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獣人世界で引き取られた僕の人生が、なんだかおかしい方向に進んでいる  作者: たのしい暮らし
第1章 人間と白獅子

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第7話 人間、試験を受ける

 試験までの数日間、ルカスは図書室で過ごした。


 午前中は教材を解析しながら読み込んで、午後は気になった本を片っ端から開いた。その中に、基礎魔法集という一冊があった。ファイアボール、ウォーターボール、ウィンドカッター——各属性の初歩的な魔法が丁寧に解説されていた。


 解析をかけながら読み込んでいると、昼食の時間にパンテラが顔を出した。


 ある日、パンテラが食事を持ってきた際に、魔法で部屋の温度を調整するのを見かけた。


(あ、あの魔法——)


 思わず解析をかけた。


 でも、頭に流れ込んでくるのは構造の輪郭だけだった。


(あれ……使えない?)


 解析に問いかける。


『他者の魔法は構造の理解のみ可能。直接の使用は不可』


(そういうことか)


 少し残念な気もしたけれど——なるほど、と思った。


(じゃあ、本からちゃんと覚えた方が確実なのか)


 夕方にはレグルスが来ることもあった。レグルスもパンテラも多くは語らなかったが、それだけで不思議と落ち着いた。


 気を引き締めて、また本に向かった。


 試験当日の朝は、やけに早く目が覚めた。


 窓の外はまだ薄暗い。眠れなくて、布団の中でじっと天井を見つめた。


(緊張、しているのかな)


 悪くない緊張だった。胸の奥がそわそわするような、どこか楽しみな感じ。


「おはようございます、ルカス様」


 パンテラが制服を持ってきた。袖を通すと、着心地がいい。


「似合っていますよ」

「……ありがとうございます」


 食堂に行くと、レグルスがすでに座っていた。こちらを一瞥して、短く言った。


「よく似合っている」

「あ、ありがとうございます」


 言われ慣れていない言葉を二人に投げかけられ、思わず照れる。


 朝食を終えて、三人で屋敷を出る前に、レグルスが静かに言った。


「言い忘れていたが、実技の試験があった時は宝石魔法は使うんじゃないぞ」

「……わかりました」


 理由は聞かなかった。でもレグルスさんが言うなら、きっと理由があるんだろう。


 学校までは、屋敷から歩いてしばらくの距離だった。


 並んで歩きながら、ルカスはちらりとレグルスを見上げた。


 レグルスは無言だったが、ちらちらとこちらを見ている気がする。いつもより少しだけ、こちらを気にかけているように見えた。


 学校の門をくぐると、すでに受験生たちが大勢集まっていた。


 獣人、エルフ、様々な種族が並んでいる。


 その中で、ルカスだけが——人間族だった。


 視線が集まるのを感じた。露骨なものも、そうでないものも。


(慣れてる、つもりだったけど)


 少しだけ、足が重くなった。


 隣を歩くレグルスが、何も言わずにルカスの頭に手を置いた。


 ぽん、とただそれだけ。


 足が、軽くなった気がした。


 受付を済ませると、レグルスとパンテラは待合室に残り、ルカスは一人で試験会場へ向かった。


 最初は筆記試験だった。


 魔法の基礎知識、魔法陣の読み方、魔法史——図書室で読んだ内容と重なるものが多かった。


(解析は使わない。自分の力で)


 難しい問いもあったけれど、一つひとつ丁寧に答えていった。なんとか空欄全てを埋めることができた。


 次は実技試験。


 広い石造りの部屋に、的が並んでいる。試験官は二人。年配の獣人と、若い獣人だった。


 そして——壁際に、見覚えのない人が立っていた。


 銀髪、細身、背が高い。独特の形をした耳。静かにこちらを見ている。


(見学の先生かな……?)


「では、何か魔法を見せてもらえますか」


 年配の試験官が、どこか退屈そうに言った。


(まず解析をかけてみよう)


 的に意識を向ける。


『解析』


【解析】

 ▶ 対象:魔法訓練用の的

 ▶ 素材:魔法耐性を持つ強化木材

 ▶ 耐久値:中級魔法まで対応


(なるほど。中級魔法まで耐えられる的か)


(なら——初級魔法のファイアボールで行こう)


 空気中の魔素が橙色に輝きながら手のひらへと集まってくる。


(いけ!)


 放った瞬間。


 どごん、と重い音が部屋に響いた。


 的が、消し飛んでいた。壁にまで焦げ跡が広がっている。


「……あの、ごめんなさい。……弁償ですか」


(耐久値は中級までのはずなのに……加減がまだわからない)


 試験官二人が顔を見合わせた。


「……もう一度、魔法を見せてもらえますか?」


「魔法なら、何でもよいでしょうか……?」


「え、あ……はい、何でも構いません」


(なら違う魔法が良いかな——)


 頭の中で、解析が動き始めた。


 まずファイアボールの構造を分解していく。熱、圧縮、爆発——三つの要素に切り分ける。


(そうだ!ウィンドカッターを組み合わせたら——)


 今度はウィンドカッターを分解する。鋭く、真っ直ぐ——ではなく、パンテラが使っていた魔法で見た風の動きをイメージして、渦を巻くように。


(組み合わせる)


 バラバラにした要素を頭の中で組み直していく。火の熱と爆発力を、渦巻く風の推進力に乗せる——螺旋状に、上へ上へと。


(できた)


 手のひらの前で魔素が橙色と淡い緑に輝きながら混ざり合い、渦を巻き始めた。


「——炎風魔法、ブレイズ・ピラー」


 天井に届くほどの炎の柱が、部屋の中心に立ち上がった。


 しばらく、誰も何も言わなかった。


 年配獣人の試験官が、完全に固まっていた。


 若い獣人が、震える声で呟いた。


「……今のは、何ですか」


「炎魔法を分解して、風魔法の動きを組み合わせてみました」


「ぶん……かい……?」


 壁際の銀髪の人物が、静かに目を細めた。その口元が、かすかに——笑っていた。


 最後は面接だった。


 志望動機、魔法への興味、将来の目標——答えながら、ルカスは正直に話した。


「僕は魔法のことを、もっと知りたいです」


 面接官の獣人が、静かに先を促した。


「もう少し、聞かせてもらえますか」


「……僕は、最近魔法が使えるようになったんです。それでもっと知りたい、もっといろんなことを学びたい——って思いました。使えるようになった今も、知らないことの方がずっと多くて。それを知るのが楽しくて。だからこの学校で、ちゃんと学びたいんです」


「魔法の、何が好きですか」


 少し考えて。


「……全部、好きです」


 思わず、素直に答えていた。


「可能性が無限にある感じが好きで。知るたびに、もっと知りたくなって。使うたびに、もっと上手くなりたくなって——」


 面接官が、柔らかく微笑んだ。


「熱意は十分伝わりました」


 三つの試験が終わって、待合室に戻ると——レグルスとパンテラが立ち上がった。


「どうだった」


「……実技試験でファイアボールの出力を間違えてしまって。でも、解析を使って新しい魔法を作ったら試験官の方が驚いてくれました」


 レグルスが静かに眉を動かした。


「新しい魔法を」


「はい。パンテラさんの魔法から風の動きをイメージして、炎魔法と組み合わせてみたら——炎の柱になりました」


「……炎と風を組み合わせた、か」


「はい。炎に風の渦のイメージを乗せたんです」


 レグルスが少し間を置いた。


「自分で考えたのか」


「……はい」


「お前のおかげでもあるな、パンテラ」


 パンテラが、一瞬だけ動きを止めた。


「……うまく活かしていただけたようで、何よりでございます」


 パンテラが深々と頭を下げた。その耳が、心なしか赤くなっていた。


「すごく、楽しかったです」


 レグルスが短く、でも確かに言った。


「よく頑張った」


 しばらく待っていると、係の職員が呼びにきた。


「ルカス様、別室にご案内いたします」


 通された応接室に、先ほど実技試験で壁際に立っていた銀髪の人物がいた。


 そしてレグルスが入ってきた瞬間、銀髪の人物が穏やかに口を開いた。


「レグルス。久しぶりだね」


 レグルスの表情が、わずかに動いた。


「……セイン」


「元気そうで何より」


(知り合いだったんだ……)


 セインがルカスに向き直った。


 銀髪を緩やかに結った女性だった。細身で背が高く、独特の形をした耳。獣人とも人間とも、エルフとも違う、不思議な雰囲気を持っている。


「初めまして。セインといいます。特別クラスの担当教師をしています。実技試験、拝見していました」


「……ルカスと申します」


「ルカス君は人間族、ですね。私は——」


 セインが穏やかに続けた。


「精霊なんです。見た目だけでは、なかなか分かりませんよね」


(精霊……?)


「そうなんですか」


「ええ。この世界には、見た目だけでは判断できない存在がたくさんいるんですよ」


 それだけ言って、セインは柔らかく微笑んだ。


「今日から、あなたは要観察者として認定されます。学校側があなたの学習状況を注視することになります」


「……要観察者、ですか」


「悪い意味ではありませんよ。あなたのような生徒を、適切にサポートするためのものです」


「……わかりました」


「それと——」


 セインが少し笑った。


「入学、おめでとうございます」


 その言葉が、じわりと胸に染みた。


「……ありがとうございます!」


 帰り道、三人で並んで歩いた。


 夕暮れが近い。街の灯りが、ぽつぽつと灯り始めていた。


(学校に、入れる)


 たったそれだけのことが——こんなに嬉しいとは思わなかった。


 隣を歩くレグルスが、ふいに口を開いた。


「よくやったな」


「……はい」


 こみ上げてくるものを、ぐっと飲み込んだ。


 だけど——少しだけ、唇が緩んだ。

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