第3話 友人は軽いノリで妙なことを言う
駅前のファストフード店に着くと、蓮はもう席に座っていた。
細い黒縁の眼鏡。少し長めの前髪。スマホを片手に、何かの動画を見ている。
俺に気づくと、蓮は片手を上げた。
「お、来たな。夏休み初日から生活感ある男」
「その呼び方、あまりうれしくないかな」
「朝から洗濯とかしてそうな顔してる」
「洗濯はしたよ」
「当たるのかよ」
蓮が少し笑う。
俺は向かいに座った。
「高瀬は?」
「部活終わってから来るって。たぶんもうすぐ」
「練習のあとに来るの、元気だよね」
「あいつは元気が服着て歩いてるようなやつだからな」
「それは少しわかるかも」
蓮はスマホを置いて、俺を見る。
「で、バイト探しは?」
「見てみたけど、思ったより難しいね。高校生可でも、夜遅かったり、遠かったり、長期前提だったりするから」
「まあ、夏休みだけ都合よくってなると、選択肢は減るよな」
「そうだよね。母さんに心配かけたくないから、夜遅いのは避けたいし」
「お前さ」
「なに?」
「その発想がもう春野って感じなんだよな」
「どういう意味?」
「いや、いい意味。普通、高校生男子のバイト探しって、もうちょい自分の小遣い優先だろ」
「自分のためでもあるよ。少しでも自由に使えるお金があったら助かるし」
「はいはい。そういうことにしとく」
蓮はなぜか納得していない顔をした。
その時、店の入口が開いた。
「おー、いたいた!」
よく通る声がして、振り向く。
高瀬陽翔が、スポーツバッグを肩にかけて立っていた。額に少し汗が残っている。練習後なのに、やけに爽やかだ。
高瀬は俺たちの席に来ると、当然のように隣へ座った。
「春野、久しぶりってほどじゃないけど久しぶり!」
「昨日、終業式で会ったと思うよ」
「夏休みに入ったら一日でも久しぶりだろ」
「そういうものなんだね」
「そういうものだと思うぞ」
高瀬は笑って、メニューを見た。
「俺、腹減った。ポテト食う。春野も食う?」
「少しもらっていいなら、頼んでくれるとうれしいかな」
「いいぞ。佐伯は?」
「俺も食う。高瀬のおごりで」
「なんでだよ」
「バスケ部のエース候補だから」
「候補は金持ってねえんだよ」
高瀬が笑いながら立ち上がる。
注文を済ませて戻ってくると、ポテトを真ん中に置いた。
「で、何の話してたんだ?」
「真琴がバイト探してる話」
「春野がバイト? なんか似合うな」
「似合うかな」
「似合う。春野、ちゃんと働きそうだし。店長に好かれそう」
「それは働いてみないとわからないと思うよ」
「いや、春野なら大丈夫だろ。人に嫌な感じで話さないし」
高瀬はポテトを食べながら、あっさりそう言った。こういうところが、高瀬らしい。
深く考えているわけではない。でも、言うことが妙にまっすぐだ。
「でも条件がなかなか合わないんだよ」
「夜遅いのはだめなんだっけ?」
「母さんが心配すると思うから、できれば避けたいんだ」
「それはそうだな。春野のお母さん、心配しそうだし」
「会ったことあった?」
「中学の時、体育祭で見た。めちゃくちゃ若くて美人だった人だろ?」
「高瀬、記憶力そこに使うんだな」
蓮が呆れたように言う。
「いや、あれは覚えてるだろ。春野と並んでて、姉ちゃんかと思ったもん」
「よく言われるよ」
「春野も顔いいしな」
「それは母さんに似ただけだと思うよ」
「それがすげぇんだって」
高瀬は当然のように言った。
「春野って顔いいし、頭いいし、運動もできるし、しかも性格もいいだろ。なんでそんな普通みたいな顔してるんだ?」
「全部そんなに大げさな話じゃないと思うよ」
「出た」
「高瀬、これが春野だ」
「だよな。春野って、こういうところあるよな」
「どういうところ?」
「すげぇのに、自分では普通だと思ってるところ」
「俺は本当に普通だと思ってるよ」
「そこがもう普通じゃないんだよなあ」
高瀬は楽しそうに笑った。俺にはよくわからない。
でも、二人が変に気を使わずにそう言ってくれるのは、少しありがたかった。
蓮がストローで氷をつつきながら言う。
「条件を整理するとさ。家でできるもしくは近所。バイト時間に融通がきく。夜遅くまでしなくていい。高校生でもできる。夏休み限定でできるところ」
「そんな都合のいいものあるの?」
「ある」
蓮が真顔で言った。
俺と高瀬は、同時に蓮を見る。
「なに?」
「VTuber」
少しだけ、間が空いた。
「ぶいちゅーばー?」
俺が聞き返すと、蓮は頷いた。
「そう。VTuber。つまり配信者だな。」
「絵が動いて喋るやつだよね」
「言い方が雑だけど、だいたい合ってる」
蓮が少し疲れた顔をする。
高瀬は目を輝かせた。
「あー、知ってる。ゲーム配信とかするやつだろ? 春野、できるんじゃね?」
「高瀬は判断が早すぎる」
「だって春野、顔もいいし、声もいいし、話し方やさしいじゃん」
「今回顔は関係ないが、思慮深くない高瀬にしては本質は合ってる」
「佐伯、今ちょっと失礼だったよな?」
「褒めてる」
「ならいいけど」
高瀬はあまり気にしていないらしい。
俺は少し考える。
「でも、俺は配信とか詳しくないよ」
「最初はみんな詳しくない」
「人を集められる自信もないかな」
「最初から集まるやつなんてほとんどいない」
「絵も描けないよ」
「今はAIとか、無料素材とか、いろいろある。もちろん規約は確認する必要あるけどな」
「規約は大事だよね」
「そこに最初に反応するのが春野だよな」
蓮が苦笑する。
高瀬はポテトをつまみながら、俺を見る。
「でもさ、春野に向いてると思うぞ」
「陽翔もそう思う?」
「思う。なんか、春野の話し方って落ち着くし。俺、部活で疲れてる時に聞いたら普通に寝そう」
「それは配信として大丈夫なのかな」
「寝られるならよくね? 疲れてる人が寝られるって、すげぇことだろ」
高瀬は、何でもないことみたいに言った。
でも、その言葉は少しだけ胸に残った。
疲れている人が寝られる。
それは、たしかに悪いことではない気がする。
蓮が続ける。
「別に、いきなり本気でやれって話じゃない。夏休みに試してみるくらいならありだと思う。普通のバイトより、真琴の条件には合ってる」
「すぐにお金になるわけではないんだよね?」
「そこは正直、すぐには無理」
「じゃあ、母さんを楽にするには遠いかもしれないね」
「でも、何もしないよりは可能性あるだろ」
蓮は軽い口調だった。
でも、ふざけているだけではないのはわかった。
「それにさ」
「うん」
「お前、誰かがコメントしてくれたら、ちゃんとその人に向かって返すだろ」
「それは、来てくれたならちゃんと返したいと思うよ」
「だから向いてるって言ってるんだよ」
蓮はそう言って、少しだけ笑った。
高瀬も大きく頷く。
「春野ならいけると思うぞ。俺、難しいことはわかんねえけど、春野が人を雑に扱うことはないだろ」
「そう言ってもらえるのは、ありがたいね」
「そういう返しがもう春野なんだよ」
高瀬が笑う。
蓮はスマホを取り出して、画面をこちらに向けた。
「とりあえず、今日帰ったらこれ見ろ。VTuberの始め方。初心者向け」
「ありがとう。ちゃんと見てみるよ」
「あと、わからない用語は聞け」
「用語、多いの?」
「めちゃくちゃ多い」
「それは少し大変そうだね」
「春野なら規約読みながら覚えるだろ」
「必要なら読むよ」
「配信始める前に規約読み込む新人VTuber、絵面が地味すぎる」
蓮が笑った。高瀬もつられて笑う。
俺も少し笑った。
VTuber。
絵が動いて、声で話して、画面の向こうの誰かとやり取りをするもの。
まだ、よくわからない。
でも、家でできる。
時間も調整できる。
それに、もし誰かが見に来てくれるなら。
その人に、ちゃんと返すことくらいはできるかもしれない。
「蓮」
「なんだ?」
「まずは調べてみるよ。できるかどうかは、ちゃんと見てから考えたい」
「おう。それでいいと思う」
「高瀬もありがとう。向いてるって言ってくれて、少し気が楽になったよ」
「おう! 春野ならたぶん大丈夫だろ!」
「たぶんなんだね」
「大丈夫だと思うぞ!」
「言い直してくれるんだ」
俺がそう言うと、高瀬は笑った。
蓮も、呆れたように笑っていた。
夏休み初日の午後。
バイト探しの話をしていたはずなのに、なぜか俺はVTuberの始め方を調べることになった。
まだ何も始まっていない。
でも、何かが少しだけ動き始めた気がした。
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