第86話
翌朝。
俺とコヨミは寸胴鍋の前に立ち、蓋に手をかけてゆっくりと開けた。
白く濁ったスープが白い湯気を立ち上げる。
俺はその湯気を、自分の鼻の方に流れるように手で仰いだ。
『……クンクン……』
変な臭みはなし。
トンコツ特有の匂いがする。
『……味はどうかな……』
小皿にスープを移し、口をつけた。
トンコツの旨味が口に広がる。
店のスープはもっとうまいだろうが、今の俺にとってはこれが最高にうまいスープなのは間違いない。
「……ゴブくん、どうっスか?」
コヨミの言葉に俺は頷いた。
「……出来た」
「ふは~……よかったっス~」
コヨミが肩の力を抜き、首をぐるぐると回す。
「これで失敗だったら、流石にへこむっスよ」
「だな……」
俺はもう一度寸胴鍋を見て、口角を上げた。
「今日 ラーメン 食う」
「お、本当っスか?」
「ああ。けど……ふあー」
俺は大きなあくびをして目をこすった。
このままでは駄目だ。
「……仮眠 取る……」
完全に今は集中力が切れている。
この状態で、麺作りをしたら雑になっておいしいものが作れない。
「……それ、賛成っス……ふわぁ~……ウチも眠いっス……」
コヨミは目をこすりながら、階段の方へと歩き始めた。
「ウチはミュラちゃんの様子を見るついでに、部屋で寝るっス」
「ああ。お休み」
「あれ? ゴブくんは寝ないっスか?」
「作業 もう ちょっと。後 椅子で 寝る」
「椅子っスか?」
「横 なったら、当分 起きれる 自信 ない」
熟睡してしまって起きれなくなるのが目に見えている。
なら、まだ椅子で寝た方が起きれるだろう……多分。
「なるほど、わかったっス」
コヨミは頷き、階段をのぼっていた。
『ふいー……ここまで来た……あと少しだな』
俺は冷やしていた豚バラ肉、玉子、タケノコを取り出して台の上に置いた。
先に、この3つを常温に戻しておかないと後々大変だからな。
『うし、これでよし……よっとっ』
俺は椅子に座り目を閉じた。
次の工程を考えているうちに、すぐに意識が遠のいていった。
「ゴ~ブッ!」
『グフッ!?』
明るい声と共に、お腹に強い衝撃が走った。
『……これは……間違いなく……』
ゆっくりと目を開けると、目の前にはミュラの笑顔があった。
「おはよう! ゴブ!」
「あ……ああ……おは よう……」
「ねぇ~ねぇ~! らーめん、きょうたべれるってほんとう!?」
「え?」
ミュラの後ろを見ると、コヨミが苦笑いをしつつ頬をかいていた。
なるほど、ミュラに全部話したのか。
「ああ、食べ れる」
俺はミュラをどかし、椅子から降りた。
まだ眠いが……仮眠をとったおかげでだいぶすっきりした。
スープは完成した。
後は一気に仕上げるのみだ。
『さて麺打ちの前に、チャーシューの仕上げだな』
俺は豚バラ肉を触り、常温に戻っているかを確認する。
『よし、これなら大丈夫そうだな』
かまどの上にフライパンを乗せ、豚バラ肉を置いた。
豚バラ肉を転がすようにして、全面に焼き色をつける。
「うわ~……いいにおい……じゅるり」
ミュラが涎を垂らしてにやけた顔をする。
「ねぇ~ねぇ~……」
「駄目」
俺はすぐさまミュラの言葉を遮った。
「ちょっ! まだ、なにも……」
「どうせ、そのまま 食べたい だろ?」
「うっ!」
図星だったのか、ミュラは顔をそらした。
『まったく……』
豚バラ肉の全面に焼き色が付いたら、フライパンから鍋へと移す。
そこに豚バラ肉が浸るくらい水を入れ、酒を100ml、蜂蜜を大さじ1、潰したニンニクを2片、スライスした生姜を1かけ、半分に切ったネギ1本、ローリエを1枚入れる。
そして、かまどの上に置いて、沸騰しないように気を付けながら煮ていく。
ついでに、別の鍋に昆布を入れてだし汁も作っていく。
途中で肉を転がしながら、じっくりと火を通していく。
十分に火が入ったのを串で確認して、火からおろす。
おろしたら、肉は取り出さないでそのまま煮汁に浸けておく。
ここで出してしまうと、肉の中まで味が入らないからな。
『よし、チャーシューはこのまま放置、次は麺だ!』
前の時と同じように小麦粉と水、かんすいを混ぜてこね始めた。
生地を伸ばして、厚みを揃えて切る。
そして、湯の中に入れて茹でる。
その間に重要なタレを。
器の中に塩8g、酒小さじ2、みりん小さじ1、昆布のだし汁を入れる。
だし汁はスープに対して約2割くらいだから……このくらいかな。
そこにスープを注いで、さっと混ぜる。
「うわあ……いいにおい……ねぇねぇ、そのスープのんでいい?」
ミュラの言葉を聞き流し、ザルを手にした。
麺を上げて、ザルを振ってしっかり湯切りする。
そうしたら器に入れて、スープと麺を馴染ませる。
最後にメンマ、半分に切った玉子、軽く炙った煮豚を乗せれば……。
「……完成!」
ゴブ特製の異世界とんこつラーメンだ。
「うわ……スープが真っ白っス」
「これがらーめん……」
コヨミとミュラが覗き込む目を輝かせる。
「さあ 食う」
3人で器を持ち、席へと持って行った。
そして、椅子に座り同時にフォークを手にする。
俺的には箸で啜りたかったが……まぁ、こればかりは仕方ない。
ここは日本じゃなくて異世界、箸で麺をすする習慣なんてない。
郷に入っては郷に従え、だ。
ミュラがフォークで麺を巻き、口へと入れた。
「……はむ……もぐもぐ……っおいしい! なにこれ! もちもちする~!」
「麺もっスけど、スープもいいっスね……魚介と違って、濃厚で……」
「良かった」
さて、俺も食うか。
まずはスープを一口。
『……ズズ……ああ』
そう、この味……塩とんこつと言えばこの濃厚な味だよ。
『次は……麺だ……はむ……もぐもぐ……』
うん……これこれ。
このコシがある麺……これぞ、まさにラーメン。
ああ、この世界でこの味、食感に出会えるなんて……。
カレーの時同様に目頭が熱くなってきたぜ。
しばらく無言で食べ、あっという間に中身が無くなった。
ミュラとコヨミの方を見ると、2人も食べ終わって汁までなくなっている。
「ゴブ、またらーめんたべたい!」
「ウチもっス」
俺も同じ気持ちだ。
気軽に食べれるなら、定期的に食べたい。
だが、労力の事を考えると、とてもそんなことは出来ない。
「……あ、ああ……そう……だな……気が 向けば な」
正直しんどすぎる。
『インスタントラーメンって……本当に、すごい発明だよな……』
俺は天井を見上げ改めてそう思うのだった。




