第5話 人間、魔法を撃つ
翌朝、目が覚めた時から頭の中にあったことが一つある。
宝石魔法というものを、試してみたい。
昨日の鑑定で、自分の固有魔法だとわかった。でも使ったことがない。そもそも魔法自体、ブレスレットのせいで一度も使えなかった。
朝食を終えて、パンテラが食器を下げにきた時に思い切って口を開いた。
「あの、パンテラさん」
「はい」
「宝石魔法というものを、少し試してみたいのですが……訓練場を使わせてもらえますか」
パンテラが手を止めた。
「宝石魔法を、でございますか」
「はい。昨日鑑定で出てきて……どんなものか、確かめてみたくて。その前に、解析をかけてみたんですが」
「どのような結果でしたか」
「こういう内容でした」
【解析】
▶ 魔法名:宝石魔法
▶ 属性:全属性対応
▶ 概要:指先に魔素の塊を生成し射出する魔弾魔法。属性付与・魔素圧縮・追尾機能を内包する
「全属性、でございますか」
「はい。試してみてもいいですか?」
パンテラはしばらく間を置いてから、静かに頷いた。
「……わかりました。ご一緒いたします」
「ありがとうございます!パンテラさん!」
訓練場は中庭の奥にあった。踏み固められた土の地面に、的が並んでいる。レグルスが毎朝使っているというだけあって、地面のあちこちに深い跡が残っていた。
「どこかに向けて撃てばいいんですよね……」
「的をご使用ください。ただ——初めてでございますので、無理はなさらず」
「はい」
指先に意識を集める。
ブレスレットを外した日から、ずっと見えていた。
空気の中に漂う、無数の粒。光とも塵とも違う、でも確かにそこにある何か。施設にいた頃から見えていたけれど、周りに言っても気味悪がられるだけで、それが何なのかはわからなかった。
(あれが……魔素だったのか)
昨日パンテラに「普通では視認できない」と言われて、初めてそう確信した。
手を伸ばすように意識を向けると、粒がゆっくりと指先に集まってくる。
「——っ」
その瞬間——集まった魔素が、ふわりと輝いた。
(きれい……)
思わず見惚れた。深い赤に染まっていく光の塊が、指先で揺れている。
(本当に宝石みたいだ)
そのまま、的に向けて——放つ。
どん、と鈍い音が響いた。
煙が晴れると、的が跡形もなく吹き飛んでいた。地面が大きくえぐれて、土が飛び散っている。
「……え」
自分の指先を見た。
次に、えぐれた跡を見た。
(僕が、やったの……?)
「ルカス様!」
パンテラが駆け寄ってきた。その顔が、普段の無表情から完全に崩れていた。
「お怪我は——」
「あ、はい、大丈夫です……でも」
「ご無事でよかった……」
パンテラが深く息を吐いた。
「魔法を使ったことがないとおっしゃっていましたね」
「はい、一度も」
「……そうでございますか」
それ以上は言わなかった。でもその表情が、何かを飲み込んだように見えた。
「レグルスさんにも見てもらえるでしょうか」
「……かしこまりました」
レグルスが来るまでの間、ルカスはそわそわしていた。
早く見せたい。そう思っている自分に気づいて、少し恥ずかしくなった。
レグルスが訓練場に入ってきた。
えぐれた跡に視線を向けて、一瞬足が止まった。
「……これを」
「はい、僕が!」
思わず声が弾んだ。
「もう一度やります、見ていてください」
指先に魔素を集める。赤く、深く、きらきらと光が宿っていく。
嬉しさが喉から溢れてきた。
「——宝石魔法、インパクトルビー!」
弾けるような光が、的を砕いた。
振り返ると、レグルスがこちらを見ていた。
「……どうでしたか」
レグルスは少し間を置いてから、静かに口を開いた。
「よくできた」
「……本当ですか!」
「ああ。初めてとは思えない」
(褒めてもらえた……!)
顔が、じわじわと熱くなった。
「……ありがとうございます」
俯いたまま言うと、頭の上に大きな手が乗った。
レグルスの手だった。
ぽん、と一度だけ、ゆっくりと撫でられた。
パンテラが背後から静かに口を開いた。
「レグルス様がそこまで褒めるのは、大変珍しいことでございますよ、ルカス様」
「パンテラ」
「お褒めの言葉が嬉しくて顔が赤くなっているルカス様も、大変可愛らしゅうございます」
「……パンテラさん、それは言わなくていいです」
「これは失礼いたしました」
「全然反省してないですよね」
「……ふふ」
「パンテラ」
レグルスが「パンテラ」と呼んだのと、ルカスが「パンテラさん」と言いかけた瞬間が重なった。
パンテラは深々と頭を下げた。その口元が、かすかに緩んでいた。
レグルスの耳が、心なしか赤くなっていた。
しばらくして、レグルスが改まったように口を開いた。
「ルカス」
「はい」
「魔法学校に行ってほしい」
「……魔法学校、ですか?」
「ああ。アルドリヒ魔法学校という。お前に魔法をしっかりと学んでもらいたい」
(魔法学校)
(ちゃんと、学べる場所)
「……僕でも入れるでしょうか」
「入学試験があるはずだが。お前なら問題ないだろう」
「……わかりました!」
即答していた。
(行きたい)
いつの間にか、ワクワクしていた。
その日の午後、パンテラが制服のサイズを測りにきた。
「魔法学校の制服でございます。こちらで採寸して、仕立て屋に発注いたします」
「制服まであるんですね」
「はい。教材も別途ご用意いたします。魔法概論、魔法陣基礎、魔法史——」
(魔法概論……図書室で読もうとしたやつだ)
「楽しみです」
思わず口に出ていた。
パンテラがわずかに目を細めた。
「……楽しみ、でございますか」
「はい。魔法のことをちゃんと勉強できるのが」
パンテラは何も言わなかった。
ただ、採寸を続ける手が——少しだけ、丁寧になった気がした。




