第88話
ミュラは勢いよく椅子に座り、紙をテーブルの上に勢いよく置いた。
そして、ペンを握りしめた。
「で、どんなケーキにする!?」
ミュラはテーブルをパンパンと軽く叩いた。
その行動にターンが困惑しつつ腕を組んだ。
「会議って、そういうことか……んー、どんなケーキって言ってもな……」
少し考えたのち、ニヤリと笑った。
「……やっぱり……でかい方がいいだろ!」
「うん! そうだよね!」
ミュラが頷き、紙に大きな歪な丸を描いた。
「おおきい、っと……」
すると、カルが遠慮がちに手を上げる。
「えと……果物は乗せたいよね」
それを聞いたミュラが、ぱっと顔を上げる。
「だよね! だよね! ……あと、かわいいのがいい!」
ミュラが大きな丸の中に、更に丸を追加していく。
ああ、字からイラストにしたのか。
……これはこれで、分かりづらいな。
大きな丸はケーキだろうが、他がよくわからんぞ。
「あと、ろうそくもあった方がいいっスね」
「あっ! そっか!」
ミュラが慌てて1本の棒を付け足した。
あれはろうそくだとすぐわかるな。
『こういう話してるときって、楽しんだよなー。あとみんなで作るのも』
俺は視線を台所の方へと向けた。
『……あっ!』
最大の見落としをしているじゃないか。
あのかまどじゃケーキのスポンジなんて焼けるわけがない。
代用しようにも何も思いつかない。
『……これは……無理だ……』
俺はミュラ達に視線を戻した。
ミュラ、ターン、カルが目を輝かせながらあーだこーだと話している。
『……この空気……今さら無理とは言えないぞ……どうする……』
首をギギギと動かし、コヨミの方を見る。
俺の視線に気付いたコヨミが軽く首を傾げた。
「どうしたっスか?」
「……えと、ちょっと いいか」
俺が小声でそう言うと、コヨミが頷き立ち上がった。
ミュラたちは、そのことに気づかないほど熱中している。
「ここ、どうする~?」
「尖らせるとかどうよ?」
「いやいや、それは流石に……」
その隙に、俺とコヨミは席を離れて台所へと移った。
ここなら、ミュラ達に声が届かないだろう。
「で、どうしたっスか?」
俺は眉間にしわを寄せつつ、口をひらいた。
「……ケーキ 作るの、難しい……」
「へっ? でも、さっき教えるって……」
「教え られる。ただ……器具……特に かまど が……」
コヨミが黙ったまま、視線を台所のかまどへと向ける。
「……あ~……そういうことっスか……」
「あれ だと、厳しい。専用 かまど いる」
俺の言葉にコヨミがため息をつきつつ、こめかみを押さえる。
「今さら無理って言うのも、あれっスよね」
2人して後ろを見る。
楽しそうにミュラたちが話していた。
「……なんだ よな」
これ、どうしよう。
「ん~……」
コヨミが両眼を閉じて顎に右手を当てた。
そして、どんどん眉間にしわを寄せていく。
「……むむむ……あっ!」
何か思いついたような顔をして眉間のしわが消えた。
「何か 思い ついた?」
コヨミが少しだけ口元を上げる。
「ケーキ、買った店はどうっスかね?」
なるほど、確かにそれだと専用の器具がそろっているから可能だろう。
だが……。
「……借りる のか?」
そこが問題だ。
借りられなければ、作れないと一緒だ。
「そこは行ってみないと、何とも言えないっス……」
……これは賭けるしかないな。
断られたときは、その時はその時で考えよう。
「わかった。じゃあ さっそく 行こう」
2人で頷き、ミュラたちの方を向いた。
すると、ミュラたちも俺たちの方を見ていて、目が合った。
「ふたりとも、どうしたの?」
ミュラが首を傾げた。
「え~と……その……あっ! そうそう、ナナちゃんのパパとママだけに、ケーキの事を話に行こうって言ってたっス。じゃないと、ケーキが2個になってサプライズにならないっスからね」
おお、とっさに思いついたわりにいい言い訳じゃないか。
……いや、事実そうか。
ケーキ屋の件が成功するか失敗するかわからんが、話しておかないと駄目な奴だ。
「じゃあ、ミュラもいく!」
そう言うと、ミュラが立ち上がる。
「あ、じゃあ僕も……」
カルもつられて立ち上がる。
「しゃぁねぇな」
ターンも文句を言いつつ立ち上がった。
すると、コヨミが手を出してそれを止めた。
「それは、ダメっス」
「えっ? なんで?」
「だって、みんなが来ちゃったら、ナナちゃんは何事かと思うっス。サプライズがバレちゃうかもっスよ? だから、みんなにはお留守番をしていてほしいっスよ」
その一言で、3人の動きがぴたりと止まる。
「そっか……確かに……」
「バレると意味ねぇからな」
カルとターンは椅子に座り直す。
ミュラは渋々頷く。
「……うん……わかった」
椅子に座り、ペンを持った。
おお、見事に3人を止めることに成功したな。
「よし、それじゃあ行くっス」
俺は頷き、そのまま2人で食堂を出て行った。
しばらく港町を歩くと、甘い匂いが漂ってきた。
その匂いの元を辿ると、赤い煙突の小さな家があった。
ケーキを買ったのは、あの店っぽいな。
コヨミは入り口の扉を押すと、カランカランとベルの音が鳴る。
その音に反応して、小太りの中年男性が俺らの方を向いた。
あの人がこの店の店主みたいだな。
「お、コヨミちゃんじゃないか。また買いに来てくれたのかい?」
「えと、そうじゃなくて……ちょっと、おじさんにお願いがあって来たっス」
それを聞くと、店主が眉を動かす。
「お願いだって?」
コヨミは頷き話を続けた。
「実は――」
コヨミは今の現状と、必要な事を全て店主に話した。
その話を、店主は黙って聞いていた。
「――というわけっス……」
話を聞き終わり、店主は両手を腰に当てて困った顔をする。
「なるほどな……また難しい頼みを持ってきたもんだ……」
「器具は全部じゃなくていいっス! せめて、かまどだけでも使わせてほしいっス! この通りっス!」
コヨミが頭を少し下げる。
同時に、一緒に俺も頭を下げた。
「うーん……」
店主は腰から両手を外し、腕を組んで唸り始めた。
「お願いしますっス」
更にコヨミは頭を下げる。
俺もさらに頭を下げた。
「……」
うう、この沈黙の空気が重たい。
はやく答えを出してくれ。
「……はあ……わかった。いいぞ」
「ほ、本当っスか!?」
コヨミは顔を勢いよく上げる。
「ただし、条件付きだ」
「条件?」
「ああ。条件は3つだ」
コヨミが頷き、それを見た店主が1本目の指を立てた。
「まず、分かっていると思うが昼は無理だ。作業するなら、店を閉めた後にな」
そして、2本目の指を立てる。
「2つ目、監視させてもらう。子供たちだけだと危険だからな」
最後に3本目の指を立てて、ニカっと笑う。
「これからも、ウチのケーキを贔屓して買って行くこと!」
「――っ! もちろんっス! ありがとうございますっス!」
コヨミは何度も頭を下げ、隣にいる俺も何度も下げた。
その様子を見て、店主が軽く手を振る。
「もういいから。じゃあ、また時間になったら来な」
「はいっス!」
話は終わり、俺たちは店から外に出た。
すると、コヨミがその場で小さく拳を握った。
「やったっスね!」
「……ああ……なんとか なった……」
これで一安心。
さて、食堂に帰るか。
俺はそのまま食堂の方へと歩き出した。
「あっ! ちょっと待つっス!」
だが、コヨミに呼び止められる。
「ん?」
「ナナちゃんの両親に話をしに行かないといけないっス!」
「あっ!」
ケーキ屋の事で頭がいっぱいだった。
そうだ、それも重要な事じゃないか。
足を反転させ、俺たちはナナの家へと向かった。
幸いにも、親は2人共家で作業をし、ナナは昼寝中。
話はスムーズに済んだ。
事情を聞いたナナの両親は、快くケーキの件を承諾してくれた。
これでやる事は全部すんだ。
後は、3人の会議がどうなっているかだな。
俺とコヨミは急ぎ足で食堂へと戻った。




