最終話
高台の頂上まで続く坂道を上りきり、俺は肩に掛けていた看板を下ろすと、小屋の扉の横にある金具へ紐を引っかけた。
そして、少し後ろへ下がってから首を傾ける。
『ふーむ……ちょっと右に傾いているかな?』
看板に近づき、位置を調整して再度後ろへと下がった。
『……うん、これでいいな』
俺はしばらくその看板を眺め、口角を少し上げた。
【雪月花】と書かれている看板が、風でカタカタと少し揺れる。
『小さなレストラン【雪月花】……俺が料理をする場所は、今日からここだ!』
俺はウキウキしながら小屋の扉を開けると、カランと扉の上に取り付けた小さな鐘が鳴る。
その音に俺は満足しながら中へと入った。
この小屋はミュラと見つけ、ミュラと一晩過ごし、ミュラを見つけた場所。
小屋の事を調べてみると、予想した通り元々は老人が1人で住んでいて、その後、息子夫婦と一緒に暮らすことになったらしい。
そして空き家となり、コヨミたちが動いてくれて、俺がここに住んでもいいことになった。
それから俺は少しずつ手を入れて、壁を直し、床を張り替え、厨房を作り、小さなレストランとして改築した。
専門業者に頼めばもっと綺麗に、もっと立派に出来たけど、そんなお金の余裕はないし、何よりこの場所は自分自身の力でやり遂げたいと思った。
板の継ぎ目が少しずれているところもあるし、壁も場所によっては歪んでいるが……これも愛嬌という事で……。
色々あったが、今日ようやくレストランとして開く日が来たわけだ。
俺は、椅子を一脚引いて腰を下ろしてから両手を膝に置き、扉を眺めた。
『後は客が来るまで、ここで待つのみだ』
今日、来る客は決まっている。
コヨミたちだ。
10年前と比べれば、みんな随分変わった。
コヨミはこの10年で料理の腕を上げ、今では自分の食堂……月牙の食堂の味をしっかり出せるようになった。
と同時に、手伝っているうちに俺も自分の店を持ちたい、そう思うようになった。
だから、このレストランを開いたわけだ。
ターンは冒険者となり、ノルン達と一緒に行動しながら修行を続けている。
カルは植物の研究者になるために勉強を続け、ナナは看護師として病院で働いている。
ヒヅキは小隊長に任命されるほど出世した。
みんな、それぞれの場所で思い思いに生きている。
ミュラは……どうしているだろうか……。
『……ん? ……プッ』
窓のガラスに映る、顔を隠している自分の姿を見て、ふと5~6年前のことを思い出して笑ってしまう。
ターン、カル、ナナに俺がゴブリンだと話した。
すると、ターン、カル、ナナが目を丸くして固まっていた。
『あのときの、驚いた3人の顔はすごかったよな……未だに忘れられん』
正直、正体を明かすことが怖かった。
明かすことで、嫌われ、距離を置かれてしまうのではないかと……そう思った。
けど、ずっと3人をだまし続けるのも裏切り行為だし、後ろめたさがあったから正直に話した。
確かに3人は驚いていたが、それでも俺をすんなりと受け入れてくれた。
むしろ、しゃべったり料理ができるゴブリンがすごいと褒めてくれた。
そのことが、今でも嬉しい。
俺は膝の上で指を組み直し、扉に視線を戻した。
『……遅いな』
正直、開店と同時にみんなが来ると思っていたんだが……。
俺は立ち上がって窓に近づき、外をのぞき込んだ。
だが、こちらに向かってくる人影は一切ない。
『……今日だって、ちゃんと伝えたのにな……』
俺は首を傾げつつ、厨房へと入った。
今はすることがないので、包丁を取り出して手入れを始めた。
開店から30分はたった。
しかし、いまだに誰も来ない。
『……おいおい……まさか、忘れてるんじゃないだろうな?』
だとしたら、薄情な奴等だぜ。
仕方ない……声を掛けに行こう。
そう思い、立ち上がろうとした……その瞬間――。
カランと扉の上に取り付けた小さな鐘が鳴った。
『っ!』
やれやれ、やっと来たか。
さて1番乗りは誰かな。
俺はワクワクしながら入口に顔を向けた。
『……へっ?』
だがレストランに入ってきたのは、大きめの麦わら帽子を深く被り、白いワンピースを着た女性だった。
麦わら帽子で顔はよく見えないが、コヨミ、ナナ、ノルン、ヒヅキじゃないのはわかる。
『……誰だ……?』
女性はレストラン内を少し見回し、俺に視線を向けると、小さく笑った。
「こんにちは」
「……こん にちは……」
女性は透き通った綺麗な声だった。
この声は聞いたことがない、となると俺の知らない人のようだ。
「友達が、このレストランを紹介してくれたんですが……入っても?」
「……友達?」
ここを紹介できると、コヨミたちだけだ。
となれば、その中の誰かが教えたって事か。
おいおい……なんで最初の客が、友達の友達で知らない人になるんだよ。
なんか、あいつら裏切られた気分だ。
『けど、客は客だ。ちゃんとしないとな……ゴホン』
俺は気を取り直して、席に手を差し伸べた。
「はい、大丈夫 です。そちらの 席 お座り ください」
「ありがとう」
女性が椅子に座り、俺はコップに水を入れて、席へと運んだ。
女性はメニューに目を通した後、俺の方を見る。
「注文、いいかな?」
「はい」
「シャーベットを1つ」
「……へっ? シャーベット……?」
なんでシャーベットなんだ。
シャーベットなんかこんなところで作れるわけないから、メニューに書いていないんだぞ。
「うん。リンゴ味がいいかな」
女性は楽しそうに頷いた。
「いや……シャーベットは……作れ ない。というか、なんで シャーベット……?」
俺がアタフタしていると、女性が口元を押さえてクスクスと笑い始めた。
俺は眉を寄せたまま女性の顔を見つめて首を傾げた。
「ふふっ……」
「……?」
一体、何がおかしいんだ。
どういう事なんだ、訳が分からない。
「だったら~」
女性は麦わら帽子へ手を掛け、そのままゆっくり持ち上げた。
すると、帽子の影から、水色の長い髪がさらりと背中を伝って落ちた。
「……水色の……髪……」
俺はその髪を見た瞬間、雷に打たれたように体がしびれた。
そして、女性が顔を上げて、大きな黄色い瞳で俺を見つめながらニカッと笑った。
「じゃあ、私が手伝おうか?」
そう言って人差し指を上げた。
次の瞬間、その指先に氷の塊が現れた。
「――っ! ま、まさか……ミュラ……なの……か?」
俺の言葉に、女性の目が細くなる。
そして――。
「そうだよ! ゴブ!」
女性……ミュラが勢いよく俺を抱きしめた。
「……会いたかったよ! ゴブ!」
「……」
俺は突然の事にただただ放心していた。
しかし、ぬくもりが……懐かしいぬくもりが俺を包む感覚だけは感じ取れた。
「……俺も 会いた かった……」
俺も腕を回し、ミュラの背中を抱きしめた。
そして、ゆっくり口を開いた。
「……おかえり……ミュラ……」
そう言うと、ミュラの肩がピクリと動き、俺から離れる。
そして、涙を流しつつとびっきりの笑顔でミュラは元気に返事をした。
「……ただいまっ! ゴブッ!」
ゴブめし!~ゴブリン料理の隠し味は異世界転生者~ ――終――
「ゴブめし!~ゴブリン料理の隠し味は異世界転生者~」のご愛読ありがとうございました。
以上を持ちまして、ゴブの物語は幕を閉じます。
この作品をお読み頂き、評価やブクマ登録、本当にありがとうございます!
今作のテーマは「料理」でしたが、いかがでしたでしょうか。
この作品で、この料理が食べたくなった、この料理を作ってみよう、そんな気持ちを持ってもらえたでしょうか。
ご意見、ご感想等を頂ければ幸いです。
今後も自分の作品をお読み頂ければ幸いです。
2026/08/29 コル




