け、視線が集まった。
羽扇は人物証明だ。逆に孔明から見れば、羽扇を口元に掲げ大げさな口調で喋っている自分を孔明と呼ぶなら、その人は転移者だと信じられる。
「姓は諸葛、名は亮、字を孔明という。孔明と呼ぶがよかろう」
「中畑みのりです。異世界名はミ・ノーラ。岬さんもミなので、ノーラと名乗っています」
「話は聞いた、嫌な目にあったな」
「ちょっと失敗しました」
笑い合って家に入った。
「白い部屋では、大変お世話になりました。落ち着け、時間は十分あると声を掛けてくれたのは孔明さんですよね」
焦ったら負けだ、30分くらいは考えていてもいい、と言われてぐっと落ち着いてボードを見ることができた、本当にありがたかった。
「いや、まあ。あのときは全員強い緊張状態だったから。役柄上ね」
「うふふ、役柄ですか」
「そうそう、この羽扇に、玉スダレ、ひらひらの皇帝ウエアだ、やるしかない場面だよ」
「あー、なるほど」
浸りきれるタイプですね、という言葉は飲み込んだ。
「カーンとカリョウテン、3人で相談して、直接マッサと話した方がいい、となった。マッサが作ったこの瓶、とくにパッキンはこの世界では特許申請に値する。製法は秘匿したらどうか」
「はい、私もそう思いまして。特許制度がない以上、真似た者勝ちになりますから。
ここの狭い職人世界では利権が複雑に絡み合っている状態です。秘匿しきれないでしょう」
「そうだろう。まずはマッサの工房に案内してもらいたいのだが」
ノーラが出した薬草茶は孔明のお気に召したらしい。回復ポーションに使う薬草類を煮出して淹れているので、疲労回復効果はある、美味しいとは言えないが。
「まだマッサと話してからのことだが、パッキンは他の街で作ったらどうかと提案しに来た。細かいことは全員そろってから話すが、この街はあまりいい状態ではないようだ」
「そうでしたか。マッサが困ってるみたいなんです。どうも作り方を探っている人たちがいるみたいで」
「そうか」
孔明は苦々しい表情を見せた。
ふたりは街門を出て大きく東に回り込み、ガラス工房が建ち並ぶ川岸へと向かった。
その日は蓋部分を作っていたマッサは、孔明を迎えてどこか安心したように見えた。
「孔明さまですね、白い部屋ではお世話になりました」
「孔明だ。君はマッサで間違いないね」
「そうです。ちょっと難しいことになりかけてるんです、頼りにしてます」
「やはりそうか、ここで話すのはあまりよくない」
「はい。 ノーラ、家に帰ろうか」
「そうよね。えーと、孔明さま音声遮断は使えました?」
音声遮断は、バリアの一種だ。孔明は自分の魔法構成を防御に大きく振っている。
「使える」
そう、事態はかなり深刻なのだ。
マッサとノーラは交互に台所に立って夕食の準備をし、手の空いている方がテーブルで薬草茶を飲んでいる孔明と情報交換をした。
やがてフォッシャーズが迷宮から帰ってきて、「おお、孔明殿」とか「玉スダレどうしたんですか」とか、孔明にとっては聞かれ慣れた、5人にとっては新鮮なやりとりを楽しみながら夕食となった。
孔明によれば、孔明コスと羽扇は写真撮影用の実物だそうだ。玉スダレは孔明の自作だとのこと。卒業したら広告代理店に勤めることになっていた孔明は、法律と心理学、経営学を勉強してきたらしい。コス広場には、バルカンにバルカンウエアを着せて引っ張って来ていたということだった。
だって、あのヘアカットだもんな、あれしかないだろ? とのこと。




