第97話
「はぁ……セレナさん……これはまた、派手にやらかしたなぁ……」
白衣を着た老人の医者が薄くなった頭を軽く掻きながら、ベッドに仰向けになっている祖母の姿にため息をついた。
「うるさいわい……いててて……」
祖母……セレナは悪態をつきつつ腰を押さえた。
その様子を見て、医者は顎から垂れ下がる長い髭をゆっくりとさすった。
「その様子だと、元気はあるようだが……持病の腰痛が悪化しているな、何か無理をしたかい?」
「うっ!」
医者の言葉に、セレナの肩がビクリと動いた。
原因は……間違いなく、あの時だよな……。
「……はぁ……とにかく1ヶ月ほど、うちに入院してもらうからな。いいな? クロノ、ルナ」
「あ、はい……」
「わかりました」
父親のクロノと母親のルナが医者の言葉に頷いた。
「はぁ!? ちょっと待て! 1ヶ月も入院だとぉ!?」
セレナがガバッと上半身を起こし立ち上がろうとした。
「そんなに寝ていられ――はぐあっ!」
セレナの顔がぐしゃりと歪み、そのまま力が抜けてベッドの上へと崩れ落ちてしまった。
動いたら激痛が走るのは身に染みているだろうに……。
「ぐっ……ぬぅ……っ!」
歯を食いしばる音が聞こえてきそうなくらい食いしばってるよ。
1ヵ月入院なのも納得だな。
「ほれ見い……だから言ったのに……」
医者は肩をすくめながら首を振り、やれやれといった様子で振り返ると、看護師のチュウデスに指示を出した。
「チュウデス、ロープを持ってきてくれ」
「はいっ」
チュウデスはパタパタと廊下を走っていった。
……ロープ……今そう言ったよな。
『まさか……』
この場にいる全員が、そのロープの使い道を一瞬で察した。
「な、なにをするんだい! さっさと解きな!」
予想通り、セレナの体はロープでぐるぐる巻きにされ、簀巻き状態になってしまった。
『……いいのか、これ?』
あまりにも荒治療(?)すぎる気がするが……とはいえ、誰も止めようとしない辺り、これが正解なのかもしれんな。
「これでよし、と……しばらくは大人しくしてもらうぞ」
「ぐぬぬ……覚えてろよ……」
医者が手を離して満足げに頷き、セレナは悔しそうに医者の顔を睨みつけている。
医者に対して、あの敵意はある意味すげぇな。
「……」
「……コヨミ?」
ルナがずっと黙っているコヨミにむかって心配そうに声をかけた。
「…………えと、母さん。ウチ、帰るっスね」
「え?」
「今はウチがいない方がいいだろうし……」
そう言いながらセレナから視線を外して顔をそむけた。
セレナの方も何も言わず、天井を睨みつけていた。
「……そうだな……俺と母さんはお婆ちゃんを見ておくから、コヨミは帰りなさい」
「そ、そうね……その方がいいわ……」
クロノの言葉にルナが頷きながらコヨミの肩に手を置く。
「……お願いするっス」
コヨミはぺこりと頭を下げ、そのまま病室を出て行ってしまった。
「あ、俺 も」
「ミュラも!」
俺とミュラも両親に頭を下げて、コヨミの後を追いかけた。
病院から出た俺たちは、無言のまま食堂へとまっすぐ帰った。
コヨミは食堂のカギを開けて中へと入り、そのまま席に腰を下ろした。
ミュラもその席まで駆け寄り椅子にちょこんと座った。
俺は静かに扉とカーテンを閉め、フードとスカーフを外し、開いている席へと座った。
「……」
「……」
『……』
うう……空気が重い。
この場、どうしたらいいんだろう。
どうしたもんかと悩んでいると……
「……おばあちゃんが食堂を閉めたのは……持病の腰のせいっス」
コヨミがぽつりと口をひらいた。
「前も、今日みたいに動けなくなっちゃって……入院しちゃったっス。そして、退院した後も痛みは続いてずっと通院っス……だんだん厨房にも立てなくなってきて……そこで、おばあちゃんは決めたっス。これ以上はみんなにも迷惑をかけるし、厨房に立てないのなら続ける意味がないと……」
コヨミはそこで口を閉じ、唇を軽く噛んだ。
そうだよな、腰を痛めている状態で立って調理をするのはかなりつらい。
かといって座ってやると作業効率が一気に落ちてしまう……そう決断しても仕方ないかもな。
「だからウチがやるって言ったっス……そしたら、お婆ちゃんすっごく怒ったっス」
「え? なんで?」
ミュラが首を傾げた。
コヨミは小さく首を振りながら苦笑いを浮かべ、口をひらいた。
「コヨミは冒険者で……薬師で……たくさんの人がその力を必要としている……! こんなくたびれた食堂のためにやめるな! って……そう言われちゃったっス」
その言葉の通りかもな。
結局、食堂にはお客さんは来ず……調合した薬を売って生活しているんだし。
「でも、諦めきれなくて……お父さんとお母さんに相談して……おばあちゃんには内緒で食堂を再開したわけっス」
「……で、それが バレた……と……?」
「そうみたいっス……はぁ……」
コヨミは小さく息を吐き、テーブルの上で突っ伏した。
まさかそんな事情があったとは……あれ、待てよ……。
「……でも、この食堂 祖母も説得 して 引き継いだって 言ってたぞ?」
俺がコヨミに料理を教えるって話が出た時、コヨミは確かにこう言ってた。
今の話と矛盾しているぞ。
「あっ! そうそう! ミュラもそうきいたよ?」
「……あ~……それっスけど……」
コヨミはゆっくりと顔をあげ、頬をぽりぽりと掻きながら、気まずそうに口をひらいた。
「周りには……そういうことにしてたっス……じゃないと、すぐおばあちゃんの耳に入っちゃうっスから……」
結局、耳に入ったから意味ないのではと思ったが……これは結果論だな。
口にはしないでおこう。
「……ねぇ、コヨミおねぇちゃん……このしょくどう、やめちゃうの?」
ミュラのその一言で、空気がぴたりと止まった。
コヨミは何も答えずに視線を落とし、俺も何も言えなかった。




