第2話 バイト探しは意外と難しい
母さんの部屋の扉が閉まってから、家の中は静かになった。
食器を洗い終えて、台所の水気を拭く。洗濯機はもう回してある。あとは昼前に干せばいい。
夏休み初日の朝にやることとしては、たぶん地味だと思う。でも、こういうことをしておくと、母さんが起きた時に少し楽になる。
それなら、俺としては十分だった。
リビングのテーブルに座って、スマホを開く。
検索欄に「高校生 夏休み バイト」と入れてみた。
出てきたのは、コンビニ、ファミレス、スーパー、倉庫作業、イベントスタッフ。
高校生歓迎、と書いてあるものも多い。
思ったよりあるんだな、と思った。
でも、一つずつ見ていくと、すぐに簡単ではないことがわかる。
「夜十時までか……これは母さんに心配されそうだよね」
ひとりごとを言いながら、画面を閉じる。
別の求人を開く。
土日祝歓迎。
長期勤務できる方歓迎。
夏休みだけは応相談。
応相談、と書いてあるものは、たぶん相談した結果だめなこともある。
「夏休みだけって、あんまり歓迎されないんだな」
また別の求人を見る。時給は悪くない。でも、勤務地が遠い。電車代を考えると、思ったほど残らないかもしれない。
家の近くに絞ると、今度は数がかなり減った。
スーパーの品出し。
ファミレスのホール。
コンビニの早朝。
どれも悪くはない。
ただ、時間が微妙だった。
早朝は、母さんが夜勤明けで帰ってくる時間と重なる。夜は、母さんが心配する。昼間は、学校の課題や家のことを考えると、毎日入れるかはわからない。
俺がやりたいのは、母さんに心配を増やすことではない。少しでも楽になってほしいと思って始めたことなのに、それで母さんが心配するなら、たぶん意味がない。
一旦スマホを置いて、天井を見る。
夏休みは長い。
でも、何かを始めるには、思ったより短いのかもしれない。
結局なにも決まらないまま昼前になって、洗濯物を干した。外はもう暑かった。
母さんはまだ寝ている。
よかった。
ちゃんと眠れているなら、それだけで少し安心する。干し終えて部屋に戻ると、スマホが震えた。
佐伯蓮からだった。
『夏休み初日から生きてるか』
中学からの友人だ。
同じ高校に入って、今も同じクラスにいる。
ネットのことにやたら詳しくて、話し始めると少し早口になる。
でも、悪いやつではない。
俺は返信した。
『生きてるよ。朝からバイト探してた』
すぐに既読がついた。
『急に現実的だな』
『夏休みだから、何かできないかなと思って』
『高校生可のやつ?』
『うん。でも条件を見ると、思ったより難しいね』
『まあ高校生だしな。時間制限あるし』
『夜遅いのは母さんが心配すると思うから避けたいんだよね』
『春野家の審査基準、ちゃんとしてるな』
『母さんに余計な心配をかけたくないだけだよ』
『まぁそうだよな』
返信を考えていると、またメッセージが来た。
『午後ちょっと出られるか?』
『母さんが起きたら聞いてみる。何かあるの?』
『高瀬のバスケ部、午前練で終わるらしい。三人でなんか食おうぜって』
『陽翔、部活のあと元気だね』
『あいつの元気さは小学生並だからな』
『行けそうなら行くよ。母さんが起きてからになると思う』
『了解。無理すんなよ』
『ありがとう。無理はしないよ』
スマホを置く。
高瀬陽翔。
蓮と同じく、中学からの友人だ。
バスケ部に入っていて、クラスでもかなり目立つ。
誰にでも明るく話しかけられるし、運動もできる。顔もいい。そのにいるだけで場が華やかになる。
ふたりとも、俺にとってはありがたい友人だった。
昼過ぎ。
母さんが部屋から出てきた。
まだ少し眠そうだったけれど、朝よりは顔色がよくなっている。
「おはよう。よく眠れた?」
「うん。思ったより寝られたよ。洗濯物、干してくれたの?」
「干しておいたよ。今日は天気いいから、すぐ乾くと思う」
「本当に助かる。ありがとう」
「どういたしまして。あの、午後に蓮たちと少し出てもいいかな」
「もちろん。行っておいで」
「母さん、夜までに食べるものある?」
「あるよ。朝の残りもあるし、冷凍のご飯もあるから大丈夫」
「足りなかったら、帰りに何か買ってくるよ」
「そこまでしなくていいの。真琴はちゃんと遊んできなさい」
母さんはそう言って、少しだけ笑った。
「バイト探しはどうだった?」
「見てみたけど、思ったより条件が難しいね。夜遅いのとか、遠いのとかが多かったよ」
「無理しないでいいのよ」
「うん。母さんが心配しない範囲で考えるつもりだよ」
母さんは安心したように頷いた。
俺は財布とスマホを持って、玄関へ向かった。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい。暑いから水分ちゃんと取りなさいね」
「うん。ちゃんと飲むよ。母さんも、起きたばかりだから無理しないでね」
「はいはい」
母さんの声を背中に受けながら、外に出る。
夏の空気が、むわっと肌にまとわりついた。
バイト探しは、思ったより難しい。
でも、何もできないと決まったわけではない。
俺にできることが何かあるなら、ちゃんと探してみたい。そう思いながら、駅前の方へ歩き出した。
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