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2.中畑みのりは、ユルいコスプレイヤーである

 

 なかはた・みのりは、歯科技工士になるための専門学校に入学して一年半ほどの学生だ。自宅から通っていて、平日は勉強したり母の手伝いをしながら自立の日のために家事を教えてもらったりの毎日だ。週に三日は近所のコンビニでバイトするという、同級生と似たり寄ったりの毎日を送っている。


 ちょっと変わっているのは自分でもよくわかってはいるが、週末はコスを楽しんでいる。毎週は無理だけれど、日曜日には自然発生的にできたコスプレイヤーが集まる場所に向かう。商業集合施設に付属している海が見える開放的なウッドデッキで、グリーンとベンチが上手に配置されている。

 コスは好きだけれども、バイト学生の身では有名だったり派手だったりするコスチュームには手が届かない。いや、もともと目立ちたいという性格ではない。

 ヘアセットから足元までステキにできあがっているプレイヤーを見る方が好きだ。


 それなりにプレイヤーに交じっていなくては、何度も参加するわけにもいかないから。

 土曜日にはネットで買った中古ミシンでカシャカシャとフード付きマントを縫う。マントなら袖がない、ボタンもチャックもいらない。直線縫いがほとんどで、なんとかなるから。

 最初はソーイングの本に付属していた型紙を使ったけれども、マントしか作らないから段々型紙を改造できるようになって、丈やフードを変えるようになった。縁取りをしたり、フードを絞れるようにしたり。色を変えるだけでもずいぶん印象が変わる。

 できあがったマントを身に着けて、鏡の前で持ち物をとっかえひっかえ、何とかコスに見えるようにあれこれ工夫する時間が楽しい。


 オフホワイトのローブにすり鉢とすりこぎを抱えて薬師風に作り、そのあたりのヨモギをゴリゴリすりつぶしてみたこともある。すり鉢とすりこぎを持ち出して叱られたのは言うまでもない、ましてヨモギを摺り潰したともなれば! おまけにマントは見事にヨモギ色のシミつきになった。

 だが、みのりは負けなかった。ヨモギをもっと取ってきて、マントを全部緑に染めた。その時に、色を定着させる媒染剤のことを知り、母が茄子漬に使っていたミョウバンをもらって手染めにトライした。


 この経験が異世界で役に立つとは予想もできなかった。

 人生、何が起こるかわからない、何でもやってみるものだ。



 祖父母の家で見つけた古い木の杖をもらってきたときには、灰色のマントを着てフードを深めに被り所属不明の魔法使いとして座ってみた。

 短い赤いマントを着てバスケットを持っていた時は、ほぼ完全にコスのコンセプトとは別物だったし、年齢的にもイタかったが、モブコスに徹するという意欲は伝わったと思いたい。いや、チャチャと思ってもらえれば、逆に一部に強くウケたかもしれなかった。


 たいがい疲れた風情でベンチに腰掛け、時々ため息をつき、それなりに雰囲気の一部になっている、モブコス? が定番だ。


 2時間ほど座り、周りを見て楽しむ。本格的にできあがっているプレイヤーが集まっている周辺を見るのが楽しいのだが、そこに参加するつもりはない。

 それらしく座っているだけといっても、他のプレイヤーと全く交流がないわけでもない。モブ同志、少数派の中の更に少数派に属して理解者を得られない同志だ、それはそれで気が合う。


 最初に声を掛けられたのは、赤いフード付きの短め丈マントに狼と羊の手作りヌイをぶら下げたバスケットを持って座っていた日だった。見た目は相当イタかったと自分でも思う。

 バスケットに混ぜて焼くだけお手軽手作りクッキーを入れていたので、それをポリポリ齧っていたら話しかけられた。クッキーをお勧めしたら気軽に受け取ってくれた。

 ちょっと待っててといわれたと思うと、ペーパーカップのコーヒーをふたつ持って帰ってきて、ひとつをもらった。同じベンチに並んで、クッキーを齧りコーヒーを飲む。その短い時間は悪くなかった。


 そのプレイヤーとはたまにぼそぼそと話した。みのりは比較的忙しい学生で、あまりゲームに親しむ時間は取れなくなっていた。だから、最近のゲームキャラのコスはよくわからない。そのあたりを上手に説明してくれるありがたい話し相手だ。教えられたゲームにチェックを入れてみたりする。就職して落ち着いたら、ふたたびゲームも始めたい。

 今日のベストコスとか、オシコスを選びあうのも楽しい。ただ、こういう集まりの礼儀のようなものだが、名前も言わないし聞かない、ましてアドレス交換などしない。ここは“出会いの場”ではなく、同じ趣味傾向を持つ者どうしが、ただエンカウントするだけの空間だから。




 その日は、深い緑のタランとした素材で襞の多いフード付きマントを着ていた。みのりの中古ミシンでは縫いにくい素材だったが、季節の変わり目で売れ残っていた布が安かったのだ。おかげでロング丈でたっぷり襞を取ったマントができた。ウエアに合わせて、髪を緑に染め(3日で落ちるけど)、エルフ用尖り耳を被せた。

 スニーカーに茶色のカバーを掛けてブーツ風にし、ストレッチパンツは緑、白Tの上から茶色いチュニックを被り、腰はくたびれたポシェット付きベルトで絞っている。マントの下には会場と家との往復で着る普段着とおやつ、ペットボトルを入れたリュックを背負っている。

 コスに着替えてからコインロッカーに行くのがハズイのだ。場所も遠いし、空いていないことも多い。


 前かがみになってフードを深めにかぶれば猫背の老人に見えなくもない。


 さりげなく周囲を見回しては、好みのコスチュームを探す。

 今日のベストコスは、ネズコだろうか。小柄で華奢なその子はいつも凝ったコスを見せてくれる、ゴスロリが似合う女の子だ。ネズココスを楽しむ人は時々見るが、これは特別出来がいいとみのりは思った。

 少し怯えたような表情を作っているところもイイ。細く短い竹を咥えていなくてはならないので、唇脇からやむなく漏れてしまう唾液対策としてさりげなくキャラグッズの手ぬぐいを握っているところも、花マル。


 ここは、コスをやりたい、見せたい人々が週末に集まるだけの場所で、スポンサーや賞とは全く関係ない。単に、コス好きが手作りコスチュームを同好の士に見てもらおうと集まって楽しむだけの穏やかな場所だ。

 数人で同じストーリーを表現しているグループもいて、それはそれで見ごたえがある。


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