ゴブリンの王にもプライドがある
思いっ切り助かった、3体同時なんてこちらには荷が重過ぎる。短く礼を述べると、ネムが勇ましくブレスを放って応えてくれた。
それが光系で、巻き込まれた死霊キメラに大ダメージを与える。ちなみにファーからは、笑顔と共に鈴の音でのご機嫌なお返事がやって来た。
いいね、多人数戦闘では混乱は波紋のように拡がるから大歓迎だ。まぁそれも、自身がそれに巻き込まれなければの話だけど。
それを利用出来れば、時間的余裕が生まれるのも確か。さてさて、その余裕をネムの手助けに使うか、はたまた攻勢に打って出るべきか。
しばしの逡巡の後、向こうは上手くやっているのを確認した。そしてこちらに2匹のタゲが向かってるのを見て、それならと攻勢に打って出る事に。
余裕を得た時間で、自身に《硬化》を付与するのを忘れない。防御を重視したのは、相手の数が多いのと敵の攻撃パターンが未知数だったから。
そもそも敵の強さも不明だし、攻撃手段はこちらも揃ってるからね。そして次の襲撃も、やはりゴブリンライダーの肉食獣の噛み付き攻撃だった。
それにしても巧みに操ってるな、騎乗しているゴブリンめ。叩き落としたいけど、向こうもそんなヘマな位置取りはしてくれない。
次いで有翼キメラが、雨をモノともせずに頭上から飛び掛かって来た。こちらは態勢が整わず、真上からのかぎ爪攻撃を喰らってしまった。
その代わりに、カウンター気味にその場での反撃で浅くない傷を負わせる。そこに爆裂玉が飛来して、破砕の衝撃でひっくり返る俺。
どうやら搭乗ゴブリンが、投擲技で追加の攻撃を仕掛けて来たみたいだ。なるほど、実質には3対1の対戦だったりする訳か。
油断した訳ではないが、向こうに波が行ったのは確かみたい。
そのお陰で、無防備な所に何度か攻撃を喰らってしまった……《硬化》を掛けてて良かったよ、本当に。爆裂玉のダメージも、実はそんなに大した事は無かった。
アレは音と衝撃ダメージがメインなのかも、良く分からないが。属性は不明だが、そんな効果の爆裂玉もあるみたいで勉強になったな。
傷付いた有翼キメラだが、コイツの攻撃パターンは割と単純明快みたい。頭上からの襲撃を仕掛けてかぎ爪の振り回しを行った後、再び宙へと逃げ去る感じだ。
魔法生物独特の、痛覚も感情もない動きは慣れると正直パターン読みし易くて助かる。そんな有翼キメラの襲撃後、奴の再度の飛び上がりの際に大きな隙が。
俺はクラクラする頭を叱咤して、そんなキメラの太腿に無理やり捕まる。それを無視して、再び飛び立とうとする無感情の魔法生物。
驚いた事に、俺の体重を無視して闇キメラは宙に浮き上がって行く。
特に考えがあった訳では無いが、この手に慌てた様子を見せる敵のゴブリンライダー。こっちはこのまま地上にいたら、3方向からの乱打を防げないと感じての逃亡行為である。
自分の身長を超えて飛び上がった感覚に、ちょっと怖くなって下を窺うと。丁度良さげな場所に、偶然ゴブリンライダーが駆け去ろうとしていた。
思わず手を離して、無謀な落下しながらの魔法詠唱だったけど。何とか詠唱中断は免れたようで、ゴブの背中越しに《Bタッチ》のブチかまし!
その威力に、案の定革の鞍から吹き飛ばされる小柄な搭乗ゴブリン。敵の優位性を1つ剥がしてやったと、俺は思わず内心でガッツポーズ。
そのテンションのまま、落下の衝撃に咽込んだのはご愛敬である。更にそんな不利な姿勢目掛けて、再び落下して来る有翼キメラ。
忙しいな、さすがに次の詠唱は間に合いそうにない。
ただし、武器スキルならSPも貯まってるし全然オッケーだ。そんな訳で、向こうのかぎ爪とのカウンター気味に《四段突き》が炸裂した。
哀れな有翼キメラは、左の翼をほぼ全壊されて墜落して行く破目に。こちらも少なくない被害を受けたが、厄介な頭上からの攻撃はこれで無くなった筈。
俺は何とか立ち上がり、未だに落獣の衝撃から立ち直れないゴブから《Dタッチ》でのHP吸収。暗闇状態もしっかり効いた様子、これで数的不利はかなり減ってくれた。
後の残りで元気なのは、搭乗者を失った肉食獣のみ。
こうなると向こうも、お得意のヒット&アウェーをして来なくなった。そして殴り合いの末のこちらの連続スキル敢行で、敢え無く没の憂き目に。
やっぱり作戦って大事だな、そして数が減ると途端に楽になる戦況もいつもの事。ネムの方の戦いも、空中戦に全く引けを取らずに奮闘してくれている。
多少傷付いてはいるが、戦闘の優位は揺るがないようでホッと一安心。ついに相手を、墜落させるまで追い込んでいた剛腕は素晴らしいと褒められるレベル。
こうなればもう勝負はついたも同然、ネムは一方的に優位な頭上からタコ殴りしている。操るファーも策士だな、あれこそ搭乗者の役割である。
これなら急いで、加勢に駆けつける必要もなさそう。
などと考えていたら、不意に天空を割って落雷が轟いた。その轟音に驚いたのは俺だけではなく、魔法生物を除く全員が腰を抜かしそうになっている。
ただし雨の勢いは、先ほどより減じて来ている気が。
落雷の2発目を気にして腰を低くしていたが、その隙を有翼キメラに突かれてすっ転びそうになる始末。うぬっ、ここに来て逆転なんて冗談では無い。
ぐちょぐちょの地面の上で、しっかり踏ん張って闇キメラに念入りに止めを刺す。こちらは幸い、『水中適正』のお陰で動きに全く支障はない。
可哀想に、残されたゴブリンはそうではなかった様子。泥濘に足を取られ、落雷の轟音とその上暗闇状態で、逃亡すらも侭ならない様子。
コイツにもしっかり止めを刺して、これで戦場は随分とスッキリしてくれた。残ったのはネムの相手のみ、他の産み落とされた有翼キメラの行方は不明だ。
案外と、ここの縄張りのゴブリン集団と熾烈な戦いとなっているのかも。それは大いにありそう、何しろ先程ゴブリン達は、エリアボスの死霊キメラの足止めをしていたし。
その排除にと、“殲滅するモノ”は護衛のキメラを召喚した訳だ。こちらに寄って来たのは、単に俺が奴に近付き過ぎたせいに過ぎない。
そんな生き残りの始末も、たいして時間は取られなかった。ただし、あんなに激しかった巨大キメラの足音も、森の破砕音も既に聞こえては来なくなっていた。
どうやらかなり離されてしまった様子、急いで後を追い掛けないと。別に妖魔っ娘の依頼って訳では無いが、あんな危険な奴を野放しは怖過ぎる。
せめて責任をもって、奴の最後の始末くらいは請け負いたい所。まぁ、俺にそんな技量が備わっているかは置いとくとして。
とは言え、戦闘後だけに休憩位は取っておいた方が良いだろう。それからついでに、ゴブリンの集落のチェックもしておきたい。
そんな訳で、ネムに《ヒール》を掛けながら俺は鞄からさっきの余りの串肉を取り出す。それからネムと分け合って、失ったスタミナの補給を始める。
ファーも自分の鞄から果実を取り出し、一緒に座って食べ始める。雨は弱まってくれたが、時折落雷の音が遠くから不機嫌そうな音を響かせて気が気ではない。
雨に打たれて食事を取りながら、俺はこの後の予定を組み立てる。師匠の話だと、このゴブ集落にも虹色の果実がなっているそうだ。
今なら集落のゴブリンたちも、エリアボスの突然の襲撃に散り散りになっているだろう。火事場泥棒みたいで気が引けるが、果実の回収程度なら問題ない筈。
ほんの数分の休憩をこなして、木々がなぎ倒されて出来た道筋を確認してみる。連中の集落らしき建物は、雨の向こうに確かにほんのりと窺えた。
とは言え、奴らの集落は元からそんなに立派ではなかったみたい。どうやら斜面に洞窟っぽい穴ぼこがあって、それが彼らの棲み家らしい。
有翼キメラが何体湧いたか知らないが、洞窟内に袋の鼠で無い事を祈るのみ。生涯の終え方として、それはあまりに無残過ぎる気が。
その有翼キメラだが、少し開けた場所に死骸が数体残っていた。ゴブリンの中にも手練れがいたのか、それとも数の暴力にやられてしまったか。
ゴブリン達の死骸は無いが、そもそもここはバーチャル世界なのである方が不思議かも。そう思っていると、有翼キメラの死骸も粒子となって消えて行ってしまった。
時間差だったのかな、その辺は良く分からない。
この辺りの地形もなかなかに難儀で、入り口は斜面となっていて細く入り難くなっていた。しかも奥は、谷間の様に崖と大きな岩の塊が混在していて左右の幅は凄く狭い造りである。
間違ってもここに迷い込みたくは無いな、敵とのエンカウント必至じゃないか。それほどに狭い峡谷だが、巨大キメラは跨いで通り過ぎててしまった模様。
ゴブの集落が、巨大キメラの進行ルートと重なっていたのは、果たして偶然か俺には分からない。現状は崖は崩れて岩は割れ、かなり悲惨な状況である。
それでも幸いにも、虹色の果実の樹は無事だった様子。それを発見に至ったのは、そんな崩れた斜面を下った峡谷の入り口付近だった。
ゴブリン族にとってこの有り様は不幸ではあるけど、その幸運に俺はホッと安堵の吐息。相棒と共にその樹に近付いて、取り敢えずの安全確認を行なう。
さすがに敵が潜んでいたりなどと、くどいパターンは回避されそうで何より。
ちなみにさっき倒した有翼キメラとゴブリンライダー、それ程良いアイテムは落とさず仕舞い。魔石(微小)や闇の水晶玉、それから爆裂玉×5個と言った所。
爆裂玉は少しだけ有り難いが、どうやら水晶玉の方がダメージは上な様子である。取り敢えずベルトのポーチにしまっているが、好んで使うかは微妙な感じ。
それより安全は確保したので、ファーに果実を取って来て貰う事に。これで8個目となるゲットに、内心で浮かれて有頂天になっていた所。
不意に背中に殺気を感じて、俺は思わず振り向いた。
――そこには集落を破壊され、怒り心頭のゴブリンの王が佇んでいた。




