第117話
翌日の朝、俺は活気に満ちる大通りを1人で歩いていた。
昨日の話し合いの結果、今日お別れ会をせず、明日行うことにした。
今日1日は準備やミュラと子供たち、そしてこの港町での思い出作りにするためだ。
『今頃ミュラはターンやカル、ナナと一緒に、あっちこっちを走り回っているんだろうな……』
ミュラに、俺も行こうよと言われたが断った。
単純に子供たちだけで遊んでほしかったのと、俺にはやらなければならないことがあるからだ。
『……シャーベットに使う果物は、明日ミュラと一緒に選ぶことにしているからいいとして……』
俺は八百屋の前まで行き、ダイコンを手に持った。
最初にミュラに作ったスープは、全くもって大したものではない。
ゴブリンの巣にあったダイコン、ジャガイモ、干した豚肉をそのまま入れて、煮込んで塩で味付けをした物……。
正直、とても料理と言えるものじゃない。
『作るからには完璧なものを……だ』
ただ変えすぎると、別のスープになってしまうから難しいところだ。
ミュラが求めているのは、あの時の味だからな。
『ベースは塩味にして……あとは少し手を加えて……野菜の種類を増やして……』
俺は八百屋の前で、どの野菜を入れるか数分にらめっこして決めた。
そして、次は魚屋へと向かった。
あのときミュラに食わせたのはアユだ。
けど、これだけだといくら何でも物足りないな。
『となれば……その分は、ミュラに選んでもらった方がいいか。俺が勝手に決めると、思ったのと違ったーなんて悲劇が起きるかもしれんし……』
野菜もそうだが、魚は鮮度が命。
だから今買う意味はない、明日改めて状態を見てから選べばいい。
『しっかし、スープに魚にシャーベット……ミュラが望んだとはいえ、これだけだと流石に寂しいお別れ会になるよな……』
その3種類を完璧に作ったとしても、さすがにみすぼらしい。
何か他に追加した方がいいよな。
『うーむ……何がいいだろうか……』
俺はヒントを求め、視線をキョロキョロと動かしつつ大通りを歩き始めた。
そのまま進んでいると、ふと手をつないだ親子の姿が目に入った。
子供はミュラくらいの女の子で、嬉しそうに笑っていた。
『……母さんか…………あっ』
俺は現世界の母さんの好物を思い出し、歩いていた足を止めた。
果たして、ミュラが喜んでくれるかわからない。
けど俺は母さんの好物を作ってミュラに食べてもらいたいと強く思った。
『……よし、これで明日の料理は決まったぞ! 後は、今日の夕飯だな……ミュラが気に入った唐揚げにでもするかな……いや、どうせなら普通のから揚げじゃなくて……アレを作るかな』
俺は踵を返して、肉屋へ足を向けた。
鶏肉を買い、食堂へと帰ってくるとコヨミが雑巾で食堂の床を掃除していた。
「ただいま」
「あ、お帰りっス」
コヨミは顔を上げて手を止めた。
「その感じだと、明日の料理はバッチリっぽいっスね」
そう言って、コヨミは笑いながら手を動かし始めた。
まだ、顔を隠している状態なのによくわかったな。
「ああ、バッチリ 掃除 手伝う」
「助かるっス」
雑巾を手に持ち、俺はテーブルの上を拭き始めた。
日の光が少し傾いてきたところで、入口の扉が勢いよく開き、ミュラが帰ってきた。
「ただいま~!」
「おかえり」
「おかえりっス、早かったっスね。あれ? 他の子たちは?」
「あしたのじゅんびをしたいから、はやめにおわったの。ミュラも、ちょっとやりたいことがあったし……」
「やりたい 事?」
俺が質問すると、ミュラが意地悪な笑顔を見せてきた。
「ひ~み~つ~! いまから、ミュラはおへやにこもります! ふたりとも、ミュラがいいっていうまで、のぞいちゃだめだからね! ぜったいにだめだからね!」
ミュラの言葉に俺とコヨミが目を合わせる。
「わ。わかったっス。絶対に覗かないっスよ」
「覗か ない」
「じゃあ、いってきます!」
ミュラは満足そうに頷き、2階へと階段を登っていった。
「……なん だろ?」
「女の子は秘密が多いものっスよ、探りを入れたらダメっス」
「あ、ああ……」
納得いったような、いっていないような……複雑な気分だ。
まぁ、コヨミがそう言うんだし、ミュラは放っておこう。
「……さて、じゃあ 俺 夕食 作る」
「あ、お願いっス」
俺は掃除をコヨミに任せ、厨房に入り、買ってきた9本の鶏の手羽をまな板の上に置いた。
まずは、くの字になっている部分の関節を折り曲げて外す。
外したら関節部分を包丁で切って、手羽中と先端部分に分ける。
使うのは手羽中で、先端部分は……後でミュラに冷凍してもらおう。
使い道があるからな。
手羽中は指先で2本の骨を持ち、真下に動かして、骨から身を綺麗に剥がす。
剥がせたら、細い方の骨をひねって身から外す。
後は身を裏返してチューリップの形に整えて、形を整えれば完成。
9本すべてこの形にすれば下ごしらえの終了。
次は味付け。
9本の手羽中を器の中に入れる。
そこに酒を大さじ1、塩とコショウを少々、おろしニンニクを小さじ2分の1入れて揉み込む。
全体がなじんだら薄力粉を大さじ2、片栗粉を大さじ2を加えて、更に揉み込む。
鍋に油を底から3cm程度まで入れて熱して、手羽中を入れる。
表面がこんがりとして、肉に火が通るまで約5~6分ほど揚げれば、チューリップの完成だ。
全部を揚げ終えて、皿に盛っていると、2階からドタドタと音がした。
階段の方を見ると、チューリップの匂いに釣られたミュラが顔を覗かせていた。
そして、視線が即座にチューリップに釘付けになる。
「からあげだあああ! じゅるり」
「からあげ 違う。これ、チューリップ」
「チューリップ?」
階段を飛び降りるかのようにくだってきたミュラが、チューリップの前まで駆け寄って来た。
「おお! ほねがついてる!」
「骨 持って 食べる。1本 食べるか?」
「え? いいの?」
「ああ」
「やった!」
ミュラはすぐに1本をつかんで、そのまま口へと運んだ。
「あ~んっ! もぐもぐ……ん~! おいひぃ! からあげとはまちがうあじがする!」
チューリップも気に入ってくれたみたいだな。
これは下ごしらえが面倒だが、気に入ってもらえるとうれしい。
「……みんなと、おわかれるのもいやだけど……このおいしいごはんから、はなれるのもいやだな〜」
ミュラはそう言って残りを口に入れた。
その言葉にコヨミと一瞬だけ視線が合い、お互いに小さくため息をついた。
「……そうっスね……」
「……そうか……」
ミュラとの一緒にいられるのも……あと1日か……。




