第13話 三百人の夜
「……えっと」
配信開始直後。
同時視聴者数は、三百人を超えていた。
コメント欄は、見たことのない速さで流れている。
『初見です』
『YouTubeから来ました』
『紹介されてたので見に来ました』
『声いい』
『本当に寝落ちしていい配信?』
『ここが例の夜野まことくん?』
『困ってる?』
困っているかと聞かれたら、かなり困っている。
でも、黙っているわけにもいかない。
俺は一度、ゆっくり息を吸った。
「こんばんは。夜野まことです。すみません、少し驚いています」
コメント欄がさらに流れる。
『正直』
『かわいい』
『いつもこんな感じ?』
『初々しい』
『落ち着いて』
「来てくれてありがとうございます。初見の方がかなり多いみたいですね」
『多いです』
『某YouTubeで紹介されてました』
『おすすめに流れてきた』
『切り抜き見ました』
『誰かが紹介してた』
YouTubeで紹介。
切り抜き。
誰かが名前を出した。
断片的なコメントは流れてくるけれど、詳しいことはよくわからない。
ただ、何かがきっかけで、急に人が来てくれたらしい。
「そうなんですね。紹介してくれた方がいるなら、ありがたいです」
『見ないんですか?』
『本人リアクション見たい』
『紹介動画見よう』
自分のことを紹介している動画。
正直、少し怖い。
見たら、変に意識してしまいそうな気がした。
「すみません。今日は見ないでおこうと思います。自分のことを紹介されている動画を見ると、たぶんいつも通り話せなくなりそうなので」
『草』
『真面目』
『自分のペース守るのいい』
『見ない選択できるの強い』
「強いかはわからないです。でも、急にたくさん人が来てくれたからといって、僕が急に面白いことをできるわけではないので」
コメント欄が少しだけ落ち着いたように見えた。
いや、まだ速い。
でも、さっきよりは目が追える。
「いつもは、夜に少しだけ雑談をしています。寝る前に聞いている方や、作業しながら聞いている方が多いです」
『寝落ち可って本当?』
「はい。眠い時は寝ても大丈夫です」
『配信者なのに?』
「見てくれるのはうれしいです。でも、眠れるなら寝た方がいい時もあると思うので」
『例のやつだ』
『本当に言った』
『声で言われると落ち着くな』
『寝落ち推奨VTuber』
「推奨というほどではないですけど、無理に起きていなくても大丈夫です」
俺は画面を見る。
コメントは速い。
全部は読めない。
それが、少しだけ苦しい。
昨日までなら、ほとんど全部読めていた。
来てくれた人の言葉を、一つずつ見られた。
でも今は、文字が流れていく。
読み切れない。
拾えないコメントがある。
そのことに、少しだけ胸がざわついた。
「すみません。コメントが速くて、全部は読めないかもしれません」
『ええんやで』
『無理しないで』
『読める分だけでいいよ』
『常連さん優しい』
『初見だけどそれでいいと思う』
コメント欄に、そんな言葉が流れる。
俺は少し救われた。
「ありがとうございます。読める分だけになりますけど、できるだけちゃんと見ますね」
そこから、少しずつ話し始めた。
初見の人に向けて、簡単に自己紹介をする。
「夜野まことです。高校生くらいです。雑談が中心です。立ち絵はAI生成イラストを使用しています」
『高校生くらい?』
『ぼかしてるの偉い』
『身バレ対策できてる』
『声落ち着きすぎて高校生感ない』
「身バレ対策は、友人にかなり言われました。学校名とか住んでいる場所は言わないようにしています」
『友人有能』
『友人えらい』
『その友人も見てる?』
「たぶん見ていると思います。でも、今日はコメントしないかもしれません」
実際、蓮からのコメントは流れてこなかった。
陽翔もたぶん見ていない。
部活で疲れている時間だ。
けれど、スマホが机の上で震えた。
配信中なので見ない。
たぶん、蓮からだろう。
あとで見よう。
『普段何話してるんですか?』
「普段は、本当に普通の話です。暑かったとか、洗濯物が乾いたとか、眠い時は寝た方がいいとか」
『生活感』
『洗濯物w』
『でもそういうの助かる』
『夜に聞くにはちょうどいい』
「そう言ってもらえるならよかったです。今日は人が多くて少し緊張していますけど、できるだけいつも通り話しますね」
そう言ってから、俺は昼間の話を少しだけした。
ショッピングモールに行ったこと。
友人と昼飯を食べたこと。
人が多かったこと。
夏休みのモールは、涼しいけれど少し疲れること。
迷子のことは、詳しくは話さなかった。
個人がわかる話はしない方がいい。
「人が多い場所にいると、帰ってから少し疲れますよね」
『わかる』
『モール疲れる』
『人混み苦手』
『帰ってから寝た』
「人混みで疲れるのは自然だと思います。楽しい場所でも、体は疲れるので」
『好きだけど疲れる、か』
そのコメントを見て、少しだけ手が止まった。
あの相談を覚えている人がいるのかもしれない。
俺はゆっくり返した。
「そうですね。好きな場所でも、楽しいことでも、疲れる時はあると思います。だから、帰ってから休むところまで含めて予定にしておくといいのかもしれません」
『やさしい』
『刺さる』
『この人か』
『なるほど紹介されるわけだ』
紹介された理由は、やっぱりよくわからない。
でも、今ここに来ている人たちは、俺の言葉を聞いている。
それなら、変に背伸びするより、いつも通り話す方がいい。
「今日は初めて来てくれた方が多いので、いつもよりコメントを拾えないと思います。でも、無視したいわけではないです。読めなかった方は、すみません」
『謝らなくていい』
『丁寧すぎる』
『無理しないで』
『そのままでいて』
そのままでいて。
そのコメントを見て、少しだけ胸が軽くなった。
俺は、今日だけ特別なことをする必要はないのかもしれない。
来てくれた人が多い。
コメントが速い。
数字が大きい。
でも、画面の向こうにいるのは、一人ひとりの人だ。
そこは、たぶん変わらない。
「ありがとうございます。じゃあ、今日はこのまま、いつも通り少しだけ話しますね」
そこからの時間は、不思議なくらい早かった。
初見の人が質問する。
常連さんが答える。
俺がそれに反応する。
『本当に寝ていいんですか?』
「眠いなら寝て大丈夫です」
『作業中です』
「作業中なら、手を止めすぎないようにしてくださいね」
『明日早いです』
「それなら、今日の配信は途中で閉じた方がいいと思います」
『商売っ気なさすぎる』
「商売というほどの配信ではないので」
『好き』
「ありがとうございます。そう言ってもらえるのはうれしいです」
『照れないの?』
「照れています。でも、画面だと見えないので助かっています」
『かわいい』
『素直』
『これは伸びる』
コメント欄が盛り上がる。
でも、荒れている感じではなかった。
不思議と、空気は柔らかい。
常連さんたちが初見に説明してくれているからかもしれない。
『ここは夜に休む場所です』
『まことくんは眠い人を寝かせます』
『無理にコメントしなくていいです』
『おつまことだけ覚えればOK』
「僕より説明が上手いかもしれませんね」
『常連教育済み』
『あったけぇ』
『ここ落ち着くな』
気づけば、配信時間は一時間を超えていた。
いつもより長い。
そろそろ終わった方がいい。
「今日はそろそろ終わろうと思います。たくさん来てくれて、本当にありがとうございました」
その時、同時視聴者数を見て、また少し固まった。
七百十二人。
登録者数は、配信前より大きく増えている。
画面上の数字は、五百を超えていた。
「……えっと、登録してくれた方も、ありがとうございます。かなり驚いています」
『500人おめ』
『同接700超えてるぞ』
『初配信から見てた人すごい』
『これは見つかったな』
『おめでとう』
見つかった。
その言葉が、妙に大きく感じた。
見つかる。
誰かに見つけてもらえるのは、ありがたいことだと思う。
でも同時に、少し怖くもある。
それでも、配信は終わらせなければいけない。
「今日初めて来てくれた方も、前から来てくれている方も、ありがとうございました。明日もできれば、いつも通り少し話そうと思います」
コメント欄に、おつまこと、が並ぶ。
いつもより、ずっと多い。
「疲れている人は、ちゃんと休んでくださいね。おつまことです」
配信を終了する。
画面が静かになる。
部屋の中に、急に現実の音が戻ってきた。
俺は椅子に座ったまま、しばらく動けなかった。
スマホを見ると、グループチャットに大量のメッセージが来ていた。
蓮。
『落ち着け』
『コメント全部読もうとするな』
『今日はよくやった』
『あとで状況整理する』
陽翔。
『春野すげぇ!!!!』
『見てた!!』
『人めちゃくちゃいた!!』
『でも春野いつも通りだった!!』
『やっぱすげぇ!!』
俺は少しだけ笑って、返信した。
『ありがとう。正直、まだかなり驚いてる』
すぐに蓮から返ってくる。
『だろうな。とりあえず今日は寝ろ。分析は明日でいい』
陽翔も続く。
『寝ろ! 春野も寝ろ!』
いつも俺が言っていることを、今日は二人に言われている。
俺は画面を見ながら、ゆっくり息を吐いた。
さすがに今日は疲れた。
俺も今日はゆっくり寝よう。
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