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第11話 ショッピングモール

 それから一週間が経った。


 夜野まことの配信は、相変わらず小さな場所だった。


 チャンネル登録者数は、少しずつ増えている。

 コメントしてくれる人も、前より少し増えた。


 でも、配信の空気はあまり変わっていない。


 夜に少し話す。

 来てくれた人に返す。

 疲れている人には、無理にコメントしなくていいと言う。


 それだけだ。


 ただ、俺の中には、あのコメントがまだ少し残っていた。



 好きで始めたことなのに、しんどくなるのって、変ですか。



 あの人は、あれから何度か配信に来てくれている。

 でも、深い話はしていない。


 それでいいと思っていた。


 話したい時に話す。

 話したくない時は、何も言わなくていい。


 俺が作りたいのは、たぶんそういう場所なのだと思う。




 今日は、蓮とショッピングモールに来ていた。


 夏休みの昼前。

 館内は、家族連れや学生でそれなりに混んでいる。


 蓮は入口の案内板を見上げながら言った。


「とりあえず、飯食うか」

「先に買い物じゃなくていいの?」

「空腹の状態で買い物すると判断力が落ちる」

「そういうものなんだね」

「そういうものだ。俺は空腹だと余計なものを買う」

「それは蓮の問題じゃないかな」



 今日の目的は、配信まわりで使う小物を少し見ることだった。


 マイクのケーブル。

 机まわりのライト。

 あと、ノートパソコンを置く台。


 蓮が「最低限の環境は整えた方がいい」と言い、付き合ってくれることになった。

 陽翔も誘ったけれど、今日はバスケ部の練習試合らしい。


『春野、俺の分まで買い物楽しめよ!』


 朝、そんなメッセージが来ていた。

 買い物を楽しむというより、必要なものを見に来たつもりだったけれど、陽翔らしいと思った。



 フードコートに入ると、昼には少し早い時間なのに席は半分以上埋まっていた。

 俺と蓮は、空いている二人席を見つけて座る。


「何食う?」

「俺はうどんにしようかな」

「お前、フードコートでも落ち着いてるな」

「うどんは普通においしいと思うよ」

「いや、悪いとは言ってない」


 蓮はハンバーガーのセットを選んだ。

 俺は冷たいうどんを受け取って、席に戻る。


 食べ始めて少しして、蓮が言った。


「で、最近どうなんだ、まことさんは」

「さん付けされると変な感じがするね」

「配信者だからな」

「まだそんな大きいものじゃないと思うよ」

「まあ、規模は小さいな。でも続いてるだろ」

「うん。来てくれる人がいるから、続けやすいよ」


 俺はうどんを少し混ぜてから、箸を止めた。


「この前の相談コメントのこと、まだ少し考えてる」

「好きだけど疲れる、ってやつか」

「うん」


 蓮はポテトを一本つまんで、少しだけ真面目な顔になった。


「あれは、重いコメントではあったな」

「そうだよね」

「でも、お前の返しは悪くなかったと思うぞ」

「そう言ってもらえるなら安心するよ。でも、俺が答えてよかったのかなって少し思った」

「そこは考えた方がいい。けど、答えない方がよかったとも思わない」


 蓮は、そういう時に変に軽くしない。

 ふざける時はふざけるけれど、本当に大事な話の時は、ちゃんと考えてくれる。


「お前、あの時さ。最初に『答えられることなら』って言っただろ」

「うん。答えられないこともあると思ったから」

「それがよかったと思う。何でもわかる顔をしなかった」

「わかったふりはしたくなかったんだ」

「だろうな」


 蓮はハンバーガーを一口食べてから、続けた。


「配信ってさ、コメントが来ると、何か返さなきゃってなるんだよ。でも、本当に全部に答えられるわけじゃない」

「そうだよね」

「特に悩み系はな。相手がどんな状況かわからないし、間違ったことを言う可能性もある」

「それは少し怖いと思った」

「怖いと思えてるなら大丈夫だと思う」

「そうなの?」

「怖がらずに断言するやつの方が怖い」


 蓮らしい言い方だった。

 でも、たぶん正しい。


「俺にできるのは、来てくれた人にちゃんと返すことくらいだと思うんだ」

「それでいいんじゃないか」

「でも、ちゃんと返すって難しいよね」

「難しい。でも、お前は少なくとも雑にはしないだろ」

「雑にはしたくないね」

「なら、それを続ければいい。背負いすぎない範囲で」


 俺は少し考えて、頷いた。


「うん。とりあえず、そうするよ」

「あと、相談配信者みたいになりすぎるなよ」

「相談配信者?」

「悩み相談ばっかり受ける方向に寄りすぎるなってこと。お前、全部真面目に受けるだろ」

「たぶん受けると思う」

「自覚あるなら気をつけろ」

「気をつけるよ」


 蓮は少し安心したように息を吐いた。


「まあ、今の規模なら大丈夫だと思うけどな」

「人が増えたら違う?」

「違うだろうな。コメントも全部は読めなくなるし、変なやつも来る」

「それは少し不安だね」

「不安がるのが早い。まだ五十人だぞ」

「五十人でも、俺からすると多いよ」

「それはそう」


 蓮はそこで少し笑った。


「クラスより多いしな」

「陽翔と同じこと言うんだね」



 昼飯を食べ終えて、俺たちは店を見て回った。


 電気屋でケーブルを見る。

 文房具店でノートを見る。

 雑貨屋で机まわりのライトを見て、思ったより高くて戻す。


 結局、必要最低限のケーブルと、安いノートだけ買った。



 帰る前に、少しだけ館内を歩く。

 夏休みのショッピングモールは、どこもにぎやかだった。


 子どもが走っている。

 親がそれを追いかける。

 学生らしいグループが笑いながら通り過ぎる。


 その中で、ふと足が止まった。

 通路の端。


 柱の近くに、小さな女の子が立っていた。

 年齢は、たぶん小学校低学年くらい。


 薄い水色のワンピースを着て、小さなショルダーバッグを抱えている。

 周りをきょろきょろ見ているけれど、誰かを探しているようで、動けずにいる。

 目が少し潤んでいた。


「蓮」

「ん?」

「あの子、迷子かもしれない」


 俺が小さく言うと、蓮もそちらを見た。


「……っぽいな」

「声、かけてもいいかな」

「行こう。ただ、急に近づくと怖がるかもしれないから、ゆっくりな」

「うん。そうするよ」


 俺は女の子の方へ歩いた。

 できるだけ驚かせないように、少し離れたところで立ち止まる。


 女の子がこちらを見る。

 不安そうな顔だった。


 俺はしゃがんで、目線を近づけた。


「こんにちは。誰かを探してるのかな」


 女の子は、すぐには答えなかった。

 小さな手で、バッグの紐をぎゅっと握っている。



 俺は急かさずに、少しだけ待った。


 その子の目から、今にも涙が落ちそうだった。

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