第92話
翌朝。
ミュラが雑巾で、懸命に食堂の床を拭いていた。
「ごしごし……ごしごし……」
その理由はもちろん、イチゴを買うためのお小遣いが欲しいからだ。
普段からこうして手伝ってくれればいいんだがな。
「ごしごし……ごしごし……」
というか、同じところばかりこすっていたら意味がないんだがな。
「ミュラちゃん、朝から張り切ってるっスね」
コヨミが後ろからミュラに声をかけた。
「うん!」
「その調子っスよ」
ミュラの元気のいい返事に、コヨミはケラケラと笑いながら、袋を肩にかけた。
「それじゃあ、ウチは買い出し行くっス。2人は留守――」
「ミュラがいく!」
ミュラが立ち上がり、コヨミの前に出た。
「ミュラがいく!」
「いや、でも――」
「いく!」
「……お小遣いっスか?」
「うん!」
コヨミの言葉に、大きく頷くミュラ。
それを見て、コヨミが頭を押さえた。
正直でいいとは思うが……こんなに堂々と言われるとな……。
「……はぁ……わかったっス。じゃあお願いするっス」
「やった~!」
ミュラがその場で跳ね、コヨミから袋を受け取った。
そして、そのまま食堂の入口へ走る。
って、雑巾を持ったままじゃいか。
「待つ! ミュラ!」
俺の声に気が付かなかったのか、ミュラは勢いよく外へ飛び出した。
「あははは……持って行っちゃったっスね……」
「そのうち 気付く だろう……」
多分。
「……あ、そうだ。コヨミさん、ちょっと いい?」
「ん? どうしたっスか?」
「ケーキ 材料 使って いい?」
「いいっスけど、ケーキを作るっスか?」
「出来て からの お楽しみ」
俺は材料が保管してある、食糧庫へと向かった。
必要な材料は小麦粉、卵、砂糖、牛乳、バターだ。
まずは卵2個を器に割り入れる。
そこに砂糖70gを入れて、泡立て器で混ぜる。
砂糖のザラザラ感が無くなってきて、表面がなめらかになったところで、牛乳120mlを2~3回に分けて入れる。
一気に入れるより、かき回しながら数回に分けた方が混ざりやすい。
牛乳も混ざれば、小麦粉200gと塩を一つまみ入れていく。
これも、ダマにならないように小麦粉を数回に分けて混ぜるのがコツだ。
『さすがに……重たくなってきたな……』
小麦粉が混ざれば混ざるほど、生地が粘り気が強くなりかき回すのが大変になる。
昨日、子供たちがこれを頑張って混ぜてたんだな……。
小麦粉を混ぜたら、最後に溶かしたバター30gを入れて、またかき混ぜる。
生地に艶が出て、まとまり方が変わってきた。
さっきよりも滑らかになってきたが……どうかな。
俺は泡立て器を持ち上げると、生地がゆっくりと落ちていく。
すぐには切れず、少しだけ引くように伸びた。
これで完成だな。
『で、このままだと手にくっつくから……』
小皿に少し油を出して、手に薄く塗り広げた。
こうすれば、生地はほとんど手につかない。
生地をちぎって、手の中で転がして形を整える。
丸くなったところで台の上に置き、真ん中に穴をあける。
見た目は悪いが、ドーナッツと言えば、この穴だよな。
最後の1つを完成させて、少し時間を置く。
その間に、油を温めておかないとな。
鍋に2~3cmくらいの深さまで油を入れて、火にかける。
少し待って温まって来たなと思ったら、生地を小さくちぎって油に落としてみる。
一度沈んで、すぐに浮かび上がり細かい泡が出れば頃合いだ。
『よし』
台の上に並んだ生地を1つ手に取り、生地を油の中へと落とした。
その瞬間、ジュッと音が立って、表面に細かい泡が一気に広がった。
「へぇ~……ケーキと違って、これは揚げるっスね」
俺の横でコヨミが身を乗り出す。
「ああ」
間を見ながら、1つ1つドーナッツを油へ落とす。
鍋の中が詰まりすぎないように、間隔を空けることを意識しないといけない。
ドーナッツの表面の色が少しずつ変わっていく。
白かった生地が、薄いきつね色に変化してきた。
その色を見ながら、タイミングを測り…………。
『今だ!』
裏返しにして、もう片面を揚げていく。
下にあった面が、きつね色に変わっている。
よしよし、問題ないな。
他のも順番にひっくり返してっと。
「わぁ~……いい匂いしてきたっス」
「ああ」
揚がったドーナッツを、どんどん皿へと移す。
そして砂糖を、ドーナッツの全体にまぶせば……。
「これで 完成!」
「おお! おいしそうっス!」
俺は1つ持ち上げて、コヨミに手渡した。
「味見 お願い」
「まかせてっス」
コヨミは軽く息を吹きかけてから、かじった。
そのままもう一口食べて、目を少し見開く。
「……んっ! 外はカリッとしてるのに、中は柔らかいっス! それに甘くて……これは、おいしいっス」
「良かった」
そのとき、ばたばた外から足音が近づいてきた。
そして、勢いよく入り口の扉が開いた。
「ただいま~!」
雑巾を握りしめたまま、ミュラが食堂の中へと入って来た。
おいおい、結局そのまま買い物をしたのかよ。
「……むっ!? すんすん……」
ミュラはその場で止まり、鼻をひくつかせた。
「……いいにおいがする!」
すぐにこっちを見て、即座に厨房へと入って来た。
「なにこれ!?」
「ドーナッツ だ」
「どーなっつ? おいしいの?」
「おいしいっスよ」
「ミュラも! ミュラも!」
そう言いながら、雑巾を投げ捨て、その手でドーナッツを取ろうとした。
「ちょっと 待つ!」
流石にその手でドーナッツを持たせるわけにはいかん。
俺はドーナッツを1つ手に持ち、ミュラの口元へ近づけた。
意図に気付いたミュラが大口を開ける。
「あ~~~~んっ! もぐもぐ……おいしい! もうひとくち! もうひとくち!」
「だったら 手 洗う」
「む~……あ~ん、してほしかったのに~」
ミュラは口を尖らせて、手を洗い始めた。
「コヨミさん、これ、売る。どう?」
「売る?」
「そう。これなら 俺 顔を出さず お金 稼げる」
「ああ、そういう事っスか……なるほど……」
コヨミは少し考えるように顎に手を当てた。
「ん~……なんか、食堂からまた離れて行っている気もするけど……確かに、その方がありがたい……むむむ…………よし、決めたっス。まずはお試し期間を設けて、うけが良かったら本格的にっていうのはどうっスか?」
「ああ、それで いい」
これで、少しはコヨミの懐が温かくなればいいな。
「ん~! おいひぃ~!」
一方ミュラはその横で、満足そうに頬を膨らませていた。




