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第85話

 俺は寸胴鍋の前に立った。


「よし、ここ から 本番!」


「気合入ってるっスね」


「お~、なにかすごいのができそう!」


 俺は骨を寸胴鍋の中央に寄せ、隙間を作った。

 そして、そこに骨が完全に沈むまで水を入れる。

 かまどの上に置いて、強火で沸かす。

 ボコボコとお湯が沸いてくると、表面に灰色の泡が広がり始めた。

 この最初のアク取りが重要なんだよな。

 まだ落としきれていなかった血とか汚れだから、綺麗に取らないと臭みが出てしまう。

 俺は表面だけをなぞるように、そのアクをすくった。


『だが、取りすぎないようにっと……』


 主にすくうのは汚い泡だけだ。

 やりすぎると、骨の旨味も取ってしまう事になるからな。


 そのまま強火で煮ていると、水の量が減ってきた。

 俺は温度を落とさないために、お湯を継ぎ足した。

 水を入れると一気に温度が下がって沸騰が止まってしまう。

 それは絶対に避けないといけない。

 そして、足す量は減った分だけだ。

 増やしすぎると、味が薄まるからな。


 俺は1時間くらい、寸胴鍋を見続けた。

 アクの色が灰色から白っぽい泡へと変わっていく。


『いい感じだな』


 俺は火を強火から、中強火に落とした。

 火が強すぎると、水の減りが早くて管理が追いつかなくなるからな。


「ね~ゴブ~」


 椅子に座り、足をパタパタさせていたミュラが俺に声をかけてきた。


「ん? なん だ?」


「それ、ずっとやるの?」


「いや、そろそろ、他 入れる」


「おっ! もしかして、ぐ!?」


 ミュラが椅子をおり、俺の元へと駆け寄ってきた。

 その後を追うように、コヨミもついてくる。


 俺は玉ねぎを手に取り皮を剥き、半分に切った。

 次にネギも同じように半分に切る。

 ニンニクは皮ごと包丁の腹で押して、軽く割っていく。

 生姜は薄く切る。

 それらを寸胴鍋の中へと入れていく。


 火はそのままにして、沸騰を保つ。

 水がまた減ってきたら、お湯を足すのを繰り返していく。


「ねぇねぇ、ゴブ!」


 ミュラが俺のエプロンを引っ張った。


「これ、いつできるの?」


 目を輝かせて、楽しそうに聞いてきた。


「いつ? ……明日 だ」


「え?」


 俺の言葉にミュラが固まる。

 笑顔だが、目の輝きが消えていくのがわかる。


「あし……た?」


「明日」


「そんなにかかるの!?」


「それ くらい、煮ないと……」


「いますぐはだめなの!?」


「駄目」


「そんな~……あしたなの~?」


 ミュラはがっかりしたように、その場にしゃがみ込んだ。

 それを見て、コヨミが苦笑しながらミュラの肩を軽く叩いた。


「まぁまぁ、我慢っスよ」


「むぅ……」


 ミュラは顔をあげ、寸胴鍋を恨めしそうににらんだ。

 そんなことしても、出来ないものは出来ません。




『……よし、とりあえず鍋は安定したかな』


 これなら1時間おきくらいに確認すればいいだろう。

 今のうちに、タケノコの仕込みに入るか。


 自然に冷ましておいたタケノコを鍋から取り出す。

 そして、皮を剥き、包丁で縦半分に切った。

 本来なら、短冊切りのように切ってメンマの形にするが、ツクシ状だからこうするしかない。

 切り終えたら、タケノコを煮るのに使った鍋を洗い、水を200mlほど入れる。

 そこに塩を4g、酒を20ml、蜂蜜を小さじ2分の1入れて軽く混ぜる。


 混ぜたら、弱火のかまどの上に置いて沸騰しないように気を付けながらタケノコを入れる。

 全体を液に馴染ませるように軽く混ぜる。

 15分ほどゆっくりと火を通せば完成だ。

 ……が、俺はこれで終わらない。

 タケノコに味を吸わせた方がおいしい。

 味玉同様に、これも1晩置いておく。


 俺は器を用意し、メンマを煮汁ごと移した。


「ミュラ、これ 頼む」


 ミュラに声をかけたが、返事がない。


「あれ? ミュラ?」


 見ると、ミュラは頬を膨らませてそっぽを向いていた。


「……むぅ~」


『完全に拗ねてる……』


 となれば、ミュラのご機嫌取りはこれしかないな。


「ご飯 作る」


「「え?」」


 俺の言葉に、2人が同時に振り向いた。


「でも、あしたって……」


「今 食える やつ。おいしい」


「ほんと!?」


 予想通り、ミュラが目を輝かせた。


「ああ」


 俺は包丁を持ち、材料を切り始めた。

 タケノコの下部分を少し切って、それを歯ごたえが残る程度に細かめに切る。

 豚バラも少しだけそぎ落として、こちらは粗みじん切りにする。

 ネギとニンニクはみじん切りにする。


 まずは器にご飯を多めに入れて、そこに……。


「マヨネーズを使うっスか!?」


 俺がマヨネーズを手にした瞬間、コヨミが反応した。


「ああ」


 マヨネーズを使えばコクとパラパラ感が出るからな。


「それは絶対においしいっスね!」


 マヨネーズの信頼度がすごいな。

 ともかく、マヨネーズ大さじ1をご飯に入れて混ぜる。


 次に、フライパンを空いているかまどの上に置いた。

 やや多めの油と刻んだニンニクを入れて、中火で炒める。

 ニンニクがほんのり色づく手前で、切った材料を全部入れて炒める。

 そして、混ぜたご飯を加えて、ほぐしながら炒める。

 全体的に混ざったら塩とコショウを振って味を調えれば、チャーハンの完成だ。

 本当は卵も入れたかったが、今はないから仕方がない。


「わあ~! いいにおい! おいしそう!」


「完成。でも 完成 じゃない」


「へっ? なにいってるの?」


 ミュラが不思議そうに首をかしげた。


「もう 少し 手 加える」


 チャーハンを皿に盛り山の形に整えてから、もう1つの作業に取り掛かった。


 寸胴鍋のスープを少し取って別の鍋に移して、かまどの上に置く。

 そして、使うのは……失敗麺の麺だ。


『早速、役に立つな』


 失敗麺を細かくして、指でつぶしながら鍋に入れて混ぜる。

 麺が溶けてとろみが出たら、香り付けに生姜を少しだけ入れて煮る。

 後は塩を入れて、味を調えればあんの完成だ。


『そして、これをチャーハンの上にかければ……』


 あんのとろみがチャーハンに広がった。


「あんかけ チャーハン 完成!」


「おおっ! はやくたべたい!」


 ミュラは走って席に座る。

 コヨミも後に続いて即座に座った。


「マヨネーズがどうなっているのか、気になるっス!」


『はあ……相変わらず現金な奴らだな』


 俺は呆れつつ、あんかけチャーハンを席へと運び、椅子に座った。


「たべていい?」


「いいぞ」


「わ~い! はむっ!」


 ミュラはスプーンを持ち、すぐに口へと運んだ。


「もぐもぐ……おいしい!! ふしぎなしょっかん!」


「……もぐもぐ……うん、これはおいしいっスね。ただ……マヨネーズの味があまりしないのが残念っス」


 若干コヨミが残念がっているが、まぁ……成功かな。

 俺もチャーハンを口へと運んだ。


『もぐもぐ……うん、家庭のチャーハンって店とは違う、うまさがあるんだよなー』



 あっという間に皿が空になり、ミュラは満足そうにお腹をさすった。


「おいしかった~」


「それ よかった」


「よいっしょ」


 ミュラは椅子から降り、小走りで厨房に向かっていった。

 そして、メンマの器に指をさした。


「ゴブ~、これをこおらせればいいの?」


「ああ 頼む」


「わかった!」


 これで仕込み系は全部出来たな。




 その日の夜。

 俺は寸胴鍋の前に持ってきた椅子に腰かけ、様子を見ていた。


『徹夜とまではいかないが、睡眠不足は避けられないな』


 正直、このままでも食べられる。

 だが、どうせなら文字通り骨の髄まで食べたい。

 なにせ、久々のラーメンだからな。


「……また徹夜っスか?」


 コヨミが微笑みながら近づいてきた。


「そう だな……」


「そっか、じゃあ交代でやるっスよ」


「へっ?」


 コヨミの言葉に俺は目を丸くする。


「また倒れられると、困るっスからね」


「……あ……」


 それを言われると、非常に断りづらい。


「……じゃあ……お願い……」


「分かったっス」


 コヨミは笑顔で頷いた。

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