第81話
翌朝。
「ほんとにいくの?」
ミュラは腕を組み、頬をぷくっと膨らませて不満そうな声を出した。
無理もない。
今日は俺とコヨミで、かんすいが湧いている山へと行くことになっているからだ。
「ミュラちゃんは留守番っス」
コヨミがはっきりと答えた。
「なんで~!」
ミュラが両手をバタバタと動かし抗議する。
「ミュラもいきたい!」
「ダメっス」
ミュラの言葉に、コヨミは即答した。
「昨日の夜に話したっス。山の奥は危ないっス、そんなところに、ミュラちゃんを連れていくわけにはいかないっス」
「でも!」
「でも、じゃないっス」
コヨミは腕を組み、きっぱりと言う。
ミュラはまたむーっと頬を膨らませた。
『はぁ……仕方ない』
その様子を見て、俺はため息をついた。
駄々をこねるミュラを収めるには……これしかない。
「帰ったら うまいもの 作る」
すると、ミュラがぴくっと反応した。
「おいしいやつ?」
「すごい うまい やつ」
「ほんと?」
「本当。だから 留守番 する」
「ん~……」
ミュラは少し考えるそぶりを見せた。
だが、答えはもう決まっているのがよくわかるぞ。
なにせ、少し口角が上がっているのが見えているからな。
「……しょうがないなぁ~……おるすばんする」
「お願いっス」
コヨミは軽く笑いつつ、ミュラの頭をやさしくなでた。
「それじゃあ、行くっスか」
「ああ」
コヨミが俺をひょいと抱え上げる。
「近道して行くから、しっかりと掴まっているっスよ」
『……え? 近道って――』
次の瞬間、目の前の景色が吹き飛んだ。
『うぎゃあああああああああああああああああ!』
凄まじい速さで、家々の屋根がどんどん流れていく。
コヨミが屋根伝いで走っているからだ。
ジェットコースター並みの恐怖を全身で感じている。
あの時、ミュラが叫んでいたのも理解できる。
あっという間に食堂が遠ざかり、港町の建物は小さくなり、道は細い線のように流れていく。
「ちょっ……はや――!」
「え? このくらい普通っスよ」
コヨミはケラケラと笑いながら走り続ける。
こんなの普通じゃない。
以前、運んでもらったときは体感で言うと車並みの速さに感じた。
だが今は新幹線並みの速さに感じる。
ミュラが青白い顔をしていたのは、これスピードのせいだったのか。
港町の外へ出たかと思えば、すぐに山道に入り、木の枝の上に飛び移る。
そして、枝から枝へと飛び移り、どんどん山の奥へと入っていった。
森の中を、まるで風のような速さで駆け抜けていく。
『ぐおおおおおおおおおおお!』
「そんなに叫ぶと、舌を噛むっスよ」
そんなことを言われても、この状況だと叫んでしまうっての。
何せ視界がぐるぐる回っているんだからな。
そんな絶叫マシーンに揺られること数分。
コヨミが地面に着地して止まった。
「よっと……この辺っスね」
『……』
俺はもはや声が出ず、全身の力が抜けぐったりしていた。
「あれ? ゴブくん? 寝てるっスか?」
「……起き てる……」
あんな状況で寝れるわけがないっての。
「良かったっス。ん~と……」
コヨミは辺りをキョロキョロと見回した。
「その水が湧いているのは小さな泉で、石に白い結晶がついていて、周辺の植物が少ない……だったっスよね?」
「……あ……ああ……そう……だ……」
料理人の話だと、そこにかんすいが湧いているらしい。
コヨミは見回しながら、ゆっくり歩き始めた。
「……え~と…………ん? あっ! ゴブくん! 見て見て!」
コヨミが立ち止まり指をさした。
俺は力を振り絞り、その先を見る。
そこには開けた小さな泉があった。
周りの石は白い結晶で覆われ、植物も少ない。
「間違いなく、あれっス!」
コヨミは駆け足で泉の傍まで歩き、俺を地面に下ろした。
『うぷっ……地面が……揺れている……感じだ……』
俺はふらふらと泉へ近づき、水面を覗き込んだ。
色は着いておらず、無色透明。
『……』
震える手で、泉の水をすくった。
『……少し、ヌメリ気があるな……味は……』
すくった水を口に入れると、わずかな苦みを感じた。
これは普通の水じゃない。
俺が求めていたかんすいに間違いないだろう。
『この水が……かんすい』
俺は拳を握った。
「コヨミさん、この 水 だ」
「やっぱり、これが目的の水っスね。今瓶を出すっス」
コヨミは背負っていた袋から瓶を取り出す。
俺はその瓶を受け取り、かんすいを汲んでいった。
試作の事も考え、10本の瓶でかんすいを回収した。
「よいしょっと……やっぱり少し重いっスね」
コヨミが瓶の入った袋を背負う。
どう考えても少しじゃないと思うが……。
「さて、戻るっスか」
「え? あ、ああ……」
そして、コヨミはまた俺を抱えた。
無論、帰りも……。
『うぎゃああああああああああああ!!』
この絶叫マシーンに乗らないといけない。
食堂に戻った頃には、俺は完全にぐったりしていた。
そのまま地面に足をつけた瞬間、膝が笑い、視界がぐらりと揺れて、その場に倒れた。
休んでいる暇はない、今すぐに麺を作る……と言いたいのだが、到底そんな元気はない。
「ゴブ、だいじょうぶ?」
ミュラが心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
「あ……ああ……大丈……夫……」
とても大丈夫じゃない声が出る。
これはしばらく休んでから、麺作りに入る方がいいな……。




