第118話
翌朝、俺はミュラとコヨミと一緒に大通りを歩いていた。
ミュラは俺とコヨミの手をそれぞれ握り、左右に揺らしながら機嫌よく歩いていて、俺とコヨミはそんなミュラに歩調を合わせながら、ゆっくりと歩いている。
「きょうは、どこからいくの?」
「まず 果物屋 だな」
「わかった!」
ミュラが声を上げて俺たちの手を引っ張った。
それに合わせ、俺たちも少しだけ歩く速度を上げた。
「……」
昨日まで何とも思わなかった大通りなのに、今日は切なさを感じる。
これが、最後の買い物になる……そう思うと胸の奥がモヤモヤして仕方ない。
俺は握っているミュラの手に少しだけ力を込め、そのまま果物屋へ向かった。
「とうちゃく~」
店先に並ぶ果物を見たミュラが足を止めた。
「リンゴ 買う。ミュラ、あとは 何 食べたい?」
「あと? ……う~んとね……」
ミュラは腕を組み、並んだ果物を一つずつ見比べながら首を傾げた。
しばらく悩み、ミュラはイチゴに指をさした。
「イチゴ! ……あと、ブドウもたべたいな」
「わかったっス」
コヨミはリンゴとイチゴ、ブドウを選んで店の人に渡し、お金を払ってから袋を受け取った。
「つぎは?」
「魚屋 だな」
「おさかなね」
俺たちは店を出て、再び3人で大通りを歩き始める。
ミュラはまた俺たちの手を引きながら先へ進み、俺はその横顔を見てからコヨミへ視線を向けた。
コヨミは微笑みながらミュラを見て歩いていたが、その微笑みは寂し気にも見えた。
多分、コヨミも俺と同じことを思っているのだろうな。
やがて魚屋へ着くと、並べられた魚を眺めながら、俺はミュラに尋ねた。
「アユ 買う。ほかに 食べたい魚 あるか?」
「またえらんでいいの? う~んと……あっ」
ミュラは魚を見比べたあと、ふと思い出したようにコヨミを見上げた。
「コヨミおねえちゃん。ミュラとはじめてあったとき、たべてたおさかなってなに?」
「……へっ?」
突然の言葉にコヨミが目を丸くする。
「ほら、ミュラたちがはじめてしょくどうにいったとき、やきざかなたべてたじゃん」
「あ、ああ……そういえばそうだったっスね……え~と……」
ミュラの奴、よく覚えていたな。
俺なんてすっかり忘れて……いや、その後のコヨミスープのあまりにも衝撃が強すぎて吹き飛んでたわ。
「…………あっ! 思い出したっス。食べたのはアジっスね」
「じゃあ、それにする!」
「わかったっス」
コヨミがアユとアジを選び、店の人にお金を渡した。
「ミュラちゃん、よく覚えてたっスね……」
「だって、おいしそうだったもん」
ああ、なるほど。
いつもの食欲で覚えていたわけね。
魚を受け取って店を出ると、俺たちはまた大通りを進んだ。
次に向かった八百屋では、もう何を買うか決めてあるからすぐに終了だ。
ジャガイモ、ニンジン、ダイコン、玉ねぎ、ニンニク、キャベツ、ネギ、コーン、エンドウマメ、トマト。
今日の主役たちだ。
あとは肉屋に行って、肉を買えば買い物終了だな。
そう思って歩き出したところで、コヨミが少しだけ足を緩めた。
「……ゴブ君」
「ん?」
「ちょっと遠回りしていかないっスか?」
その言葉だけで、コヨミの気持ちがよくわかる。
……少しでも長く、ミュラと一緒にいたいんだな。
「そう だな」
肉屋へ着いて必要な肉を買ったあとも、俺たちはすぐに食堂へ戻らず、3人で大通りを外れて別の道へ入り、談笑しつつゆっくりと歩いた。
遠回りを終えて食堂へ戻る頃には、太陽も少し高い位置まで昇っていた。
「ただいま~!」
ミュラが食堂の扉を開け、中に入ると同時に大きな声を上げた。
これが最後だとミュラも思っているのか、その表情は寂しそうでもあった。
「……じゃあ、俺 料理 始める。2人とも 飾り付け お願い」
「うん!」
「了解っス」
ミュラのお別れ会だから、飾り付けをするのはミュラ以外の人がする……はずなんだが、なぜかミュラもやりたいと言い出した。
それはおかしいといったのだが、ミュラは引き下がらなかった。
結局、自分のお別れ会の準備を自分がするというよくわからない状態になりヒヅキ、ノルン、ターン、カル、ナナは少し遅れて準備に合流することになった。
もう少しすればみんなが食堂にやってくる。
みんなが来れば慌ただしくなるから、さっさと作業を済ませていこう。
俺は厨房に入り、買ってきた食材を台の上へ置いた。
『さて……始めるか』
まずはトマトを3つ取り出して、ヘタの反対側に十字の切り込みを包丁で入れる。
次に、鍋へ水を張ってかまどの上に置いて火にかけて沸騰させる。
その間に、玉ねぎをざく切りにして、ニンニクは薄く切り分ける。
湯が沸き始めたところで、トマトを1つずつ沈めて、10秒ほど経ったところで取り出して水へ移す。
そして、水の中でトマトの皮をむく。
むいたトマトをまな板の上にのせて、ざく切りにする。
切ったトマト、玉ねぎ、ニンニクを鍋へ入れてから塩を振る。
そして、かまどの上に鍋を置いて、中火にして木べらで軽く混ぜる。
全体がフツフツと湧き立って、十分に水分が出てきたところで弱火にする。
そのまま焦げ付かないように木べらで混ぜながら煮込み、柔らかくなったトマトと玉ねぎをフォークの背で押しつぶしていく。
十分潰せたら、酢を大さじ3、砂糖を大さじ2、塩こしょうを小さじ1加えて、ローリエを1枚落として全体を混ぜ合わせたら、再び弱火にかけ、鍋の中をゆっくりかき混ぜながら煮詰めていく。
へらでトマトを左右へ分けて、ほんの一瞬だけ鍋底が見えた。
『よし、このくらいで十分だな』
かまどから鍋をおろして、ローリエを取り出して冷ませばトマトケチャップの完成だ。
『さて、必要な調味料はこれで良し。次は……メインのスープから作るかな』
俺は包丁を握り直した。




