第90話
ケーキになんの果物を使うかは決まった。
となれば、買うものは必然的に決まる。
俺は並んでいる木箱に入った、通常サイズのイチゴに手を伸ばして1つ持ち上げた。
『……スンスン……うん、新鮮な甘い匂いだ』
イチゴを元に戻し、木箱を持ち上げてコヨミに声をかけた。
「練習 これ 買う」
「了解っス。それなら量もあるし、練習にはちょうどいいっスね。おじさん、これを下さいっス」
「まいどあり! 300ゴルドね!」
コヨミが財布からお金を取り出し、手渡す。
『……結局は、コヨミがお金を出しているんだよな』
しかも、よくよく考えたら俺たちの生活費もコヨミ持ちだ。
料理を教えるという約束で居候させてもらっているが……甘え切っているのもよくないよな。
かといって、それを言ったところで、コヨミは笑顔で問題ないと答えるだろう。
『なにか出来ることはないか……うーん……』
「ん? ゴブくん! なにをやっているっスか? 置いていくっスよ?」
「え? あっ」
コヨミの声で、みんながもう果物屋から離れている事に気が付いた。
危ない危ない、置いて行かれるところだった。
「……い、今 行く」
俺は慌てて、みんなの後を追いかけた。
夕方。
まだ夜には早いが、俺たちはケーキ屋の前まで来た。
店の入り口には閉店の文字が書かれたプレートが出ていたが、窓からは明かりが漏れている。
コヨミはその窓を一度のぞき、扉をノックした。
すると、中から店主が顔を出した。
「なんだ、もう来たか」
店主の言葉に、ミュラが両手をあげて主張した。
「だって、はやくつくりたいもん!」
「すみませんっス……」
そして、コヨミは困った顔をして平謝りをする。
それを見た店主は口角をあげ、ミュラの頭をポンポンと叩いた。
「気持ちはわかるが、仕込み……明日のケーキの分の準備をしないといけないんだ。じゃないと、明日ケーキを食べられない人が出てきちゃう」
「あっ! それはだめ!」
「だろ? だからもうちょい待っててくれるかな?」
「うん、わかった」
店主の言葉にミュラが頷く。
店主はニコリと笑い、扉を開いた。
「じゃあ、中で待っててくれ」
俺たちはケーキ屋の中へと入った。
コヨミだけは申し訳なさそうに何度も店主に頭を下げてから入ってきた。
「……これでよしっと……それじゃあ、使っていいよ」
仕込みを終えた店主が厨房から出てきた。
そして、ミュラ、ターン、カルの3人は嬉しそうに厨房の中へと入っていった。
「おお! うちとはまたちがう!」
「すっげぇ!」
「甘いにおいもするねぇー!」
「ふふっ」
興奮する3人を横目に、俺とコヨミは買ってきた材料を台の上に置いた。
まったく……メインは厨房じゃなくてケーキだろう。
「はい! 注目!」
俺はパンと手を叩くと、浮かれる3人の視線がこっちに向く。
「順番 説明 する。覚える 様に」
「「「は~い!」」」
3人が元気よく返事をした。
さて、この元気はいつまで続くかな。
「まず 包丁 火 危ない。俺か コヨミ やる。いいか?」
ミュラがこくこくと頷く。
「わかった~」
俺たちのやり取りに、ターンが眉をひそめた。
「おい、ゴブも子供だろ? お前も刃物や火は駄目じゃないか」
あ、そうだった。
ターン達からすれば俺は子供。
同等でないとまずい。
「と、当然っス! 今のは言い間違いっスよね?」
「あっああ! そう!」
コヨミの助け舟に、俺は全力乗った。
が、わざとらしかったのかターンの他にカルも眉をひそめ、無言で俺を見つめた。
『……よくない……これは非常によくない……』
何か他にここを切り抜ける手段は無いものか。
そう考えていると……。
「もう! ふたりともなにしてるの? はやくケーキをつくろうよ!」
ミュラが俺たちの視線の間に割って入ってきた。
「あ……ああ……そう、だな……よし、うまいものを作ろうぜ!」
「そうだね! 時間は限られてるし!」
2人がケーキ作りの準備に取り掛かる。
それを見て、ミュラは俺の方を向き片目を閉じた。
ふぅ……ミュラに助けられたな。
お礼として明日は、好きな物を作ってやるかな。
「じゃあ、まず 卵」
コヨミが袋から卵を取り出し、ミュラに手渡した。
「はいっス」
「これ、わればいいの?」
「ああ、割って 器 入れる」
「わかった……えい!」
ミュラは卵を台の角に向かって、文字通り叩きつけた。
無論、卵は……。
「うえぇ……てがべちゃべちゃ……」
割れたというか、弾けたという方が正しいな……まさにお約束だ。
「ミュラちゃん、これで拭くっス」
「ありがとう……」
コヨミがタオルをミュラへと渡す。
うーん、果たしてタオルは何枚必要となるのか……不安しかない。
「卵も割れないのか? オレに任せな」
ターンはコヨミから卵を受け取り、台に軽く打ちつけた。
そして、器の中に割り入れる。
「どうよ?」
自慢げに器を持ち、中身を俺たちに見せびらかす。
ターンの鼻が伸びているように見える……だが……。
「殻、入っちゃってるっスよ」
そう、小さな破片が何枚か入り込んでしまっている。
これだと50点もあげられない。
「……まっ混ぜれば問題ないって!」
ターンが顔を赤くして、乱暴に台の上へ器を置いた。
問題大ありだ……卵の殻入りのケーキなんて食えないっての。
俺は器を手に取り、ターンの前に突き出した。
「ん? なんだ?」
「殻 とる」
「は? だから大丈……」
「殻 とる」
「…………チッ! わかったよ!」
俺の圧に負けたらしく、ターンは乱暴に器を手に取り、渋々殻を出し始めた。
最初からそうすればよかったのに……。
「じゃあ、次はカル。やってみるっス」
「え? あ、うん」
カルはコヨミから卵を受け取り、別の器を自分の手前に持ってきた。
そして、卵を台の角に軽く当ててひびを入れた。
「そーっと……そーっと……」
ゆっくりと卵の殻を開け、中身が器の中へと落ちた。
「できた……どう? どう?」
殻は……無し。
完璧だな。
「それで いい」
「やった!!」
「くそっ! この! この!」
ターンは顔をしかめながら、必死に殻を取り除こうとしている。
カルがうまくやったから、イラ立ちを見せているな。
そんなに乱暴にやっていると、余計殻がとれないぞ……。
ミュラはコヨミと一緒に卵を割り、ターンはやっと殻が取れたので次の作業だ。
「次、混ぜる」
泡立て器を取り出すと、ターンが奪い取ってきた。
「オレに任せろ! 混ぜるくらい楽勝だぜ!」
そう言って、がちゃがちゃと乱暴に泡立て器を器の中で回し始めた。
おいおい、そんな乱暴にしたら……。
「ちょ! ターン! 飛んでる! 飛んでる! うぎゃ! 目が—! 目がー!」
当然、中の卵が周りに飛び散り、カルの目にヒットしてしまう。
「こら! ターン! 乱暴にしちゃダメっスよ!」
慌ててコヨミがターンの腕を押さえて止める。
しかし、すでに遅し……厨房はべちゃべちゃ、器の卵も半分くらい無くなり、ターンが目を押さえてその場で暴れている始末。
そのカオスな状況に、空気が重たくなる。
『これは……前途多難だな……』
流石に店主がいる状態で、このままなのはまずい。
先に掃除をした方がいいな。
「コヨミさん。掃除 しよう」
「はぁ……そうっスね」
俺とコヨミが布で拭き始めた。
ミュラもターンも、特にターンは申し訳なさそうに無言で布を取り拭き始める。
『うーん……俺が手を出すか……?』
掃除中、その方がいいじゃないかと思っが、その考えをすぐに振り払った。
初めてなんだから、失敗するのは当たり前だ。
俺も最初はそうだった……それを乗り越えて、うまくなっていく。
それを子供たちにも学ばせなきゃいけないよな。
『それが大人の役目って奴だ……まぁ俺の中身はまだ高校生だけども……』




