第113話
ミュラの泣き声は、次第に小さくなってきた。
落ち着きを取り戻してきたのだろう。
「……っ……ぐす……ひっく……」
ミュラは袖で目をぬぐい、ゆっくりと顔を上げる。
真っ赤な目に、涙の跡が残っていたが、わずかに表情が和らいでいた。
「……おねえちゃん……」
ミュラはかすれた声で、ヒヅキに向かって口を開いた。
「……パパと……ママに……あいたい……」
「――っ」
ヒヅキは一瞬だけ目を伏せたが、すぐに顔を上げた。
「……はい……会えますよ」
「ほ、ほんと?」
ミュラの表情が明るくなる。
「どこにいるの? いっしょにきてるの?」
「……いいえ……ごめんなさい、一緒には来てないの」
「……そっか……」
ミュラは、少しだけ寂しそうにしながらも言葉を続ける。
「じゃあ、どこにいるの?」
「……王国にいます」
「おうこく?」
「はい。お父さんは足を怪我していて……お母さんもかなり衰弱していました。そのため、この港町に来ることができなかったんです」
「え? そんなにひどいの……?」
「命に別状はありません。そこは安心してください」
「……うん……」
言葉を聞いたミュラは、安心したように肩の力を抜いた。
「今は、王国で治療を受けています。だから……私が迎えに来たんです」
「じゃあ……そのおうこくにいけば、あえるんだね」
「はい……ですが……王国は現在、外部からの立ち入りが厳しく制限されています」
「え? どういうこと?」
「奴隷から解放された人々を保護しているため、混乱を避ける必要があるんです。入れるのは関係者のみ……」
ミュラが不安そうに俺たちの方を見た。
「じゃあ……みんなでいけないの?」
「……ごめんなさい」
「ほんとうに……?」
「……はい……王国に入れるのは、私とミュラちゃんだけです」
「ん~……こればかりは仕方ないっスね。2人で王国に行くっスよ」
「……そっか……」
ミュラが口を尖らせつつ頷いた。
「……」
その様子を見ていたヒヅキは、ぎゅっと手を握りしめ、意を決したように口を開いた。
「……それと、もう一つ……大切なお話があります。お父さんとお母さんは……回復した後……故郷へ戻るとおっしゃっています。聖地の森を守るために……」
「っ!? 聖地の森っスか!?」
ヒヅキの言葉に、コヨミが大声を上げた。
「そんな場所を、あいつらは襲撃したっていうの! なんて罰当たりな!」
コヨミの様子から察するに、相当神聖な場所っぽいな。
「コヨミさん……どういう 場所?」
「……あ、ごめんっス……この大陸には、聖地の森と呼ばれる場所があるっス。そこには神が宿るという巨木があり、その周辺には守人たちの集落があってその神木を守っているっスよ」
「じゃあ、ミュラは その守人?」
「そういう事になるっス……なるほど、外部との接触を避けている守人たちを捕まえれば、人さらいの事は公に出てこない……むかつくけど、考えたっスね」
「ですから、お役目の為に、帰郷を望んでいます。無論、ミュラちゃんと一緒に……」
『そういう……事か……』
俺とコヨミは、ヒヅキの言葉を一瞬で理解できた。
守人の使命、そしてミュラとの生活。
そうなれば当然……。
「ミュラちゃんは……ご両親と一緒に暮らすことになります」
そうなるよな。
「……そ、それ……って……どういう……こと……?」
ミュラの言葉に、ヒヅキははっきりと答える。
「……この港町には……もう帰ってくることはありません」
「――っ!」
その言葉を聞いたミュラが、目を見開く。
「……」
そして、呆然としたまま動かない。
理解が追いついていない感じだ。
「……えと……えと…………コヨミおねえちゃん……もう……あえない……の?」
コヨミの肩がビクリと揺れた。
そして、ミュラの方に顔を向ける。
「……そうっス……聖地の森は、ウチらみたいな部外者が入っていいところじゃないっスから……」
「そんなのやだ! そ、そうだ! ミュラのおともだちってことで!」
「駄目っスよ……掟は掟っスから……」
「そ……んな……」
ミュラの視線が、コヨミから俺の方へと向く。
「……ゴブ……どうにか……できない……の?」
「……でき ない」
「…………」
ミュラの目に、また涙が溜まっていく。
そして、大粒の涙がミュラの頬を伝って床へと落ちた。
「やだ……やだ……やだあああああああああああ!!」
また食堂にミュラの泣き声が響きわたった。
さっきとは違う。
聞いていて、つらい。
「ああああああああああああああああああああああああ!!」
「……ミュラちゃ――」
コヨミがミュラを抱きしめようとした。
その瞬間――。
「――えっ!?」
『――なっ!?』
食堂内の空気が急激に冷え、肌が刺されるみたいな冷気に襲われ始めた。
『この冷気……まさか!?』
ミュラの方を見ると、ミュラの周辺がキラキラと光り、足元の床が氷でどんどんと覆われ始めていた。
「マズイ! 魔力が、暴走してるっス!」
ミュラの周囲から冷気が噴き出し、一瞬で食堂全体を凍りつかせた。
「ああああああああああああああああ!!」
「ミュラちゃん……落ち着いてっス!」
「ミュラッ! 落ち 着く!」
「ああああああああああああああああ!!」
俺たちの叫びをかき消すように、ミュラはますます大きな声を上げた。
と同時に、俺を含めコヨミとヒヅキの足元が凍りついた。
『まずい! 足が、動かない!』
「ああああああああああああああああああああああああああああ!!」
ミュラが突然、食堂の入口へ向かって走り出した。
「ミュラ!?」
「「ミュラちゃん!?」」
そして、扉を開けて外へと飛び出して行ってしまった。




