第82話
俺は並べた椅子の上でしばらく横になった。
まだ少し頭がぼんやりするが……これなら、もう歩き回っても大丈夫だろう。
『……よし』
俺はゆっくりと起き上がり、椅子から降りる。
「ゴブ、だいじょうぶ?」
ミュラが心配そうに声をかけてくる。
「ああ……もう 大丈夫 だ」
「ほんとう?」
「本当 だ」
そう答えると、ミュラは少しだけ安心したように頷いた。
と同時に、ミュラのお腹がクゥ~と鳴る。
「はうっ!」
ミュラは恥ずかしそうに両手でお腹を押さえる。
「もうお昼っスからね。ごはんを食べるっス」
「ああ。簡単 なの 作る」
「ゴブくんは休んでいていいっスよ。ごはんはウチが作……」
「大丈夫! 俺 作る!」
「え? でも……」
コヨミの料理の腕もだいぶ上がった。
しかし、それと同時に問題も出てきた。
それは……アレンジだ。
俺を真似してか、薬草をやたら入れようとする。
正解を引ければいいが、今のところ不正解率が高い。
これから麺作りに集中したいのに、テンションを下げられてたまるか。
俺はコヨミを押しのけ無理やり厨房に立ち、簡単な野菜スープを作ることにした。
昼食後、俺はもう一度厨房に立った。
「……よし、やるか」
「お、もう麺を作るっスか?」
「ああ」
麺作りの経験は、体験したそば打ちだけで……ラーメンの麺を作るのは初めてだ。
知識もネットの動画で見たものしかない。
『……それらを駆使して、完成させるしかない』
小麦粉を大きめの器に入れる。
次に別の器に水を入れて、そこにかんすいと塩を入れて混ぜる。
出来た水を一気に加える。
そして混ぜていく。
『……うーむ……』
粉はあっという間に、しっとりとした生地になった。
この時点で俺の記憶と違っていた。
けど、とりあえず続けよう。
そのまま軽くこねる。
そばの要領で押して、折りたたみ、また押すを繰り返していく。
『……こんなもんかな?』
器から生地を取り出し、台の上に置いた。
そして、麺棒を当てて転がした。
軽く力を入れるだけで、生地が広がっていく。
『……やっぱり、柔らかいような気がする……』
首を捻りつつも俺はそのまま伸ばし続け、厚みを整えた。
ある程度の大きさになったところで、生地を折りたたんだ。
そして包丁を手に取り、一定の幅で生地を切っていった。
『……これでよし。次は茹でる工程だな』
鍋に湯を沸かし、その中に切った麺を入れた。
最初は問題ないように見えた……だが。
『……あっ!』
麺が次々と崩れ始めた。
慌ててすくいあげようとするが、その甲斐もなく麺は鍋の中でバラバラになってしまった。
『マジかよ……』
見るからに大失敗。
こんなのは、到底麺とは言えない。
『はあ……』
俺は小さくため息をついた。
『いや、失敗は当たり前だよな……もう一回だ!』
簡単に出来たらラーメン屋は苦労しない。
何度も何度も作っていくしかない。
俺はすぐに次の小麦粉を器に入れた。
『……柔らかすぎたことを考えると、水が多すぎたか』
今度は、水を減らして挑戦だ。
先ほどより水を減らして混ぜた。
だが今度はぼそぼそとした塊のままで、まったくひとつにまとまらない。
この時点でわかる……これは完全に失敗だ。
『……くそっ! 次だっ!』
小麦粉の量を増やす、減らす。
こねる時間を増やす、減らす。
水の入れ方を変える、混ぜ方を変えるなどなど……俺は色々と試行錯誤をしながらひたすら麺作りを続けた。
もはや、何度繰り返したかわからない。
台の上には、失敗した麺が増えていく。
気づけば、窓の外は赤く染まり始めていた。
「ゴブくん、そろそろ休んだらどうっスか?」
背後から、コヨミが声をかけてきた。
「……まだ。もう 少し……」
短く答え、手を動かし続けた。
「でも、もう夜になるっスよ?」
「……」
「む~……ぜんぜん、やめるきがしないね」
ミュラが呆れたように呟いた。
「そうっスね……厨房も使えないし……しかたない、外でごはんを食べに行くっスか」
「うん」
「ゴブくんも……」
「俺 いい」
「いいって……もう……しょうがないっスね……」
2人は呆れた様子で食堂を出て行った。
『……』
その後も、俺はひたすら麺作りを続けた。
外は完全に暗くなり、ミュラとコヨミは先に寝てしまった。
それでも、俺はやめなかった。
『…………大体だが、ようやく形が見えてきたな……』
失敗の山を糧に、ソバ打ちや動画の内容を思い出しつつだいぶ要領が分かってきた。
小麦粉を器の中へと入れる。
そして、少量のかんすいと少し塩を水の中に入れて溶かす。
『……この水を……小麦粉に少しずつ加えていく……』
小麦粉を指先で混ぜつつ、湿った砂のような状態にする。
その状態になったら、両手で生地を集めて……手のひらで、押し潰す。
体重を乗せて、ぐっと圧をかけるように押す。
何度も何度も、それを繰り返していく。
『……はあ……はあ……こ、こんなもんかな……』
ああ、疲れる。
手打ち麺で出している店はすごいな。
出来た生地を乾かないように、濡らした布で包む。
そして、そのまましばらく生地を休ませる。
『……ふぅ……ちょっとした休憩だ』
30分ほど休ませたら、布を外して生地を取り出す。
それを台の上にのせて、軽く押して生地を均一にする。
生地の上にくっつかない様に小麦粉を全体的に振る。
『うし! やるか』
麺棒を生地に当てて、転がして伸ばしていく。
均一に押し広げて、薄い1枚の板のようにする。
出来たら、それを折りたたむ。
畳んだら、包丁で一定の幅で切っていく。
『……仕上げだな』
出来た麺を、湯が沸いた鍋の中へと入れる。
麺は崩れず、形を保ったままだ。
もうそれだけでうれしいと思ってしまうな。
1分ほど麺を茹でて、ザルで上げて湯切りする。
『……さぁ……どうだ?』
俺は不安に思いつつも、麺をすすった。
『――っ!』
この食感は……。
俺はもう一口、麺をすすった。
『もぐもぐ…………これだ、ラーメンの麺だ!』
とはいっても、店やインスタントの麺に比べたらまだまだだ。
しかし、今の俺にとってはまさにラーメンの麺だ。
思わず拳を握り、体が震えた。
『やった……』
ついに、ついに出来た。
ようやくたどり着いたぞ。
『やったああああああああああ!』
「ちょっ! えっ!? ゴブくん!? まだ作ってるっスか!?」
コヨミの声に振り返った。
そこには、目を丸くしたコヨミが呆然と立っていた。
「まさか、徹夜したっスか?」
「……へっ?」
その言葉に、窓の方を見る。
いつの間にか外が明るくなっていた。
『……』
いつの間にか朝になっていたのか。
「はは……そんな 時間……たってた……のか……」
それがわかった瞬間、一気に体から力が抜けて、その場に倒れ込んだ。
「ちょっ! ゴブくん!」
コヨミが慌てて駆け寄ってくる。
視界が狭くなり、コヨミの声が遠くなっていき……俺の意識は沈んでいった。




