17.冒険と生活の日々 ノーラ・マッサ
ノーラとマッサは冒険者にはならなかった。
ノーラは薬師としてやっていきたいと、薬師ギルドへの登録条件を調べた。ヒールが使えるのは薬を作る時に癒しの魔力を注ぐことができるという点で大きなポイントとの評価を受けたが、作った薬を見せることができない。「自分の国では、医療を学ぶ学生でした」と説明してみたが、やはりというか、実績を見せてもらいたい、ということだった。
宿に泊まっている状態では薬草を切ったり摺り潰したりすることができないので、できるだけ早く家を借りようと思いながら街門の外に出て薬草類を集めて薬師ギルドに売りに行く毎日となった。
スキルオーブの鑑定を持っていて、希少な薬草も持ち帰れるので評価は高くなっていき、やがて薬師ギルドに併設している調薬室を貸してもらえるだけの信頼を得た。
それからは金貨が溜まるスピードが上がった。
マッサは、研師として生計を立てようと決めた。
研師という職能はない。だが、マッサはそれを自力で身に着けていた。
錺職人の家に生まれて育ち職人として身を立てることに疑問もためらいもなく成長した。子どもの時から刃物に親しみ、包丁から始めて鑿の砥ぎ直しや鋸の目立てまで一人前にできるようになっている。マッサにとって、それは日常生活の一部だ。
鍛冶場を訪ね、やんわりとした口調で砥ぎができること、この国に魔法の暴走で飛ばされたために仕事を探していること、できれば刃物の砥ぎを仕事にしたいと話して、雇ってくれないかと頼んで回った。
どんな縁故もないから、一見で雇ってくれるところはなかったのだが、職人気質というものは通じるところがあるのか、諦めず尋ね歩いているうちに「妙な若者が砥ぎをやりたいと仕事を探している」という話が広まった。
ある日、使いの者だが、という男が宿を訪ねて来て、「砥ぎの腕を見せてほしい」と大きな鍛冶屋へ連れていかれた。
普通、刃物を「砥ぐ」と言えば、キレが鈍った刃を砥石で砥ぎ直すことだ。
「研ぐ」というのは、鍛冶師が鍛えて刃のあたりをつけた仕事を引き継ぎ、刃を研ぎ出すことをいう。「研ぎ」は特殊な職能で、剣や槍は鍛冶師が形を作り、研師が刃を研ぎあげる。「研師」として一人前になるまでには長い修行が必要だ。
マッサは高校卒業後、すぐに職人になるのではなく、更に研鑽を積む決意をした。転移時は芸大の美術部・工芸科の学生だった。
金属工芸の生命線である刃物類の取り扱いについてはすでにプロと同等かそれ以上の腕前であり、砥直しは芸術の域に達している。
研ぎについては、家の縁故で刀鍛冶の外弟子となり修業させてもらっていた。錺細工師は、必要な鏨を始めとする各種道具を自作することも多いことから、マッサは自分に必要な技術と判断したのだった。探求心もあったし、学生だったことから鍛造と研ぎについて理論を身に付けより良い仕事ができるようになれと言われ、レポートを書いて提出もした。
最終的には卒製で短刀をひとりで作るつもりでひたすらに励んできた。
鍛冶場で、マッサはまず切れ味が鈍った剣を砥ぎ直すように言われ、作業にかかる前にテストをクリアした。準備されていた砥石が砥ぎ直す刃の状態に適していないことを即座に指摘したのだ。
「すいません、この砥石ではいい砥ぎができませんが、ほかに砥石はありますか」
そこでようやく鍛冶場の親方が出てきた。並んだ数多くの砥石を見せられ、そこから適切なものを3丁選び、順に取り換えながら砥ぎあげて見せた。
肩を叩かれ「よし、いいだろう」と雇ってもらった。
鍛冶場のオヤジは、自分がどのくらい幸運だったか気付いていない。マッサは千年を越えて練りに練られ、現代に受け継がれ、今や希少な存在となり始めている特殊技術の継承者のひとりだ。刃物の砥ぎに関してこの世界で彼に並ぶ者は、おそらく見いだせないだろう。
こうして5人は稼げるようになった。
ノーラとマッサが泊まった1泊金貨1枚のホテルからは翌日に退去して、3人と同じホテルに移った。それから2,3日かけて安い宿をさがし、1階が酒も出す食事処、2階が冒険者向けの貸し部屋になっている場所を見つけた。ひとり一部屋で、1か月金貨3枚。これで大分気が楽になったし、ノーラとサキの負担も少なくなった。
長期契約した宿のおかみさんが恰幅のいい女性だと思っていたら、おめでたで、ノーラは裏方を手伝うようになった。夜になってまだ食事処がにぎやかな時間帯には、マッサも洗い物を手伝った。鍋を磨き、料理用ナイフを砥いで店じまいを手伝った。
無事出産し、おかみさんの母親が孫の面倒を見るために夫婦と同居し始めたころ、宿の親父さんが貸家を紹介してくれた。
「世話になったな、ありがとうよ。娘の父親になった祝いだ、親戚の伝手で貸家を紹介するけど、どうだい」と。ありがたいことだった。大きなおなかできびきびと動くおかみさんがまだ十代だと知ったノーラとマッサが、見かねて手を貸したのであって、見返りを求めてのことではなかった。
おそらくそれがこの古い街に受け入れられたのだ。
信用がないと家を借りるのは難しい。
冒険者フォッシャーズの信用は上がりにくく、ノーラが薬師ギルドで積み上げた実績と、マッサが砥師として見せている確かな実力に、宿の夫婦の信用が裏付けとなってようやく、この古い、コネが物を言う街で小さな居場所を手に入れたのだった。
ノーラは借りた家で薬草類を干したり、薬を煎じたりできるようになり、すぐにポーション類を作った。薬師ギルドの製薬室でも作れたのだが、職能オーブで手に入れたレベルの高い製薬手順や混合割合を秘密にしておきたいために避けていたのだった。
治癒ポーション、解毒ポーション、石化解除ポーションだ。これができるようになり、マッサのポイント・ボードの実力が“火を噴いた”。
一度薬師ギルドで各種ポーションが作れると認めてもらえば、ポーションを量産する必要はない。マッサのポイント・ボードでどんどんポーションをゲットしてギルドに納め、差額はマッサとノーラで折半する。
材料代はいらないし、作業時間もない。こんなに楽なことはない。
ボードからゲットできるポーション類の品質は優れており、季節に関わらず供給量が一定だから、薬師ギルドのノーラに対する評価は高くなる一方だ。
冒険者稼業の3人も、キレ気味のサキの説教をがんがん食らいながら、非常に安定した成績を上げ続けている。先走るアッキーを「借金返す前に死ぬ気?」と威迫し、大規模魔法で何もかも一蹴したいマリを「魔力が切れたらただのお荷物」と牽制しまくる。
ふたりともサキに宿泊料も食費も頼りっぱなしでスタートしたから、多少稼げるようになっても大きな口は叩けない。
偶然同じ場所にいて、たまたま同じ街に転移して、運よく出会った5人はノーラが家を守りながらポイント交換で稼ぎ、3人組が冒険者修行を積むという、いい組み合わせを作り上げることに成功し、飛ばされてきた87人の中では最も早く落ち着いた生活を送るようになった。




