第89話
俺たちは食堂に戻り、入り口の扉を開けて中に入った。
「ねぇねぇ、どうせならもっとおおきくしようよ! それなら、もっとのせれるよ!?」
「いやいや、でっかいのとは言ったが、流石にそれはでかすぎだろ……」
「ミュラちゃん、そんなの食べきれないよ」
『……まだ、やってたよ……』
俺たちが中に入ってきても、3人は夢中になっていて気付いていない。
不用心にもほどがあるぞ。
コヨミの方を見ると、その視線に気付いたコヨミが軽く肩をすくめた。
「ただいまっス」
コヨミの声で、3人の手が止まり、顔を俺たちの方へと向けた。
「あっ! おかえり! ナナちゃんのパパとママはどうだった?」
ミュラの質問に、コヨミが頷く。
「問題ないっスよ」
それを聞いた3人が笑顔で両手をあげ、同時に歓声をあげる。
「「「やった~!」」」
そして、ミュラは紙を手にして、コヨミの方へと走ってきた。
「じゃあ、これつくれるね!」
紙をぐいっとコヨミに突き出す。
コヨミはしゃがんで受け取り、俺は横からのぞき込んだ。
『……』
「……」
紙にはでかい丸があり、その上に小さい丸が無雑作に描かれ、棒が8本描かれている。
そして、紙の右上には文字らしきものが書いてあった。
「このケーキ、どうかな?」
どうかなと言われても……ナナが8歳になったんだなという事しかわからん。
コヨミも同じことを思っている様で、困った顔をしていた。
「え、え~と…………お、おいしそうっスね! これならナナも喜ぶと思うっス!」
そう言って、紙をミュラに戻した。
言葉を濁して逃げたよ。
「じゃあ、さっそくつくろう!」
ミュラはそう言うと、厨房の方へと駆け出した。
「あ、待て」
「へっ?」
俺が止めると、ミュラが不思議そうな顔をして首を捻った。
「なんで止めるんだ? 問題ないんだろ?」
ターンが椅子から降り、眉をひそめて近づいてくる。
カルもその後に着いてくる。
「いや、ここで 作ら ない」
そう言うと、一瞬食堂の空気が止まるのを感じた。
「……え? ゴブ、なにそれ!」
「おい、どういう事だよ!?」
「僕たちに教えてくれるって言ったじゃん!」
3人が一斉に俺の方へと視線を向けた。
……まずい、言い方を間違えた。
視線がめちゃくちゃ痛いぞ。
「まぁまぁ、落ち着くっス」
コヨミが手を軽く出して、3人の視線を切った。
「作らないわけじゃないっス。ちゃんとしたケーキが作れる場所に、行くだけっスよ」
「ちゃんとした、ばしょ?」
「何だそれ? どこだよ?」
その言葉にミュラが目を丸くし、ターンが首を傾げた。
「ここより道具が揃っている場所っス。どこかは~後のお楽しみっスよ」
そう言って、コヨミは人差し指を唇に当て、片目をつむった。
「おお! コヨミおねえちゃんすごい!」
「どこなんだろ! 流石は姉ちゃんだ!」
「うん! 楽しみだね!」
俺の時とは違い、コヨミに集まる3人の視線がキラキラと輝いているのが見える。
『……なんか、納得いかないな……』
これだと、俺は何もしてないみたいだ。
いや、交渉はコヨミがやってたし……何もしてないのと変わらないか。
「じゃあ! さっそくそこにいこうよ!」
「その場所が使えるのは夜だけなんっスよ」
「え~……いまはだめなの?」
ミュラが口を尖らせる。
「じゃあ、それまでまた会議?」
カルがミュラの持っている紙を見る。
「いや、今のうちに材料を揃えるっスよ」
「おかいものってこと?」
ミュラの言葉にコヨミが頷く。
「そうっス。器具は借りれても、材料は揃えないといけないっスから」
「そっか、わかった!」
ミュラが厨房から俺たちの方へと歩いてくる。
「で? 何が必要なんだ?」
ターンの質問には俺が答えないとな。
「えと 小麦粉、砂糖、卵、バター、あとは……」
「くだもの!」
ミュラが右手をあげて、紙をブンブンと振った。
それを見てカルが指を立てる。
「絶対に必要だよね」
「だな」
同意するようにターンも力強く頷いた。
「了解っス。じゃあ、みんな行くっスよ」
コヨミの言葉に、俺たちは買い出しへと向かった。
「まずどこいくの?」
先頭を歩いていたミュラが振り向く。
コヨミが少し考える。
「ん~……とりあえず、近いとこから回るっスかね」
「わかった~」
そう言いつつミュラは正面を向く。
と同時にコヨミが目を細めながら口をひらいた。
「ちなみに寄り道はなしっスよ」
「――っ!」
その言葉にミュラがビクリと体を震わせた。
「も、もちろんだよ~……なにをいっているのかな~あははは……」
あの様子だと、買い食いを考えていたな。
全く……ミュラの奴め。
コヨミの宣言通り、無駄な寄り道はせず、俺たちは材料をそろえていった。
そして、最後に向かったのは……。
「わ~! どれもおいしそう!」
様々な果物が並べられた果物屋。
果物の甘い匂いがたまらない。
「で? どれにするよ?」
「……そういえば、果物をのせるとは決めたけど、何をのせるか決めてなかったね……」
ターンとカルのやり取りに、俺は力が抜けてしまった。
おいおい、なんでそんな重要な事を決めていないんだよ。
「そんなの、ナナの好きな果物をのせるのがいいに決まってるっスよ」
コヨミのアドバイスに、ターンとカルが同時に同じ果物の名前を口にした。
「「イチゴだ」」
こっちの世界のイチゴ。
赤色でサイズも同じくらいだが、形がある意味ですごい。
何せ、でこぼこの無い綺麗な円錐だからだ。
まさに小さなクラッカーと言ってもいいだろう。
「じゃあ、早速イチゴを……って、なんだ? あれ?」
ターンが何かを見つけ、果物屋の奥へと入っていく。
「……っ! おお! すげぇ! みんな! これを見てくれよ!」
1個の箱を手に取り戻って来た。
俺たちは、その箱の中身を見て驚きの声を上げてしまう。
『マジかよ……』
「すっごくおっきい!」
「こんなの、初めて見たっス」
「大きすぎでしょ!」
中に入っていたのは1個のイチゴ。
しかし、その大きさは500mlのペットボトルくらいある。
これはもう凶器レベルだぞ。
「なぁなぁ! これにしないか? ナナの奴驚くぞ!」
まぁ確かに驚くだろうが……。
俺はちらりと値段を見て、そちらの方にも驚いた。
『……高い……』
イチゴの大きさもそうだが、値段の方もヤバい。
何せ1個800ゴルドもする。
普通のイチゴは10個入りで400ゴルドだ。
なのに1個でこの値段。
本当に適正な値段なのかも怪しいくらいだぞ。
「た、確かに驚くだろうけど……ターン、値段見た?」
「ん? 値段? ……1、10、100……はっ800ゴルド!?」
ターンは値段を知った瞬間、すぐに台の上に置いた。
「……たかいね」
ミュラが小さく言う。
ターンが腕を組む。
「ああ……高いな……」
カルがポケットを探り、財布を取り出す。
そして中身を確認した。
「僕、今120ゴルド……」
「えーと……オレは……80ゴルドだ」
「ミュラ、100ゴルド……」
3人合わせても全く足りないな。
「「「はあぁ……」」」
3人は大きなため息をつき、ガッカリした様子で肩を落とした。
それを見ていたコヨミが少し考え、口を開いた。
「これ、欲しいんスか?」
「……うん、ナナちゃん、ぜったいよろこぶとおもう」
「だな」
「絶対、喜ぶよね」
「そっか、じゃあ、ウチがお金を――」
「それはだめ!」
ミュラがすぐにコヨミの言葉を遮る。
ターンも強く頷く。
「それは嫌だ」
カルも首を振った。
「買うなら、僕たちのお金で買いたい」
3人の言葉にコヨミは目を細めて少し笑う。
こう言ってくると思ってたな。
「そっか。じゃあ、みんなでお小遣いを貯めるっスね」
「おこづかいを、ためる?」
「そうっス。みんなで家のお手伝いをして、お小遣いをもらうっスよ。ウチも子供のころはそうやってお金を貯めたっス」
「お手伝い……か」
「母ちゃん、それで小遣いくれるかな……」
ターンが不安そうに頭を下げる。
「そこはウチが事情を説明して、説得するっスよ」
コヨミの言葉に、ターンが頭を上げる。
「……ほんとか!? だったら、やる! オレ、家の手伝いするよ」
「僕も!」
「ミュラも、がんばる!」
「よし、3人で絶対このイチゴを買うぞ!」
ターンの掛け声に、ミュラとカルが右手を高く上げた。
「「おおおお!!」」
そして、大きな声を上げるのだった。




