表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/14

第3話 友人は軽いノリで妙なことを言う

 駅前のファストフード店に着くと、蓮はもう席に座っていた。


 細い黒縁の眼鏡。少し長めの前髪。スマホを片手に、何かの動画を見ている。

 俺に気づくと、蓮は片手を上げた。


「お、来たな。夏休み初日から生活感ある男」

「その呼び方、あまりうれしくないかな」

「朝から洗濯とかしてそうな顔してる」

「洗濯はしたよ」

「当たるのかよ」


 蓮が少し笑う。

 俺は向かいに座った。


「高瀬は?」

「部活終わってから来るって。たぶんもうすぐ」

「練習のあとに来るの、元気だよね」

「あいつは元気が服着て歩いてるようなやつだからな」

「それは少しわかるかも」


 蓮はスマホを置いて、俺を見る。


「で、バイト探しは?」

「見てみたけど、思ったより難しいね。高校生可でも、夜遅かったり、遠かったり、長期前提だったりするから」

「まあ、夏休みだけ都合よくってなると、選択肢は減るよな」

「そうだよね。母さんに心配かけたくないから、夜遅いのは避けたいし」

「お前さ」

「なに?」

「その発想がもう春野って感じなんだよな」

「どういう意味?」

「いや、いい意味。普通、高校生男子のバイト探しって、もうちょい自分の小遣い優先だろ」

「自分のためでもあるよ。少しでも自由に使えるお金があったら助かるし」

「はいはい。そういうことにしとく」


 蓮はなぜか納得していない顔をした。


 その時、店の入口が開いた。


「おー、いたいた!」


 よく通る声がして、振り向く。

 高瀬陽翔が、スポーツバッグを肩にかけて立っていた。額に少し汗が残っている。練習後なのに、やけに爽やかだ。


 高瀬は俺たちの席に来ると、当然のように隣へ座った。


「春野、久しぶりってほどじゃないけど久しぶり!」

「昨日、終業式で会ったと思うよ」

「夏休みに入ったら一日でも久しぶりだろ」

「そういうものなんだね」

「そういうものだと思うぞ」


 高瀬は笑って、メニューを見た。


「俺、腹減った。ポテト食う。春野も食う?」


「少しもらっていいなら、頼んでくれるとうれしいかな」

「いいぞ。佐伯は?」

「俺も食う。高瀬のおごりで」

「なんでだよ」

「バスケ部のエース候補だから」

「候補は金持ってねえんだよ」


 高瀬が笑いながら立ち上がる。

 注文を済ませて戻ってくると、ポテトを真ん中に置いた。


「で、何の話してたんだ?」

「真琴がバイト探してる話」

「春野がバイト? なんか似合うな」

「似合うかな」

「似合う。春野、ちゃんと働きそうだし。店長に好かれそう」

「それは働いてみないとわからないと思うよ」

「いや、春野なら大丈夫だろ。人に嫌な感じで話さないし」


 高瀬はポテトを食べながら、あっさりそう言った。こういうところが、高瀬らしい。

 深く考えているわけではない。でも、言うことが妙にまっすぐだ。


「でも条件がなかなか合わないんだよ」

「夜遅いのはだめなんだっけ?」

「母さんが心配すると思うから、できれば避けたいんだ」

「それはそうだな。春野のお母さん、心配しそうだし」

「会ったことあった?」

「中学の時、体育祭で見た。めちゃくちゃ若くて美人だった人だろ?」

「高瀬、記憶力そこに使うんだな」


 蓮が呆れたように言う。


「いや、あれは覚えてるだろ。春野と並んでて、姉ちゃんかと思ったもん」

「よく言われるよ」

「春野も顔いいしな」

「それは母さんに似ただけだと思うよ」

「それがすげぇんだって」


 高瀬は当然のように言った。


「春野って顔いいし、頭いいし、運動もできるし、しかも性格もいいだろ。なんでそんな普通みたいな顔してるんだ?」

「全部そんなに大げさな話じゃないと思うよ」

「出た」

「高瀬、これが春野だ」

「だよな。春野って、こういうところあるよな」

「どういうところ?」

「すげぇのに、自分では普通だと思ってるところ」

「俺は本当に普通だと思ってるよ」

「そこがもう普通じゃないんだよなあ」


 高瀬は楽しそうに笑った。俺にはよくわからない。

 でも、二人が変に気を使わずにそう言ってくれるのは、少しありがたかった。

 蓮がストローで氷をつつきながら言う。


「条件を整理するとさ。家でできるもしくは近所。バイト時間に融通がきく。夜遅くまでしなくていい。高校生でもできる。夏休み限定でできるところ」

「そんな都合のいいものあるの?」

「ある」


 蓮が真顔で言った。

 俺と高瀬は、同時に蓮を見る。


「なに?」

「VTuber」


 少しだけ、間が空いた。


「ぶいちゅーばー?」


 俺が聞き返すと、蓮は頷いた。


「そう。VTuber。つまり配信者だな。」

「絵が動いて喋るやつだよね」

「言い方が雑だけど、だいたい合ってる」


 蓮が少し疲れた顔をする。

 高瀬は目を輝かせた。


「あー、知ってる。ゲーム配信とかするやつだろ? 春野、できるんじゃね?」

「高瀬は判断が早すぎる」

「だって春野、顔もいいし、声もいいし、話し方やさしいじゃん」

「今回顔は関係ないが、思慮深くない高瀬にしては本質は合ってる」

「佐伯、今ちょっと失礼だったよな?」

「褒めてる」

「ならいいけど」


 高瀬はあまり気にしていないらしい。

 俺は少し考える。


「でも、俺は配信とか詳しくないよ」

「最初はみんな詳しくない」

「人を集められる自信もないかな」

「最初から集まるやつなんてほとんどいない」

「絵も描けないよ」

「今はAIとか、無料素材とか、いろいろある。もちろん規約は確認する必要あるけどな」

「規約は大事だよね」

「そこに最初に反応するのが春野だよな」


 蓮が苦笑する。

 高瀬はポテトをつまみながら、俺を見る。


「でもさ、春野に向いてると思うぞ」

「陽翔もそう思う?」

「思う。なんか、春野の話し方って落ち着くし。俺、部活で疲れてる時に聞いたら普通に寝そう」

「それは配信として大丈夫なのかな」

「寝られるならよくね? 疲れてる人が寝られるって、すげぇことだろ」


 高瀬は、何でもないことみたいに言った。

 でも、その言葉は少しだけ胸に残った。


 疲れている人が寝られる。


 それは、たしかに悪いことではない気がする。

 蓮が続ける。


「別に、いきなり本気でやれって話じゃない。夏休みに試してみるくらいならありだと思う。普通のバイトより、真琴の条件には合ってる」

「すぐにお金になるわけではないんだよね?」

「そこは正直、すぐには無理」

「じゃあ、母さんを楽にするには遠いかもしれないね」

「でも、何もしないよりは可能性あるだろ」


 蓮は軽い口調だった。

 でも、ふざけているだけではないのはわかった。


「それにさ」

「うん」

「お前、誰かがコメントしてくれたら、ちゃんとその人に向かって返すだろ」

「それは、来てくれたならちゃんと返したいと思うよ」

「だから向いてるって言ってるんだよ」


 蓮はそう言って、少しだけ笑った。

 高瀬も大きく頷く。


「春野ならいけると思うぞ。俺、難しいことはわかんねえけど、春野が人を雑に扱うことはないだろ」

「そう言ってもらえるのは、ありがたいね」

「そういう返しがもう春野なんだよ」


 高瀬が笑う。

 蓮はスマホを取り出して、画面をこちらに向けた。


「とりあえず、今日帰ったらこれ見ろ。VTuberの始め方。初心者向け」

「ありがとう。ちゃんと見てみるよ」

「あと、わからない用語は聞け」

「用語、多いの?」

「めちゃくちゃ多い」

「それは少し大変そうだね」

「春野なら規約読みながら覚えるだろ」

「必要なら読むよ」

「配信始める前に規約読み込む新人VTuber、絵面が地味すぎる」


 蓮が笑った。高瀬もつられて笑う。

 俺も少し笑った。




 VTuber。


 絵が動いて、声で話して、画面の向こうの誰かとやり取りをするもの。

 まだ、よくわからない。


 でも、家でできる。

 時間も調整できる。

 それに、もし誰かが見に来てくれるなら。


 その人に、ちゃんと返すことくらいはできるかもしれない。


「蓮」

「なんだ?」

「まずは調べてみるよ。できるかどうかは、ちゃんと見てから考えたい」

「おう。それでいいと思う」

「高瀬もありがとう。向いてるって言ってくれて、少し気が楽になったよ」

「おう! 春野ならたぶん大丈夫だろ!」

「たぶんなんだね」

「大丈夫だと思うぞ!」

「言い直してくれるんだ」


 俺がそう言うと、高瀬は笑った。

 蓮も、呆れたように笑っていた。




 夏休み初日の午後。


 バイト探しの話をしていたはずなのに、なぜか俺はVTuberの始め方を調べることになった。

 まだ何も始まっていない。


 でも、何かが少しだけ動き始めた気がした。

続きが気になった方はいいね、ブックマークをお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ