第112話
ヒヅキの話から約2ヵ月が経過した。
王国があちらこちらで組織の拠点を潰している……新聞や風の噂から情報が入ってくる。
ちなみにリー婦人は、あの後あえなく取っ捕まり、牢屋へとぶち込まれた。
本人は否定してたらしいが、証拠が出るわ出るわで、もう一生牢屋暮らしする羽目になったらしい。
俺としては、ミュラを買おうとしていたかもしれないと思うと、実にいい気分ではあるが……しかし、ミュラの両親の情報は1つも入ってこない。
『どうなったんだろうな……』
俺はぼんやりしつつ、昼に食べた食器を洗っていた。
「よいしょ、よいしょ」
ミュラは椅子の上に立って、テーブルを拭き。
「ん~……ちょっと今月は使いすぎちゃったっスね……」
コヨミは足でトントンと床を叩きながら、席に座って家計簿とにらめっこをしていた。
いつもの昼下がり。
相変わらず客が来ない食堂。
そんな変わりない日常。
王国が必死に動いていても、俺たちは何も変わらない。
「ふう~……よし、きれいになった」
テーブルを拭き終わったミュラが、椅子から飛び降りる。
「コヨミおねえちゃん。テーブル、ふきおわったよ~」
そして、コヨミに近づき報告する。
「お、ご苦労様っス。休んでていいっスよ」
「うん、わかった」
コヨミの言葉に、ミュラが厨房の方へ走って来た。
これはたぶん……。
「ねぇねぇ~ゴブ、きょうのよるごはんはなに?」
やっぱりか。
さっき昼を食ったところなのに、もう夜の話だよ。
相変わらず食いしん坊な奴だ。
「まだ 決めて ない」
「そっか~」
「何か 希望 ある?」
俺がそう聞くと、ミュラは腕を組み、目を閉じて考え始めた。
「きぼう? むむむむ…………」
そして、しばらく考えたのち、目をひらいた。
「なんでもいい!」
「そ、そうか……」
考えて出した答えがそれかよ。
しかも、出た答えが一番困る奴だ。
「んー……そう……だな……」
俺は何にしようか考えつつ、次の皿へ手を伸ばした……その時――。
バンッと、食堂の扉が勢いよく開かれた。
「――っ!?」
その音に俺は手が止まり、ミュラは目を丸くし、コヨミが何事かと顔を上げた。
全員の視線が食堂の入り口の方へと向けられた。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
食堂の入り口には、息を切らして肩で呼吸をするヒヅキが立っていた。
「……へっ……? ヒ……ヅキ?」
コヨミの言葉にヒヅキは反応せず、食堂を見渡した。
そして、ミュラを見た瞬間、ピタリと視線が止まった。
「はぁ……はぁ……いたっ!」
ヒヅキはツカツカとミュラの前まで来ると、その場で膝をついて視線を合わせた。
「ヒヅキおねえちゃん?」
ミュラは状況がつかめず首を傾げた。
俺とコヨミもヒヅキに視線を向ける。
ヒヅキは何も答えず、ミュラの肩に両手を置いた。
「……ミュラちゃん」
「えと……な、なに?」
瞬きを繰り返すミュラを見つめたまま、ヒヅキは真剣な表情で口を開いた。
「お父さんの名前……教えて」
「え?」
「ミュラちゃんのお父さんの名前……教えてほしいの」
ミュラはまた首を傾げ、答えた。
「おとうさんは……アイク……だよ?」
「……では、お母さんは?」
「おかあさん? リースだけど……」
「――っ! やっぱり!」
ヒヅキはミュラの答えを聞いた途端、嬉しそうにミュラを引き寄せて抱きしめた。
「むぎゅっ! な、なに!? どうしたの!?」
突然の事に困惑するミュラ。
しかし、俺とコヨミは今のやり取りと、ヒヅキの様子を見てすべてを察していた。
ミュラの両親の名前を確認するという事は……。
「……ヒヅキ、もしかして……」
コヨミの言葉に、ヒヅキが顔を上げてコヨミの方を見た。
そして、力強く頷く。
「……うん! 見つかったよ」
「――っ!」
その瞬間、コヨミは両手で自分の口元を押さえた。
と同時に瞳が潤む。
『よしっ!』
俺は声をあげ、両手の拳を強く握りしめた。
「へ……?」
ミュラは状況が理解できず、抱きしめられたまま不思議そうにヒヅキに質問をする。
「なにが、みつかったの?」
「あ、えとですね……見つかったのは……ミュラちゃんの……お父さんとお母さんです!」
ヒヅキの言葉に、食堂が静まり返る。
「………………えっ……?」
長い沈黙の後、ミュラが魂が抜けたような声で反応した。
「ミュラ。両親が 見つかった。生きて いたんだ!」
「そうっス! 王国が……ううん、ヒヅキが見つけてくれたっスよ!」
ミュラは目が開いたまま、瞬きもせず、ヒヅキの方に顔を向けた。
「…………ほんとに?」
ミュラが震えた声で聞き直す。
ヒヅキはミュラの顔をしっかりと見て、頷いた。
「……はい……アイクさんとリースさんと会いました。そして、ミュラという一人娘がいる事も……」
その言葉を聞いたミュラの瞳がわずかに潤む。
「……ほんとのほんとに……?」
ミュラは確かめるように、呟いた。
ヒヅキが何度も頷く。
「……うん……本当の本当……会えるんだよ、ミュラちゃんの……お父さんとお母さんに」
その瞬間、ミュラの顔が歪んだ。
唇が震え、目に溜まっていた涙が一気に溢れ出る。
「……っ……う、ぁ……っ、うああああああああああああっ……!!」
ミュラの泣き声が食堂内に響いた。
赤ちゃんの様に激しく泣き、そのままヒヅキにしがみつく。
ヒヅキがすぐに腕を回して、ミュラを強く抱きしめた。
コヨミもすぐに動き、横からミュラを抱き寄せるように腕を回した。
「よかったっスね……ミュラちゃん……!」
「……本当に……本当に……よかった!」
コヨミもヒヅキも涙を流し、互いにしがみつくように抱き合ったまま泣き続けた。
『……』
俺は、その様子を見ながら少しだけ視線を上げた。
はは……視界がぼやけるな……なんでだろうな……。
『……今日ほど……うれしい話は……ないな……』




