1.中畑みのりの静かな生涯
みのりはこの世界へ総勢87人のコスプレイヤーとともに送られてきた
希んだわけではなかったが、この世界で生涯を送る
その穏やかな老後を物語る
87人は生きるために必死だった。彼らがこの世界にもたらしたものは多い
「おばあちゃん、そろそろ帰ろう」
孫娘のアニーが迎えに来た。
ノーラが市場の広場の隅でヒール売りの看板を出すようになって、さほど長くはない。
ヒール売りとは、治療院は持たず、街角や野営地などで小さな看板を出して、住民や旅人にヒールを売る癒し手のこと。
癒しの力はあるものの、まだレベルが低いため迷宮に潜るチームには入れず、レベルアップと日銭稼ぎをしていたり、体力に限界を感じて冒険者を引退した後、迷宮の出入り口や街門の近くで怪我人の一次救助にあたったり。
ヒールを売る独立したヒーラーは、ヒーラー協会に所属する決まりだ。申請者は一か月ほどのテスト期間を経て、看板を出すことができるようになる。テストは、怪我をしたり不調を訴える人がいないとできないから、冒険者ギルドに机を出してテスト期間を過ごす。
テストに合格したら鑑札をもらう。使っていいヒールは、鑑札に列記してあり、その中から得意とするヒールと値段を看板に書く。足のマメ 100デニー、軽い捻挫 200デニー、擦り傷 100デニー、小さな火傷 200デニーなど。
もっと効果の高いヒールを使う場合は、冒険者の緊急救助要員として、別の資格を取る。
ノーラのヒール屋の売りは何と言っても「虫歯一本 1,000デニー」であろう。ヒールは、肉体を細胞単位で活性化するから、永久歯に生え変わったら二度と生えてこない歯を回復させることは本来できない。虫歯になり、黴菌が入って腫れ、膿んでしまえば抜歯しかないのがこの世界の常識だ。放置すれば膿が全身に回って悶え死ぬことにもなりかねない。
ノーラが虫歯を治療できるのは、それなりに理由あってのことだ。
「今日はマルーンのシチューだって」
「そうかい、それは楽しみだね。今日の稼ぎで甘い物でも買って帰るかね」
「うん。じゃあ、机片付けるよ」
「ああ、頼んだよ。 よいっしょっと」
息子が作ってくれた折り畳み式の机と椅子を孫に任せ、値段表を畳んでバッグに入れた。値段表には、しもやけ 指一本50デニー、肩こり 一か所100デニー、ニキビ・吹き出物 一個30デニー、歯痛 一本1,000デニーなど、あまり見かけないヒール対象が並んでいる。
ノーラのヒールは冒険者向きではない。日常生活で、気になるが治療院に行くほどではない小さな不調向けで、この街・マズーラで住人に人気がある。
一件は少額だが、昼過ぎからここに座って孫が迎えに来てくれるまでには、孫にお駄賃を渡す程度の稼ぎになる。
「いつも迎えに来てくれて本当に助かるよ、アニー。さ、今日のお駄賃だよ」
「ありがとう、おばあちゃん」
にっこり笑う孫娘は、祖母の送り迎えのために友達とすごす時間を中断することもある。祖母が半日座る小机と椅子を運ぶことは、楽しくはなくとも誰かがやらねばならないこと、仕事に就くまでは一番下の孫であるアニーの役目だ。ノーラはそれをわかっているから、アニーが学校で使う文房具代に不自由しない程度、そしてこっそりキャンディを買うことができるほどの小遣いを渡す。
アニーが歩調を合わせて歩いてくれる。物を売る店はもう終わりかけで、屋台から夕食向けの煙が上がり、おいしそうなにおいが流れる。
馴染みの屋台で甘い揚げ菓子を買った。
「ノーラ、今日はもうあがりかい」と声を掛けてきた串焼き屋台の兄ちゃんに軽く手を振る。店を片付けていた野菜売りのおかみさんからは、「売れ残りだよ、持って行きな」と、ちょっと萎れた青菜をもらい、「ありがとうよ」と言いながら、おかみの頬に手を触れて目立つシミを消す。「あら、また若返っちゃうよ」と照れ臭そうにするおかみに、「まだまだ若いじゃないか、茶飲み友だちでも捕まえな」と、声を掛ける。
中畑みのりは、歯科技工士を目指して勉強中の学生だった。
突然飛ばされ、白い部屋を経てここ、ワインズデイル王国の旧都マズーラに転移してきた。ここでの名前は、みのりを聞き違えた門衛によって、ミ・ノーラとなり、その日以後、ノーラと名乗っている。
ノーラにとってマズーラはもう故郷だ。ここに来た日、後に夫となったマッサとともに途方に暮れながらホテルを探した。この市場のある広場に迷い込んで、金貨や銀貨を日本円に換算するために物の値段を記録して歩いた。
あの日から、すでに50年余り。夫に先立たれたが、あの日出会ったサキはまだ元気に仕立屋を差配している。
白い部屋で職能・薬師を選び、薬師として仕事をしてきた。結婚して、男の子を3人産み育て、夫の弟子の世話をした。同時に転移させられてきたサキ、マリ、アッキーのために布を染めた日々も懐かしい思い出だ。
幸せだったかどうかと問われれば、みのりとしては答えに詰まる。日本で父母や兄、祖父母、叔父・伯母、従姉弟、幼馴染、学生時代の友達などと細やかに気を使い合いながら、普通に生きていた方がよかった。当然だ。
あるはずだった、日本人としてのそれなりに穏やかな未来は、20歳の時に何の予告もなく突然、理由も知らされず、理不尽に、奪われたのだから。
だが、ノーラとしてならどうだろう。そう、それはもう必死で生きた毎日だった。それが悪かったとは言えない。どこで生きても、どんな人生を送っても、苦労はひっそりと後を付いてきて時として突然前に立ちはだかる。
どこで誰と生きても、そこだけは変わらないだろう。苦しみはそれを苦しみだと受け取る人の心の中にある。ノーラはそのことを知るようになった。死ぬ前に気付いてよかった、と思う。
「さくら、今日のシチューもよくできているねぇ、ありがとうよ」
「おかあさん、いつもアニーにお小遣いをすいません、助かっています」
「いいよ、いいよ、助かっているのはこっちだよ」
ノーラの1日は、今日も静かに終わっていく。




