表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/14

第12話 迷子の妹と、同級生のお姉ちゃん

 女の子は、泣くのを我慢している顔をしていた。


 声をかけた俺を見て、少しだけ肩を揺らす。

 知らない男に声をかけられたのだから、怖いと思うのは当然だ。


 俺は、できるだけ距離を詰めすぎないようにした。


「急にごめんね。困ってるように見えたから、声をかけただけなんだ」


 女の子は何も言わない。

 でも、逃げる様子もなかった。


 蓮は少し離れたところに立って、周りを見ている。

 ちゃんと大人の目がある場所だ。

 近くには案内カウンターも見える。


「お父さんかお母さん、近くにいる?」


 女の子は、小さく首を横に振った。


「そっか。じゃあ、誰と来たのかな」


「……お姉ちゃん」


 かすれた声だった。

 やっと出てきたその声に、俺は少しだけ表情をやわらげる。


「お姉ちゃんと来てたんだね」


 女の子が小さく頷く。


「はぐれちゃった?」


「うん……」


「それは不安だったよね。ちゃんとここで待っててえらかったと思うよ」


 そう言うと、女の子の目に涙が浮かんだ。

 俺は慌てず、ゆっくり言った。


「大丈夫だよ。お姉ちゃんを一緒に探そう。ここは人が多いから、勝手に動くより、案内してくれる人にお願いした方がいいと思う」


 女の子は俺と蓮を交互に見た。

 まだ少し警戒している。それでいいと思った。


「知らない人についていくのは怖いよね。だから、すぐそこにある案内カウンターに行こう。お店の人に一緒に話してもらえば、お姉ちゃんも見つけやすいと思うよ」


 女の子は少し考えてから、小さく頷いた。


「名前、言える?」


「……ひな」


「ひなちゃんだね。俺は春野真琴。こっちは佐伯蓮。お兄さんっていうほど年上じゃないけど、一応高校生だよ」


 蓮が少しだけ手を上げる。


「こんにちは。怖かったら、店員さんのところまで一緒に行くだけでいいからな」


 ひなちゃんは、蓮にも小さく頷いた。

 俺たちは案内カウンターへ向かった。


 ひなちゃんは俺の服の裾をつかむか迷ったようだったけれど、結局、小さな手で自分のバッグを抱えたままだった。


 その距離感が、少し安心した。

 無理に手をつなぐ必要はない。


 案内カウンターの店員さんに事情を話すと、すぐに対応してくれた。


「お姉ちゃんのお名前、わかるかな?」


 店員さんが優しく聞く。

 ひなちゃんは小さく答えた。


「ゆい」


「名字は言える?」


「……しらいし」


 白石ゆい。

 その名前に、少しだけ引っかかった。


 同じクラスに、白石さんという女子がいる。

 白石結衣。


 でも、よくある名字と名前だ。

 同じ人とは限らない。



 館内放送で呼んでもらうことになり、俺と蓮はカウンターの近くで待った。


 ひなちゃんは椅子に座っている。

 さっきよりは落ち着いたようだけれど、まだ手はバッグの紐を握っていた。


「お姉ちゃん、すぐ来てくれると思うよ」


 俺が言うと、ひなちゃんは小さく頷く。


「お姉ちゃん、怒るかな」


「怒らないと思うよ。たぶん、すごく心配してると思う」


「でも、ひな、勝手に離れた」


「そうなんだね。でも、ちゃんとここで待てたし、名前も言えたよね。そこはすごいと思うよ」


 ひなちゃんは、少しだけ俺を見る。


「……すごい?」


「うん。怖かったのに、ちゃんと話してくれたから」


 ひなちゃんの顔が、ほんの少しだけ緩んだ。

 蓮が横で、俺をちらっと見た。

 何か言いたそうだったけれど、今は何も言わなかった。



 待っている間、ひなちゃんは少しずつ話してくれた。


「お姉ちゃん、すごいんだよ」


「そうなんだ」


「勉強できるし、ピアノもできるし、髪もきれい」


「それはすごいね」


「あとね、ひなの宿題見てくれる」


「優しいお姉ちゃんなんだね」


「うん。でも、最近ちょっと疲れてる」


 その言葉に、俺は少しだけ目を細めた。


「疲れてるんだ」


「夜にね、スマホで声聞いてる」


「声?」


「男の人の声」


 蓮が、横で小さくむせた。

 俺は蓮を見ないようにしながら、ひなちゃんに聞く。


「その声を聞いてると、お姉ちゃんは落ち着くのかな」


「たぶん。寝る前に聞いてる」


「そっか。寝る前に落ち着けるものがあるのは、いいことだと思うよ」


「うん。お姉ちゃん、ちょっと笑ってる」


 ひなちゃんは、少し得意げに言った。

 お姉ちゃんが好きなのだろう。


 その気持ちが、言葉の端から伝わってきた。


「ひなちゃんは、お姉ちゃんのことが好きなんだね」


「好き」


「じゃあ、早く会えるといいね」


「うん」


 しばらくして、遠くから走ってくる足音がした。

 俺たちの方へ向かってくる女子がいる。


 長い髪を揺らしながら、人混みを避けて走ってくる。

 見覚えがあった。


 白石結衣。


 同じクラスの女子だった。

 真面目で、成績がよくて、あまり大きな声で話すタイプではない。

 クラスでは静かな方だけれど、先生からの信頼は厚い。


 その白石さんが、今は顔を真っ青にして走ってきていた。


「ひな!」


「お姉ちゃん!」


 ひなちゃんが椅子から飛び降りる。

 白石さんは妹を抱きしめた。


「よかった……本当に、よかった……!」


「ごめんなさい……」


「いいの。見つかったからいいの」


 白石さんの声は震えていた。

 いつもの落ち着いた同級生とは、少し違う。


 でも、たぶんこれが家での顔なのだと思う。

 少しして、白石さんはこちらを見た。


 そして、目を見開く。



「春野くん……?」


「白石さん、だよね」


「うん。同じクラスの……」


 少し気まずい沈黙が落ちる。

 蓮が横で小さく言った。


「まさかの同級生か」


 白石さんはすぐに頭を下げた。


「妹を見ていてくれて、本当にありがとう。私が少し目を離したせいで……」


「見つかってよかったよ。ひなちゃん、ちゃんとここで待てたから、すごく偉かったと思う」



 俺がそう言うと、ひなちゃんは白石さんにしがみついたまま、少しだけこちらを見る。


「ひな、えらかった?」


「うん。ちゃんと名前も言えたし、頑張ってたよ」


 白石さんは妹の頭を撫でる。


「ありがとう、ひな。怖かったよね」


「うん……」


 白石さんはもう一度、俺と蓮に頭を下げた。


「本当にありがとう。助かりました」


「大丈夫だよ。俺たちも、たまたま見つけただけだから」


「それでも、声をかけてくれてありがとう」


 白石さんは、いつもの学校で見る顔よりずっと柔らかい表情をしていた。

 妹の手をしっかり握っている。


「ひなちゃん、もう迷子にならないようにね」


「うん」


「白石さんも、気をつけて帰ってね。人が多いから」


「うん。春野くんも、佐伯くんも、本当にありがとう」


「おう。見つかってよかったな」


 蓮が軽く手を振る。

 俺たちはそこで別れた。


 白石さんとひなちゃんは、しっかり手をつないで人混みの中へ戻っていく。

 その後ろ姿を見ながら、俺は少し息を吐いた。


「見つかってよかったね」


「だな」


 蓮が横で言う。


「お前、子どもへの声のかけ方うまいな」


「そうかな。怖がらせないようにしただけだよ」


「それができるのがすごいって話だろ」


 蓮は呆れたように笑った。

 でも、悪い感じではなかった。



 その日は、そこで買い物を切り上げて帰った。


 家に帰ってからも、少しだけ白石さんとひなちゃんのことを思い出した。

 同じクラスに、あんな顔をする人がいたのだと知った。


 学校で見るだけでは、わからないことは多い。

 でも、今日は良いことができたと思う。





 夜。


 俺はいつものように配信準備をした。

 タイトルも、いつも通り。


 ――眠る前に、少しだけ話します。


 特に変わったことをするつもりはない。


 昼間に迷子の子を見つけた話も、個人がわかるようには話さないつもりだった。


 いつも通りに始める。

 いつも通りに話す。


 そのつもりで、配信開始ボタンを押した。


「こんばんは。夜野まことです。今日も、眠る前に少しだけ――」


 そこで、言葉が止まった。

 画面の数字を見間違えたのかと思った。


 同時視聴者数。


 三百二十七人。





「……え?」




 思わず、配信用の声ではなく、素の声が出た。

 コメント欄が、見たことのない速さで流れていく。


『初見です』

『YouTubeで紹介されてた人?』

『ここか』

『声落ち着いてる』

『本物?』

『同接すご』

『まことくん固まってる?』




 俺は画面を見たまま、しばらく動けなかった。


 三百人。


 昨日までとは、まったく違う人数がそこにいた。

続きが気になった方はいいね、ブックマークをお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ