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第7話 初めての知らない人

 次の日の夜。


 俺は配信開始前に、昨日のメモを見返していた。

 蓮から送られてきた改善点は、思ったより細かかった。


 マイク音量を少し上げる。

 配信開始直後に何を話すか決めておく。

 コメントが来なくても慌てない。

 身内コメントに本名で反応しない。

 終了の挨拶を決める。



 最後の一つだけ、陽翔の意見も入っていた。


 おつまこと。


 正直、少し照れる。

 でも、陽翔がせっかく考えてくれたものだ。

 使ってみてもいい気がした。


 母さんは今日、休みだった。


 夕飯を一緒に食べて、風呂に入って、母さんがリビングでテレビを見始めたあと、俺は部屋に戻った。


「少し作業してくるね」

「はーい。あんまり遅くまで起きてちゃだめよ」

「うん。終わったらちゃんと寝るよ」


 母さんには、まだVTuberのことは言っていない。


 嘘をつきたいわけではない。でも、まだ説明できるほど、自分でもわかっていない。

 ちゃんと形になってから話した方が、母さんも心配しにくいと思った。


 机に座って、配信ソフトを開く。

 今日のタイトルは、


 ――少しだけ夜の雑談をします。


 昨日よりさらに地味かもしれない。

 でも、これでいい。


 グループチャットには、配信を始めることだけ伝えておいた。


『今日も少しだけやるよ』


 蓮からすぐに返事が来る。


『了解。今日は途中から行く』


 陽翔からも来た。


『俺、今から寝るかもしれん!』

『部活だったんだよね。無理しなくて大丈夫だよ』

『起きてたら行く!』

『ありがとう。でも眠かったら寝てね』

『春野、配信前から寝かせにくるな!』


 俺は小さく笑って、開始ボタンを押した。



 同時視聴者数は、ゼロ。


 昨日と同じだ。

 でも、今日は少しだけ落ち着いていた。


「こんばんは。夜野まことです。今日も、少しだけ夜の雑談をしようと思います」


 マイクの音量を見ながら、ゆっくり話す。


「昨日が初配信だったので、まだ慣れていないんですけど、今日は昨日より少し聞きやすくなっていたらうれしいです」


 コメントはない。

 でも、昨日ほど気まずくはなかった。


「今日は暑かったですね。昼間に洗濯物を干したんですけど、すぐ乾いたので、夏ってすごいなと思いました」


 言ってから、少し間が空く。


「……話題が生活寄りすぎるかもしれませんね。でも、こういう話しか今は出てこないので、しばらくはこれでいこうと思います」


 同時視聴者数が、一になった。

 俺は画面を見る。


 蓮だろうか。

 それとも陽翔だろうか。


 少し待つと、コメントが流れた。


『こんばんは。初見です』


 指が、一瞬止まった。

 蓮でも、陽翔でもない。


 知らない人だ。


 アイコンも名前も、見覚えがない。

 俺は姿勢を少し正した。


「こんばんは。来てくれてありがとうございます。初めての方ですよね」


 そう言ってから、俺は少し迷った。


 初めての知らない人。

 何を話せばいいのだろう。


 でも、無理に面白いことを言おうとすると、たぶん変になる。


「まだ始めたばかりなので、そんなに賑やかな配信ではないんですけど、よかったらゆっくりしていってください」


『声落ち着いてますね』


「そう言ってもらえるとうれしいです。自分ではよくわからないんですけど、聞きづらくないならよかったです」


『聞きやすいです』


「ありがとうございます。安心しました」


 コメントが止まる。

 でも、視聴者数は一のままだった。


 その人は、まだいてくれている。

 それだけで少し不思議だった。


「今日は特に大きな話題があるわけではないので、雑談というより、ただ少し話しているだけになると思います」


『それくらいがちょうどいいです』


「それならよかったです。夜って、あまり騒がしいと疲れる時もありますよね」


 コメント欄に、少し間が空いた。

 そして、ゆっくり文字が流れた。


『今日ちょっと疲れてたので、助かります』


 俺は画面を見た。


 知らない人。

 名前も顔も知らない。

 どこに住んでいるのかも、何歳なのかもわからない。


 でも、その人は今日疲れていて、たまたま俺の配信を開いた。


 それなら。


「お疲れさまです。今日、ちゃんとここまで来ただけでも十分だと思いますよ」


 自然に、そう言っていた。


「無理にコメントしなくても大丈夫です。見ているだけでも、寝落ちしても大丈夫なので。少しでも休めるなら、その方がいいと思います」


 コメントがすぐに流れる。


『寝落ちしてもいいんですか?』


「もちろんいいですよ。僕の配信で眠くなったなら、たぶんそれは悪いことじゃないと思います」


『配信者さん的には見ててほしいのでは?』


「見てくれるのはうれしいです。でも、疲れている人が眠れるなら、そっちの方が大事な時もあると思います」


 自分で言ってから、少しだけ恥ずかしくなった。

 偉そうに聞こえただろうか。

 でも、コメント欄には短く返事が来た。


『ありがとうございます』


「こちらこそ、来てくれてありがとうございます」


 そのあと、少しだけ雑談を続けた。


 夏の夜の話。

 冷たい麦茶の話。

 眠る前にスマホを見すぎると、余計に眠れなくなる話。


 途中で蓮が来た。


『来た。知らない人いるじゃん』


 俺は少しだけ焦った。


「こんばんは。来てくれてありがとうございます。今、初めて来てくれた方と少し話していました」


『説明が丁寧』


「初めての方が来てくれたので、ちゃんとした方がいいかなと思って」


 蓮のコメントが一瞬止まった。

 それから流れる。


『そういうとこだぞ』


 昨日も今日も言われている気がする。

 でも、悪い意味ではないのだと思う。

 初見の人も、コメントをくれた。


『仲良さそうですね』


「友人です。昨日も見に来てくれました」


『友人です』


 蓮がなぜか同じようにコメントした。

 少し面白かったけれど、配信中なので笑いすぎないようにした。


 しばらくして、視聴者数が二から三になった。

 陽翔かもしれない。


 そう思ったら、すぐにコメントが流れた。


『寝る前に来たぞ!』


「こんばんは。眠いなら無理しないでくださいね」


『もう眠い!』


「じゃあ、本当に寝た方がいいと思います」


『夜野の声聞いて寝る!』


「はる.....ゆっくりしていってくださいね」


 名前を呼びそうになって少し焦った。


「えっと、今のは聞かなかったことにしてください」


『かわいい』


 初見の人から、そんなコメントが流れた。


 かわいい。


 言われ慣れない言葉だった。


「かわいいかはわからないですけど、気をつけます」


『真面目』

『真面目なんです』


 蓮が勝手に答える。


「代わりに答えなくても大丈夫ですよ」


『すまん』


 コメント欄が、少しだけにぎやかになる。

 昨日とは違う。


 友人二人だけではなく、知らない人が一人いる。

 その人が、俺の言葉に返事をしてくれる。

 たったそれだけなのに、配信というものが少しだけわかった気がした。


 三十分ほど話して、俺は時計を見た。


「そろそろ今日は終わろうと思います。来てくれてありがとうございました」


『おつまこと』


 陽翔が最初に打った。

 続いて、蓮も打つ。


『おつまこと』


 少し遅れて、初見の人も打ってくれた。


『おつまことです。少し楽になりました』


 俺はそのコメントを見て、少しだけ言葉に詰まった。


 楽になった。

 そんなふうに言ってもらえるとは思っていなかった。


「……それなら、よかったです。来てくれてありがとうございました。疲れているなら、今日はゆっくり休んでくださいね」


 最後にそう言って、配信を終了した。

 部屋が静かになる。

 俺はしばらく、画面を見ていた。


 同時視聴者数は、最大三人。

 コメントも、数えられるくらいしかない。


 でも、今日は初めて、知らない人が来てくれた。

 そして、少し楽になったと言ってくれた。


 それが、思っていたよりずっと大きなことに感じた。

 スマホが震える。


 グループチャットだった。


『初見定着したらでかいぞ』

『春野すげぇな! 知らない人にも普通に優しかった!』


 俺は少し考えてから、返信する。


『来てくれた人が疲れてたみたいだから、少し休めたならよかったと思う』


 すぐに蓮から返事が来る。


『それを自然に言うのが怖いんだよ』


 続いて陽翔。


『でもそこが春野のすげぇところだろ!』


 俺には、まだよくわからない。

 でも、少しだけ思った。


 もし、夜に誰かが疲れていて。

 たまたま俺の配信を開いて。

 少しだけでも楽になれるなら。


 もう少し、続けてみてもいいのかもしれない。

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