第94話
「ミュラちゃん! 走ると危ないっスよ!」
先頭を走るミュラに、コヨミが声をかける。
ミュラは走りながら器用に後ろを向き、返事を返す。
「だいじょうぶ~! はやくしないと、ケーキがとけちゃう!」
いやいや、そんなに簡単には溶けないっての。
氷の箱にも入れてるしな。
「ターン、もっとはやく!」
「バカ言うな。これ以上スピードを出すとケーキが崩れるだろ」
「む~……」
ミュラはちょっと走っては止まり、俺たちが追いつくとまた走るのを繰り返した。
「とうちゃく!」
ミュラがナナの家の前で、ぴたりと止まって両手を伸ばした。
「こんにちは~!」
ミュラは入り口の扉を叩く。
すると、すぐに中から足音が近づいてきて、扉が開いた。
「みんな! いらっしゃいなの!」
出てきたのは、オシャレをしたナナだった。
すごい笑顔でとても楽しそうだ。
「きたよ~!」
「うん! 来てくれて嬉しいの!」
ミュラとナナが手をつなぎ、嬉しそうに揺らす。
「おい、ナナ。中に入ってもらいなさい」
ナナの父親の声に、ナナがハッとした表情でミュラから離れた。
「こほん……いらっしぃませなの。中に入ってくださいなの」
ナナの誘いに、俺たちは家の中へ入った。
部屋の中央にはテーブルがあり、その上には料理がいくつか並んでいた。
おお、どれもうまそうだな。
「さっ、みんな座ってなの!」
ナナの言葉に、俺たちはそれぞれ置かれていた椅子へと座った。
「後は、パパが買ってきてくれたケーキを並べれば完璧なの!」
「「「っ」」」
ナナのケーキという言葉に、3人が同時に肩を震わせたよ。
何もやましい事なんてしていないのに、挙動不審になっちゃってる……。
「あ、ナナ……そのことなんだが……」
父親の言葉に、ナナが不思議そうに首を傾げた。
「ケーキは買ってきていないんだ」
「……え?」
ナナは目を見開き、その場に固まってしまった。
「ケーキ……ない……の……?」
「それはね、ちゃんとした理――」
「ぎゃああああああああああああああああああん!」
ナナの母親が説明をしようとした瞬間、ナナは大粒の涙を流して泣きだしてしまった。
まずい、この流れは非常にまずい。
「ちょっ、ナナ! 落ち着きなさい! これには理由が……」
「ケエエエエエエエエエエキイイイイイイイイイイイ! パパのバガアアアアアアアアアア! 大っ嫌いいいイイイイイイイイイイイ!!」
「グハッ!!」
ナナの父親が何かを吐き出して胸を押さえ、その場に膝をついてしまった。
ナナの言葉が心に突き刺さったらしい……可哀そうに。
「ナナちゃん! なかないで!」
ミュラは椅子から降り、ターンが持っていた包みを強引に奪い取った。
そして、テーブルの上にそっと置いた。
「ケーキなら……ここだよ!」
ミュラが包みの布を取ると、氷の箱が姿を現した。
それを見たナナが、ぴたりと泣くのをやめる。
「……ひっく……ぐず……ど、どういう……こと……なの……?」
「みてみて!」
ミュラが蓋に手をかけ、思いっきり開ける。
ナナが身を乗り出して中を覗き込み、そのままぱっと顔を上げてミュラのほうへ振りむいた。
「……これ……ケーキ……?」
「そう! ケーキ!」
ミュラが嬉しそうに何度も頷く。
ターンは1歩前に出て、箱の中からゆっくりとケーキを持ち上げる。
歪んだ形のケーキは、そのまま台の上の皿にのせられた。
「すごいだろ、オレたちが作ったんだぜ」
「そう。僕、ターン、ミュラちゃんの3人で!」
「みんなでつくったの!」
ナナの視線がケーキの形をなぞるように動き、やがて少しだけ口元が緩む。
「……イチゴも大きい……すごいの……」
指先を伸ばしかけて止め、ためらうように手を引っ込めると、3人の顔をもう一度見上げる。
「これ……食べていいの?」
ナナが問いかけると、3人は同時に頷いた。
「わあぁああ! うれしいの! ぐすっ! すごくうれしいの!」
ナナの目から、また大粒の涙がこぼれ落ちてきた。
けど、あの涙は問題ない。
そう……何の問題も……な。
「ナナ。ケーキの上にろうそくをさすけど、いい?」
「うん! お願いなの!」
ナナの母親はろうそくを8本ケーキに刺し、火をつけた。
「「「「「誕生日、おめでとう!」」」」」
みんなの歓声にナナが、笑顔でこたえる。
「ありがとうなの! ……すぅ~……ふぅ~~!!」
ナナが息を吸い込み、ろうそくに向かって息を吹きかける。
「「「「「わああああああ!」」」」」
ろうそくが消えると同時に、拍手が鳴り響いた。
「さっ、ナナ。みんなが作ってくれたケーキを食べましょうか」
「うん!」
ナナの母親がケーキを包丁で切っていく。
そして、それぞれの小皿へとケーキを置いていった。
もちろん、大きなイチゴはナナの小皿へと移される。
イチゴが大きすぎて、ケーキより目立っているが……まぁそれはそれで、インパクトがあっていいんじゃないかな……多分。
「わ~! どんな味か気になるの~」
ナナはフォークを手に取って、ケーキの先を切り、切った部分に軽く刺す。
ケーキをゆっくりと持ち上げ、口の中へと入れた。
「もぐもぐ……」
ケーキを食べるナナにみんなの視線が集中する。
「…………どう?」
ミュラが覗き込むように顔を近づけた瞬間、ナナの目から1粒の涙が流れ落ちた。
「…………っナナちゃん……!?」
「えっ!? ま、まずかったか!?」
「そ、そんな!」
その姿に、3人は一斉に慌てて声を上げて身を乗り出した。
するとナナは首を横に振りながら涙を袖でぬぐい、口をひらいた。
「ちがう……ちがうの……おいしいの……すごく……おいしいの……」
その言葉を聞いた瞬間、ミュラはその場にへたり込み、ターンが大きく息を吐いて頭を掻き、カルが胸に手を当てて安堵の表情を浮かべた。
「びっくりしたぁ……」
「そんなんで泣くなよ……」
「でも、よかった……」
「あはは、ごめんなの……とにかく、おいしいの! みんなも食べるの!」
「うん、ミュラ、たべるのずっとがまんしてたんだ!」
「オレもオレも」
「実は僕も……」
それぞれフォークに手を伸ばし、ケーキを崩して口へと運ぶ。
ナナはその光景を見てポツリとつぶやいた。
「…………最高の誕生日なの」
その小さな声は、周りの騒音にかき消される。
しかし、俺の耳にはちゃんと届いていた。
ナナの嬉しそうな声を……な。
『……よかったな……みんな……』




