巨大キメラ行脚
目の前を悠然と歩く巨大死霊キメラ“殲滅する者”の姿は、昨日倒したボーンキメラより更にもう1回りも大きかった。
幸い酷い臭いは漂って来ないので、それだけは有り難い。
その巨体の大半は、俺の渡した生肉で出来上がっているらしい。全体的なフォルムは、黒い皮膜で覆われた蝙蝠の翼を持った竜頭の巨人である。
迫力は充分あるのだが、死霊系だけあってやっぱり動きは凄く鈍い。それもその筈、コイツもやはり昼間の行動に制限が付いているらしい。
今は雨の降りしきる森の中、派手な破壊活動を行ないながらの移動中だ。俺は少し離れて、それを追いながら時々弓矢での攻撃を仕掛けている。
その攻撃が当たっても、こちらにタゲが向かないのは色々と理由が存在する。ざっくり言えば、あの巨体キメラの殲滅優先順位が関係している訳だ。
コイツの召喚主である、妖魔ミフェルの命じた優先順位なのだけど。1位は騎士団の殲滅、2位は前に立ちはだかって邪魔する者の排除と実に単純である。
要するに、自分を攻撃する者の排除命令がすっぽりと抜け落ちていたのだ。これに気付いた俺は、それを最大限利用する事にした次第。
そんな訳で、離れた後方からちまちまと攻撃を仕掛けての追従中。ちなみにコイツの主人の妖魔っ娘は、既にこの森から旅立っていて不在である。
どうもこの巨大キメラが暴れた揚句、森の主に怒られるのが嫌だったらしい。早めにとんずらこいた模様……俺だって、ラマウカーンに合わす顔が無いんですけど?
何しろこの巨大キメラ、環境破壊も何のそのって感じの移動なのだ。その巨体で森の木々を薙ぎ払い、道を自ら作りながら進むスタイルの模様。
そんな感じで、倒した樹木の数もかなりの数に……俺はそれに対して、何も出来ないのは辛い所。しかしあの妖魔との別れ際に、妙なフラグが立ったのには参った。
ちなみに俺には、妖魔っ娘の手下になる気など現状全くないので悪しからず。まぁ、その事に関しては今悩んでも仕方が無いかな。
ファーとネムも、あの娘が去ってようやく寛いだ雰囲気になってくれた。いや、あの巨大キメラの所業は、先ほどから気にしてはいる様子。
それはそうだろう、何しろ派手な巨体レア種の“殲滅するモノ”は雨を味方に絶好調。今も派手な音を立てて、巨木が数本倒されて行った。
う~ん、どうし様も無い事ってこの世には幾らでもあるモノ。
そんな感じで、巨体のレア種を追い掛けながらの雨の森の移動中。破壊された周囲の状況を、ファーが気に病んでいるのは俺としても心が痛む。
マップを確認すると、既に俺達を含む奇妙な一団は、南エリアへと差し掛かっていた。動きは鈍いけど、追う相手はあの超巨体である。
予想したより、割と移動速度は出ている感じ。
それより、いい感じに未踏破のマップも埋まって来ているな。それによると、どうやらもう少し先に進めばゴブリンの集落が存在するらしい。
師匠からは、そこにも虹色の果実があると聞いてはいたのだが。さすがにゴブリンの集落に、ソロで突入するのは自殺行為と諦めていたのだ。
ひょっとしたら、ドサマギで収集出来るかも知れない。あまり期待せずに、ゆっくり奴を追って行きながらチェックだけはしようかな。
しかし改めて見ても大きいな、さすがにエリアボスだけはある。
そう、この“殲滅する者”なのだが、実は何とエリアボスの朱色ネームだったりする。昨日のボーンキメラは、普通にユニーク種だったのに1ランク上の扱いだ。
この違いは、一体どこから来たのだろう? ってか、この数日で何度も見掛けて、希少価値も薄まってしまったと感じるのは自分だけ?
妖魔っ娘が気合を入れたせいか、はたまた使った媒体素材の差だったりするのか。良く分からないが、日光による体力の減りは昨日の奴よりかなり穏やかに感じる。
雨のせいで、陽光が遮られているのも1つの要因かも知れない。俺は何度か天気を確認するが、どうもこの上空の雲が移動する気配は感じられない。
ちょっと不味いな……出来れば騎士団のキャンプ基地に、コイツが辿り着く前に自滅して欲しかったんだけど。不味いと言えば、ユニオンボスの妖魔っ娘に妙に気に入られたのも決して宜しくは無かった。
血を欲しがられたり、手下に勧誘されたりと冒険者って大変だと改めて認識した次第。話術ではどうにもならない事もあるんだな、覚えておこうっと。
ほぼ冒険者の理屈で対応してしまったが、今後絡む事があるかどうか。もしあるのなら、珍しい骨素材は売らずに取っておくのが吉かも知れない。
ご機嫌取りと言う訳では無いが、なるべく敵対したくない相手には違いない。ついでにさっきみたいに、こちらの望む物と物々交換も可能かも。
その辺に関しては、今後も対応を誤らないようにしたいのは当然だ。そしてこの巨大キメラ、“殲滅するモノ”に対してもそれは同じ事が言える。
さじ加減を間違ってタゲられでもしたら、間違いなく数発で潰されてしまう。体が大きいってのは、それだけで対処に困る強大な武器なのだ。
周囲の森は相変わらず、巨大キメラの紡ぎ出す喧騒が止む事はない。木の幹が折られたり動物が慌てて逃げ出したりと、悲惨な状況が続いている。
その根源である“殲滅するモノ”は、依然まったりと歩を進めている。たまに魔石が落ちてるのは、野良モンスターが奴の進軍に逃げ遅れたせいだろうか。
それを回収するファーは、いつも通りで抜け目は無いようだがやっぱり少し悲しそう。奴の森林破壊を何とか止めたいが、その方法が思い付かない為だろう。
それはこちらも同じ事、奴を倒すのは恐らく騎士団総がかりでも難しい気がする。
恐らくは受けた命令を遂行するまで、この“殲滅するモノ”は止まる事は無いのだろう。さすが、一国に災害認定された妖魔っ娘の召喚生物である。
はた迷惑な事この上ないが、予期せぬ事態がここから立て続けに起き始める。巨体キメラの歩みが突然止まったのは、雨が一段と強くなってすぐの事だった。
どしゃ降りに参って、俺は予備のマントで簡易雨具を作成していた。ファーとネムも一緒に雨宿りしつつ、破壊された森林を追従していた所。
突然の進軍ストップと、不可解な喧騒がここまで伝わって来る。豪雨の音に負けないこの騒動音は、どうやら巨大キメラに何者かが戦いを挑んでいるらしい。
何とも命知らずな連中だな、一体どこの……いや、そう言えば既にゴブリンの縄張りに入ったんだっけ。だとしたら、この騒ぎの原因も何となく分かる。
それでも一応は確認しておかないと、イレギュラーを歓迎すべきかの判断もつかない。俺は一旦、木陰に潜んで相棒達にここにいるよう指示を出す。
それから単身、木々に隠れつつちょっとだけ様子を見に行く事に。雨でこれだけ視界が悪いのだ、敵に見付かるなんて確率は極めて低い筈。
巨大キメラを足止めしているのは、十中八九ゴブリン集落の群れだろう。それは良いのだが、彼らの奮闘振りがどの程度か気に掛かる。
俺は慎重に見付からないようにと、どしゃ降りの森の木立沿いに喧騒の元へと近付いて行く。すると派手な魔法の炸裂音や、獣の唸り声が前方から聞こえて来た。
意外と近いな、ふと上を見上げたら巨大キメラも近かった。
「クルヴァ……ッ!!」
「うおっ、何だっ……!?」
豪雨で不便な視界の端から、突然に襲撃を受けて俺は大慌てで回避行動を取る。今は短槍に手甲の防御重視装備だが、考えたら俺に隠密系のスキルなんて無かったな。
獣の唸り声に敏感に反応したのは良いが、頭上ではそれと同時に異変が起きていた。ってか、何と“殲滅するモノ”の特殊技が発動したらしい。
人よりやや大きな肌の黒い有翼の獣が、雨と共にボトボトと落ちて来る。その数半ダース近く……周囲は途端に、阿鼻叫喚の地獄絵図へと突入して行った。
不覚にもそれに巻き込まれてしまった俺は、大慌てで事態の確認を行なっている際中。どうやら、最初に絡んで来たのは“ゴブリンライダー”と言う戦闘種らしい。
茶色の毛並みの巨大な肉食獣の上に、小柄なゴブリンが搭乗している。それなりに迫力はある敵だが、今はそれどころではない有り様だ。
何しろこちらにも、巨大キメラの召喚従者が2体ほど接近中なのだ。そしてその結果に関与せず、再び悠然と進み始める巨大キメラ。
どれが味方で誰が敵なのやら、いや全員敵には違いないんだけどね? 一番ブチ切れているのは、当然ながら突然に集落を蹂躙されたゴブリンだったりする。
それは俺とは直接関係ないんだけど、向こうも御託を聞く耳は持っていない。降りしきる雨の中、奴らはこちらに2度目の接近戦を挑んで来た。
それに釣られるように、有翼の闇キメラもこちらに接近。その顔は狒々にそっくりで、体のフォルムも翼を得たスリムなオランウータンって感じ。
別々な敵に迫られて、嫌なコンボに思わず顔をしかめる俺である。取り敢えずは反撃の突きを肉食獣に喰らわせながら、近くの大木を背に呪文の詠唱に入る。
しまったな、強化魔法くらいは掛けて来るんだった。何て後悔は既に遅い、戦いは始まっていて数的な不利すら突きつけられている現状である。
せめて時間を稼いで、1つずつ強化魔法を掛けて行くべきかな。
そんな訳で、棚ボタで獲物に与ろうとして来た有翼キメラに、光魔法の《ライトアロー》をお見舞いする。もう1体もこれを見て怯んでくれれば良いが、生憎と闇キメラにそんな感情は無い様子。
しかしここで助っ人登場、相棒コンビが乱入して来てくれた。
――お世話を掛けるね、それじゃ片方の相手を頼むよ。




