第4話 人間、鑑定する
翌朝、目が覚めると窓の外は薄曇りだった。
「おはようございます、ルカス様。本日は鑑定の予定がございます」
パンテラの声はいつも通り淡々としていた。
「鑑定って……どんなことをするんですか」
「魔力を水晶に流し込むと、その方のスキルや魔法適性が表示される仕組みでございます。ご安心ください。痛みや不快感は一切ありませんよ」
「そうですか……」
朝食を終えると、パンテラが居間のテーブルに透明な水晶を置いていた。
自分の拳よりも2周りほど大きい。そして内側にうっすら光が宿っているように見える。
レグルスの向かいに腰を下ろした。パンテラは少し離れた場所で静かに控えている。
「鑑定は水晶に両手を当てて、魔力を流し込めば鑑定がはじまる」
「……魔力を流す、というのはどうすれば」
「体の中を流れている魔力を、手のひらに集めるイメージだ」
「手のひらに……」
目を閉じて、あの夜の感覚を思い出した。ブレスレットが外れた瞬間、体の中を流れた温かいもの。
そっと、両手を水晶に当てた。
意識を手のひらに向ける。
じわり、と温かいものが集まってくる感じがした。
水晶が、淡く光り始めた。
「……あ」
光がどんどん強くなっていく。レグルスが目を細めた。
そして——目の前に、文字が浮かび上がった。
【ステータス】
▶ 名前:ルカス
▶ 年齢:12歳
▶ 種族:人間族
【スキル】
▶ 解析
▶ 魔素効率運用
▶ 智慧
【固有魔法】
▶ 宝石魔法(全属性)
▶ ██████(封印)
しばらく、誰も何も言わなかった。
パンテラが静かに、しかし明らかに動揺した声で口を開いた。
「……こんなスキル、見たことが」
「パンテラ」
レグルスの一言でパンテラは口を閉じる。
レグルスの金色の瞳は、水晶の光を映したまま動かない。
「あの、これって……」
「普通ではないな」
即答だった。
「スキルについては……昨日図書室で調べていたのでなんとなく分かるのですが。……ここに書いてあるもの全部、僕のスキルなんですか?」
「ああ、そうなる…」
(レグルスさんでも、か)
封印の欄に目が止まった。
「固有魔法の封印されているのは……?」
レグルスとパンテラが視線を交わした。
「……分からない」
「レグルスさんでも?」
「ああ」
それ以上は聞かなかった。
「スキルや魔法の詳細は、他の方に話さないようにしてください」
パンテラが静かに付け加えた。
「……はい、わかりました」
理由は聞かなかった。二人の表情が、それで十分だと教えていたから。
水晶の光がゆっくりと消えていく。
レグルスが席を立ちかけた時、ふと思いついた。
「あの……少し、試してもいいですか」
「何をだ」
「昨日、花瓶に意識を向けたらその花瓶の情報が分かったんです。おそらく解析のスキルを無意識に使っていたのかもしれませ……なので、自分のスキルにもかけられるかなと思って」
「……やってみろ」
「ありがとうございます」
目を閉じて、まず「魔素効率運用」に意識を向けた。
『解析』
瞬間、頭の中に声が響いた。
あの夜と同じ声だった。
感情がない。抑揚もない。まるで石板に刻まれた文字が、そのまま声になったような。
『魔素効率運用——空気中の魔素を体内に取り込み、魔力消耗を最小化する。常時発動。術者の意識不要』
(やっぱりできた……!)
次に「智慧」に意識を向けた。
『解析』
『智慧——全属性・全系統の理解を可能とする。常時発動』
(全属性・全系統の……理解?)
ふと思いついた。
(スキルに使えるなら、人にも使えるのかな)
パンテラに意識を向けた。
『解析』
【解析】
▶ 名前:パンテラ
▶ 種族:黒豹獣人
▶ 属性:風
(人にも使えた……!)
(もっと知りたければ聞けばいいのかな)
次に、レグルスに意識を向けた。
『解析』
【解析】
▶ 閲覧権限がありません
(……え?)
(パンテラさんには使えたのに、レグルスさんには使えない?)
思わず首を傾げた。でも、口には出さなかった。
「どうした」
レグルスの声で目を開けた。
「……スキルに解析をかけたら、声が聞こえました。魔素効率運用と智慧の説明が」
「内容は」
「魔素効率運用は空気中の魔素を取り込んで、魔力の消耗を抑えるとのことで……智慧は、全属性・全系統の理解を可能とする、と」
レグルスが静かに眉を動かした。
パンテラが口を開いた。
「魔法には属性と系統という概念がございます。属性とは火や水、風といった魔法の性質のこと。系統とは攻撃、防御、強化といった魔法の使い方のことでございます」
「そうなんですね」
「一般的に、魔法使いが扱える属性は一つか二つ。それを全属性……」
言葉が、そこで止まった。
「パンテラさん?」
「……いえ。失礼いたしました」
「つまり……珍しい、ということですか」
「非常に、でございます」
レグルスが静かに続けた。
「属性を一つ極めるだけで、一流と呼ばれる。それを全部理解できるというのは——俺も聞いたことがない」
「そうなんですか……」
「ああ。それに——」
レグルスが少し間を置いた。
「全系統となると、恐らく攻撃だけじゃなく、防御も強化も付与も全て扱える、ということだろう」
「……そんなに、すごいことなんでしょうか」
(自分のことなのに、どこか実感が薄かった)
ただ、レグルスがこれだけ言葉を重ねてくれたのは初めてで——それだけで、なんだか少し嬉しかった。
「レグルスさん」
「なんだ」
「……ありがとうございます。色々、教えてくれて」
レグルスは短く「ああ」とだけ答えた。
でも、その顔が——ほんの少しだけ、柔らかくなった気がした。




