第80話
「「?」」
持ち上げた麺を見つめている俺を見て、ミュラとコヨミが眉をひそめて首をひねった。
『……』
胸の奥が熱くなる。
この世界に来てから、食べられなかったものの一つ。
それが今、目の前にある。
『…………ラーメン、食べたい』
ラーメンを食べたことがある人なら、恐らくわかるだろう。
何故か、無性にラーメンを食べたいと思う衝動に襲われる時がある。
今の俺は、まさにその状態に陥っていた。
『……これもう……作るしかない!』
その衝動を解消する方法は簡単だ。
食えばいい。
食えないなら、ラーメンを自分で作ればいい。
流石に1から麺を作ったことはない。
だが、何の材料で作るかは大まかに知っている。
失敗しても、何度でも作って、納得いくまで改良すればいい。
そのためには……まず、この麺の作り方を知らねばならぬ。
俺は顔をコヨミの方に向けた。
「コヨミさん」
「ん? どうしたっス? やっぱり、口に合わな……」
「この 麺 作る とこ……見たい」
「……え?」
俺の言葉に、コヨミの動きが止まった。
「麺を作るところを見たいって……あの厨房の中に、入りたいってことっスか?」
コヨミが厨房の方に指をさす。
その指差す先を見て、俺は頷いた。
「そう、どうしても 見たい。見学 頼めない?」
「いやいやいや……」
コヨミが困った顔をして横に振った。
「そんな事、いきなり言っても見せてくれるわけないっスよ」
「頼む!」
俺は、テーブルに両手と頭をつけて頼み込む。
「いや……そんなことをされても……とっとにかく、頭を上げてほしいっス。恥ずかしいっスよ」
コヨミは完全に困った様子で、無理やり俺の頭を持ち上げた。
そんな俺を、ミュラがきょとんとした顔で見つめる。
「ゴブ、そんなにめんすきだった?」
「好き」
俺は即答で答えた。
ただ、麺というよりラーメンが好きなんだがな。
「お願い!」
俺はコヨミを見つめた。
「いや、だから…………」
コヨミは自分の頬をかく。
「少し だけ」
「……そういう問題でも……」
コヨミは唸った。
俺はじっとコヨミを見つめ続ける。
「頼む!」
「……んん……」
「コヨミおねぇちゃん。ゴブのおねがい、きいてあげようよ?」
「……んんん……」
コヨミは苦虫を噛んだような顔をし、大きなため息をついた。
「はあぁ~……分かったっスよ!」
コヨミは降参したかのように、小さく両手を上げた。
「分かったっス! 聞くだけ聞くっス! けど、断られても文句なしっスよ?」
「ああ」
俺は力強く頷いた。
「すみませんっス」
コヨミが右手を上げて、声をかける。
すると、さっきの店員が近づいてきた。
「はい? どうかされましたか?」
「あ~……え~と……」
コヨミは少し言いにくそうに口を開いた。
「ちょっと、お願いがあるんっスけど……」
「はい……?」
「この麺を作ってるところ、見せてもらうことって……できるっスか……ね?」
コヨミの言葉に店員の顔が固まった。
当然の反応だわな。
「……へっ? えっと……麺……ですか……?」
固まっていた店員の顔が、みるみる困惑した表情になる。
「そうっス……ウチ、料理人でして……おいしい麺だったので……作り方を知りたいな~っと……」
「はあ……いや、それでもお客様を厨房の中に入れるのは、ちょっと……」
うーむ、やっぱりダメか。
なら……せめて、アレのことだけでも聞きたい。
「コヨミさん、ちょっと」
俺はコヨミに手招きをした。
「ん? なんっスか?」
その手招きに、コヨミが顔を近づける。
俺は小声で質問してほしいことを頼んだ。
「この麺 使ってる水 どこで 手に入れた。それ、聞いて ほしい」
「……え? 水っスか?」
コヨミが俺の方を見る。
「ああ、せめて それ だけでも」
「わっわかったっス」
コヨミは姿勢を正し、困惑する店員に話しかける。
「えと……じゃあ、この麺に使ってる水は、どこで手に入れたっスか? それだけでも、教えてほしいっス……」
「水……ですか?」
店員は目をぱちくりさせ、ぽかんとする。
「みず?」
ミュラも首を傾げた。
「そうっス。水っス」
「え? えっと……」
店員は完全に困っていた。
それはそうだ。
水だけを聞く客は普通いないものな。
店員は少し考えたあと、口を開いた。
「わかりました……少々お待ちください」
そう言って、店の奥へ歩いていった。
それを見てから、コヨミは俺の方に振り向く。
「ゴブくん、なんで水なんスか?」
「水 重要」
「へっ? 粉とか材料じゃなくてっスか?」
俺はコヨミの言葉に頷く。
「そう。水 1番」
確かに粉も大事だ。
しかし、ラーメンの麺において1番は水……かんすいの存在だ。
かんすいでしか、あのラーメン特有の食感を出すことは出来ないからな。
それからしばらくして、店の奥から店員とは違うがっしりした体格の男がこっちに歩いてきた。
白い作業着を着ているところから、この麺を作った料理人だろう。
「君かね?」
俺たちの前まで来た男性が低い声で尋ねてきた。
「水のことを聞いたのは?」
コヨミが頷く。
「そうっス」
男性は腕を組み、口角を上げた。
「まさか、水が違うことに気付く客がいるとは思わなかった。どうして分かった?」
「……へっ? あっ……え~と……」
予想外の質問に、コヨミが動揺してしまう。
そこまで説明していなかったからな。
仕方ない、ここは俺が出るか。
「麺 食感 違う。そう だった な?」
「あ~……そ、そうっス! あの食感は粉じゃなくて、特殊な水を使っているんじゃないかと思ったっスよ!」
「ほほう。あんたも、料理人か?」
コヨミが頷く。
「そうっス。小さな食堂を開いてるっス」
「なるほど……それなら納得だ」
男性は腕を組んだまま少し考え、口を開いた。
「いいだろう。そこまで気付いたなら、教えるよ」
そう言うと男性は人差し指で窓をさした。
窓の向こう側に見える緑の山を。
「この麺に使っている水は、あの山の奥に湧き出ているんだ」
『……あの山に……かんすいが!』
俺は思わず、両手を固く握りしめた。




