第121話
「えと……みんな、よろこんでくれた……かな?」
ミュラの声に、俺はサッと目を拭いた。
「……ああ。嬉 しい」
「ウチも、すごくうれしいっス!」
「ミュラちゃん、大切にするの!」
「へっ、ありがとよ」
「僕も大事にするね」
「私も嬉しいです」
「ほとんど関わりのない私まで……ありがとうございます」
それぞれの反応に、ミュラは満足そうに笑った。
「えへへ……よかった~」
これは一生の宝物になるな……。
「さっ、デザートの シャーベット、作る」
「わ~い! シャーベット!」
俺は厨房へ戻ると、リンゴを1個手に取って表面を水で洗い、皮を薄く剥いた。
皮を剥き終えたところで半分に割り、芯の部分を刃先でくり抜いてから一口大くらいの大きさに切って、すり鉢へと入れる。
そこにレモン汁、砂糖、はちみつをそれぞれ大さじ1加えて、すりこぎ棒でリンゴを押し潰すように擦りながら全体を混ぜていく。
『…………ふぅ、こんなもんかな』
ペースト状になったところで、手を止めた。
ミュラに作った時は、すり鉢なんて無かったからな……見るからにリンゴの細かさが違うのが判る。
本来はこのくらい滑らかにならないと駄目なんだよな。
これを器に移し替えて……。
「ミュラ、これ 冷やす」
「あ、うん。まかせて~」
呼ばれたミュラが厨房に駆けてきて、器を両手で受け取った。
そして、ペースト状になったリンゴを凍らせた。
俺は凍った器を受け取り、中をフォークで細かく崩しながら全体を掻き回した。
「ミュラ、もう 一度」
「うん!」
俺はもう一度ミュラに頼んで凍らせてもらい、固まったらまたフォークで崩していった。
それを3回ほど繰り返せば、シャーベットの完成だ。
「出来た」
俺は器をミュラに手渡した。
「わぁ!」
ミュラは目を輝かせながら、席へと戻った。
そして、スプーンを手に持ちシャーベットをすくって口へ入れた。
「ん~……おいしい!」
ミュラはもう1口すくって口へ運び、そのまま頬張った。
「……けど……なんか、しょっぱいや……」
『ん? しょっぱい?』
おかしいな。
そんな、しょっぱくなる様な物を入れてないはずなんだが……。
そう思いつつ、ミュラの方を見た。
『……あ』
ミュラの瞳から流れる涙が、シャーベットの上に落ちていた。
「……」
俺は無言のまま、次のシャーベットを作るためにブドウへと手を伸ばした。
日も暮れた頃には料理も無くなり、俺たちは後片付けを始めていた。
「……食器、これで 終わり」
「ありがとうっス」
手に持っていた食器を、コヨミの横に置いた。
コヨミはその食器を手に取り、洗い始める。
「コヨミお姉ちゃん、床はき終ったの」
「こっちも終わったぜ」
ナナとターンの声にコヨミが顔を上げた。
「あ、お疲れさまっス。片付けも手伝ってくれて、ありがとうっス」
「ううん、気にしないでほしいの」
ナナはそう言いつつ、手に持っていた箒を壁に立てかけた。
「外はもう暗いですし、私は子供たちを家に送り届けてきますね」
ノルンの言葉にヒヅキが剣を腰に差し、ノルンの隣に並んだ。
「では、私も一緒に」
「え? ヒヅキ、ここに泊まっていかないっスか?」
その言葉を聞いたヒヅキが首を横に振る。
「ううん、今日は宿をとってあるからそっちに泊まるわ」
ヒヅキ、最後まで俺たちに気を使ってくれているんだな。
コヨミもそれを察したのか、それ以上引き止める事はなかった。
ノルンとヒヅキは子供たちへ声を掛け、食堂の入口へと向かう。
「じゃあ、姉さん。明日の朝、港に集合ってことで」
「わかったっス」
「ミュラちゃん、バ……また明日なの」
「だね、また明日」
「じゃあな」
「うん、またあした」
子供たちは手を振りあい、食堂から出て行った。
パタンと入り口の扉が閉まる。
「……みんな、かえっちゃったね」
「そう……だな……」
さっきまで、人が多かったからか急に食堂が広くなったように見えた。
「……」
静かになった食堂の中央で、ミュラがしばらく床を見つめていたが、やがて何かを思いついたように顔を上げて俺とコヨミを見つめた。
「ねぇ! きょう、ここでさんにんでねない!?」
「……はぁ? ここ?」
俺が聞き返すと、ミュラが大きく頷き、食堂の床に指をさした。
「そう! しょうどうでねたい!」
「いやいや……こんな ところで――」
俺が呆れた声を出すと同時に、隣にいたコヨミが頷いた。
「いいっスね、それ」
「寝……はあ?」
俺は思わずコヨミの方を見た。
コヨミは笑顔で、とても冗談を言っているようには見えない。
「最後くらい、ここで寝るのもいいと思うっス!」
「マジ かよ……」
「マジだよ~!」
「マジっス!」
多数決で完全に負けだな、こりゃあ。
仕方ない。
「……分かった」
「やった~!」
ミュラが嬉しそうに両手を上げた。
俺たちは夜の支度を済ませてから2階へ上がり、布団を3組抱えて階段を下りた。
「ゴブはこっち!」
先に布団を敷いたミュラが、右側の床をパンパンと叩いた。
「そこ?」
「うん、ここ!」
俺はミュラに言われるがまま、右側の床に布団を敷き始めた。
「コヨミおねえちゃんはこっち!」
今度は左側の床をパンパンと叩く。
「ウチはそっちっスね」
コヨミも言われるがまま、左側に布団を敷いた。
俺、ミュラ、コヨミの順番で川の字状態だ。
「なんか、ここで布団を敷いて寝るのは新鮮っスね」
コヨミはケタケタと笑い、俺たちが布団に入るのを見て食堂の明かりを落とした。
そして、自分の布団まで来て横になる。
「…………ゴブ、コヨミおねえちゃん。て、つないでいい?」
「いいっスよ」
「かまわない」
「やった!」
ミュラは嬉しそうな声で、伸ばした俺の手を握った。
「……あったかい」
「それは良かったっス」
「きょうは、たのしかった~。おいしいものもたべれたし」
「それは 良かった」
「…………ゴブとはじめてあったとき、ほんとうにこわかった……」
「……」
「でもね。すぐにわかったよ、わるくないゴブリンだって」
「そう……か……」
「コヨミおねえちゃんとのおもいでは~やっぱり、あのまずいスープかな」
「……あれは本当にショックだったっスよ……」
ミュラはゆっくりと思い出を話し始めた。
「あ、そういえば――」
ミュラが話すたび、俺とコヨミが返事をする……ミュラが疲れて寝てしまうまで、話は続いた……。
翌朝、俺たち3人で手をつないで港へ向かった。
港にはターン、カル、ナナ、ノルン、ヒヅキが待っていた。
「ミュラちゃん!」
ナナが駆け寄って抱きつき、ミュラもその背中へ腕を回す。
「ナナちゃん、またね!」
「うん……またね!」
ミュラは顔を上げ、ターン、カル、ノルンの方を見る。
「ターンも、カルも、ノルンおねえちゃんも……またね!」
「ああ」
「うん」
「元気でね」
ヒヅキは少しためらいつつ、ミュラの傍へと近づく。
「……それじゃあ、行きましょうか」
「…………うん」
ミュラは小さく頷き、ナナから離れる。
そして、ヒヅキの手を取って船へ向かった。
タラップを上がり、甲板へ出たミュラが手すりまで駆け寄り、大声を上げた。
「みんなああああああああ! またねえええええええええええええ!」
ミュラが大粒の涙を流しながら、大きく手を振る。
俺たちも大きく手を振り返した。
船がゆっくりと動き出し、岸から離れていくにつれて、ミュラの姿が少しずつ小さくなっていく。
ミュラは手を振り続け、俺たちも手を振り続けた。
やがて、船の姿が遠くなり、ミュラの姿も見えなくなっていった。
俺はしばらくその場所を見つめたまま、ゆっくりと手を下ろした。
そして――ミュラが旅立って10年の月日が経った。




