第4話 立ち絵を作る
家に帰ってから、俺は蓮に送られたリンクを開いた。
初心者向け。
VTuberの始め方。
必要なもの一覧。
画面には、知らない単語がいくつも並んでいた。
配信ソフト。
マイク。
立ち絵。
トラッキング。
サムネイル。
配信タグ。
収益化条件。
「思ったより、やることが多いんだね」
ひとりごとを言いながら、俺はノートを開いた。
わからないことは、とりあえず書く。それから調べる。勉強でも何でも、最初はだいたいそれでどうにかなる。
VTuberというものは、思っていたより幅が広いらしい。すごく動くモデルを使っている人もいれば、一枚絵で配信している人もいる。
企業に所属している人もいれば、個人でやっている人もいる。ゲームをする人、歌う人、雑談する人、作業配信をする人。
全部をちゃんとやろうとすると大変そうだった。
でも、最初から全部やる必要はないとも書いてあった。
「まずは雑談配信から、かな」
ゲームは嫌いではないけれど、配信用の機材やソフトをいきなり揃えるのは大変そうだ。
それなら、最初は声と画像だけで始められる形がいい。
そう考えていると、メッセージが届いた。
蓮からだった。
『調べてるか?』
『今見てるよ。やること多いね』
『だろ。けど最初は雑談でいいと思うぞ』
『俺もそう思ってた。ゲーム配信は準備が大変そうだから』
『判断が早い。えらい』
『子ども扱いされてる?』
『されてる』
『正直だね』
少し笑ってから、俺はまた画面を見る。
次に必要なのは、立ち絵らしい。
絵を描く能力はない。絵を描ける知り合いも、たぶんいない。
少なくとも、急に「VTuberを始めたいから立ち絵を描いてほしい」と頼める相手はいない。
依頼する方法もあるらしいけれど、当然お金がかかる。それは、今の目的から考えると少し違う気がした。
できるだけお金をかけずに始めたい。
そう思って調べていると、AIでイラストを作る方法が出てきた。
「AIか……」
名前は知っている。学校の課題で使ってはいけない場面がある、という話も聞いたことがある。
でも、ちゃんと使い方と規約を守れば、イラスト作成にも使えるらしい。
ただし、サービスによってルールが違う。
商用利用。
クレジット表記。
生成物の扱い。
禁止事項。
そのあたりは、ちゃんと確認した方がよさそうだった。
俺はまた蓮にメッセージを送る。
『AIで立ち絵を作るのってあり?』
すぐに返信が来た。
『あり。ただし規約確認必須』
『そこは読むつもりだよ』
『出た。規約読む系男子』
『読まないと後で困ると思うから』
『そういうところは本当に配信向いてるかもしれん』
『規約を読むことが?』
『炎上しにくそうって意味』
炎上。
また少し怖い単語が出てきた。
『炎上はしたくないね』
『誰でもそうだよ』
『なら、ちゃんと確認してからやるよ』
『えらい。あと、AI絵使うならプロフィールに書いとくといいかもな』
『隠すことでもないし、そうするよ』
『素直すぎて逆に強い』
蓮が何を言いたいのか、少しわからなかった。
でも、隠さない方がいいというのはわかる。
後から聞かれて困るくらいなら、最初から書いておいた方がいい。
俺は利用規約を読みながら、使えそうなサービスを選んだ。
それから、プロンプトというものを入力していく。
男子高校生。
落ち着いた雰囲気。
やわらかい表情。
派手すぎない服装。
夜の配信に合う色合い。
何度か生成してみる。
最初に出てきた絵は、思ったよりきらきらしていた。
「……俺じゃないというか、俺よりだいぶ主人公っぽいな」
別に自分そのものを作る必要はない。
けれど、あまりに華やかすぎると落ち着かない。
何度か調整して、ようやくそれらしい絵が出た。
黒に近い紺色の髪。
少し眠そうな目。
白いパーカー。
背景は淡い夜色。
派手ではない。でも、暗すぎもしない。
俺はしばらく画面を見た。
「これなら、見に来た人も疲れにくいかな」
そう思ったところで、自分でも少し変な基準だと思った。
普通は、かっこいいかどうかとか、目立つかどうかを考えるのかもしれない。でも、俺はそれより、見ていて落ち着くかどうかの方が気になった。
スクリーンショットを蓮に送る。
しばらくして、返信が来た。
『いいじゃん』
『大丈夫そう?』
『落ち着いてる。お前っぽい』
『俺っぽいかな』
『顔はだいぶ美化されてるけど、雰囲気は近い』
『美化されてるなら、俺っぽくはないんじゃない?』
『お前は黙ってろ』
そのあと、すぐに高瀬からもメッセージが来た。
どうやら蓮が勝手に共有したらしい。
『春野、これすげぇじゃん!』
『ありがとう。蓮が送ったんだね』
『かっこいいぞ! でも春野の方がやさしそうだな!』
『それは褒めてくれてるんだよね』
『めちゃくちゃ褒めてる!』
高瀬らしい返事だった。
俺は少し笑って、画像を保存する。
まだ、立ち絵が一枚できただけだ。
配信のやり方も、名前も、何を話すのかも決まっていない。それでも、昨日よりは少し進んだ気がした。
夜になって、母さんが仕事に行く準備を始めた。
俺はリビングでノートパソコンを閉じる。
「あれ、真琴。何か調べもの?」
「うん。夏休みにできそうなことを少し調べてたんだ」
「バイト?」
「それも見たけど、別の方法も少し」
「別の方法?」
母さんが首をかしげる。
今ここでVTuberと説明しても、たぶん伝わらない気がした。
「家でできることだよ。まだ本当にやるかは決めてないけど」
「危ないことじゃない?」
「危ないことではないと思うよ。ちゃんと調べて、母さんが心配しない形にするつもり」
「それならいいけど、無理はしないでね」
「うん。ちゃんと気をつけるよ」
母さんはまだ少し心配そうだったけれど、それ以上は聞かなかった。
「じゃあ、行ってくるね」
「行ってらっしゃい。帰ってきたら、冷蔵庫に作っておいた麦茶あるから飲んでね」
「ありがとう。助かる」
母さんが出ていく。
玄関のドアが閉まる音を聞いてから、俺はもう一度ノートパソコンを開いた。
画面の中には、さっき作った立ち絵がある。
知らないことは多い。
不安もある。
でも、ちゃんと調べて、できるところから始めるなら。
少しくらい、試してみてもいいのかもしれない。
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