第111話
料理長にプリンの作り方を教え、俺たちは屋敷の外へと出た。
すると、ノルンが前に出て俺たちに頭を下げた。
「本当にありがとうございました……おかげで、ギルドのメンツは守られました!」
「気に しない」
「そうっスよ」
謙虚な俺たちに対し、ミュラが胸を張って口を開く。
「ミュラのおかげだね!」
お前は何もしていないだろうと、ツッコみかけたがやめた。
本来、冷蔵庫で2~3時間は冷やさないといけない物ばかり作った。
料理そのものを作ったわけじゃないが、氷魔法はすごく助かったものな。
コヨミもノルンも同じように思ったのか、苦笑しつつも何も言わない。
「……ん~!」
コヨミが腕を上げて、背を伸ばした。
「とりあえず、これで一段落っスね。さっさと着替えて、食堂に戻るっスか」
港町に戻った俺たちは、服屋へと向かい着替えることにした。
しかし、服屋に入ってもミュラは一向に着替えようとしなかった。
「どうしたっスか? ミュラちゃん」
不思議に思ったコヨミがミュラに声をかける。
ミュラはモジモジしながら俯き、上目遣いに答えた。
「……これほしい……」
そう言って、ドレスのスカートを少し持ち上げる。
なるほど、着ているドレスが気に入ったのか。
「へ? えっ! そ、それは……ちょっと……」
ミュラの言葉に何やら焦るノルン。
そんなノルンにコヨミが不思議そうに首を傾げた。
「別に、いいじゃないっスか。そのまま買い取――」
言い切る前に、ノルンがすかさずコヨミの腕を掴み、傍へと引き寄せた。
そしてコヨミの耳元へ顔を寄せて、何かを小さく伝える。
「――っ!?」
その瞬間、コヨミが目を見開き口があんぐりと開いた。
コヨミの顔を見ただけで、ノルンが何を言ったのかよくわかるな。
そんなに高い服を俺たちは着ていたのか……まぁ男爵の屋敷に行くんだし、それはそうか。
「……」
コヨミはしばらく視線を泳がせ、それから無理やり口角を引き上げて笑顔を作り、ミュラに視線を合わせた。
「コヨミおねえちゃん?」
「さっ、ミュラちゃん、着替えるっスよ~」
「え~……でも、このドレス……」
「こ、これ以上に可愛く、ミュラちゃんがすごく似合うドレスが見つかるっスよ! ささっ! 汚れないうちに着替えるっスよ~!」
「え? えええ!?」
コヨミはミュラの背中を押して奥へと引っ込んでしまった。
ノルンも、慌ててその後を追いかけて行った。
『……ミュラには申し訳ないが、こればかりは擁護できんな……』
俺も苦笑をしつつ、着替えるために奥へと向かった。
着替えた俺たちは、服屋の外へと出た。
ミュラは不貞腐れたように頬を膨らませている。
「では私は、このままギルド長へ報告に向かいますね。本当に、ありがとうございました」
ノルンがペコリと頭を下げ、足早に去っていった。
「さて、俺たちも 帰る」
「そ、そうっスね~」
「む~……ほしかったぁ~」
コヨミは、またミュラの背中を押しつつ歩き出した。
俺はその後をのんびりと着いて行った。
食堂の扉を開けて中へ入ると、コヨミは椅子の背に手をかけて引き寄せて腰を下ろした。
「ふぅ~……今日は疲れたっスね……このまま、臨時休業でいいっスかね?」
正直、開けたところで客は来ないから、休業と変わらんと思うのだが……まぁ気持ちの問題かな。
休業の方が気が楽だ。
「そう だな」
「あ、そうだ! にわとりのエサあげてない! きょうは、ミュラがとうばんなのに!」
ミュラが慌てて裏庭へと走っていった。
この日は、何気ないやり取りや会話を交わしているうちに、時間は流れ、気が付けば夕方になっていた。
すると、食堂の扉からノック音が聞こえてきた。
コヨミが確認しに行くと、入り口の前にはヒヅキが立っていた。
「あ、ヒヅキおねえちゃん! おひさしぶり~!」
ヒヅキが食堂に入ってくると、ミュラは嬉しそうに両手を振った。
「さっき屋敷であったわよ?」
「でも、おはなししてないもん。だから、おひさしぶり!」
「ふふ、そうね。お久しぶりです」
ヒヅキがミュラに軽く手を振り、椅子へと座った。
「おつかれっス」
コヨミが作り置きしてあったお茶を、テーブルの上に置いた。
「ありがとう、姉さん」
「ヒヅキ、今日は……泊っていくっスよね?」
コヨミの言葉にヒヅキが頷く。
「うん、いいよね?」
「……当たり前っスよ」
「え? ヒヅキおねえちゃん、とまっていくの? わ~い!」
ミュラは笑顔で喜んだが、俺とコヨミはうまく笑顔を作れなかった。
そのまま4人で食事をし、いつの間にか夜になっていた。
楽しく会話をしていたものの、ミュラが大きな欠伸をして目をこするのを見て、今日はお開きとなった。
それぞれ、部屋へと入り、俺は寝床には入らず窓の外を見つめていた。
しばらくすると、ノックが聞こえた。
「入るっスよ?」
「……ああ」
扉が開き、コヨミとヒヅキが部屋に入ってきて、そのまま向かいに腰を下ろした。
そして、ヒヅキが口を開く。
「……掴めました。身売買を行っている連中の所在が……」
言葉を聞いた瞬間、俺は鳥肌が立った。
コヨミも自然と姿勢を正す。
「やっぱり、前々からマークしていた裏組織でした。しかも裏にいるのは……多数の貴族だったの……」
「え? じゃあ、もしかしてセドリック様が!?」
「あ、違う違う!」
コヨミの言葉に、ヒヅキが両手を振って否定する。
「セドリック様は、協力してもらっている側よ。今日来たのは、情報共有と、組織を潰すために兵を動かしてもらうためなの」
「兵を?」
「そう……近くの領地にも、関わってる者がいたの……あのリー婦人よ……」
その名前を聞いた瞬間、コヨミが大きなため息をつき、呆れたように天井を見上げた。
「はああああ~……あのリー婦人っスか……驚きもしないっスね。むしろ、やっぱりかっ! ってなってるっス」
誰だそれ。
聞いたことないぞ。
「誰?」
俺の質問に、コヨミが肩をすくめて答えた。
「金に汚くて、庶民を見下している事で有名っスよ……巷じゃあ、【強欲傲慢の魔女】って呼ばれてるっス」
すごい二つ名だな。
それを聞いただけで、相当嫌われ者なのがよくわかる。
「で、人身売買の奴らが、この地方に来ていたってことは……ミュラちゃんを、買おうとしていた可能性が高いわけです」
その一言を聞いた瞬間、俺は無意識に拳を握り、そのまま床へ叩きつけた。
「ちょ!」
「ゴブ君!」
「あっ!」
俺は慌てて、床から拳を引っ込めた。
すぐに顔を上げ、隣の壁へ視線を向けて、耳を澄ませる。
「「「……」」」
3人の沈黙。
隣の部屋からは何も聞こえない。
数秒そのまま固まり、コヨミが口を開いた。
「……起きてない……ようっスね」
ヒヅキも肩の力を抜き、小さく息を吐く。
「……すまない……」
「いいっスよ。ウチも同じ事しかけちゃったっスからね」
コヨミがやると、今頃床に穴が開いてミュラは確実に起きてきただろうな。
「うん、怒るのは当然だと思うわ」
ヒヅキは姿勢を正し、改めて言葉を続けた。
「そして、今王国が動き出した。組織を潰し、奴隷を解放するために……」
その言葉を聞き、俺はヒヅキへと視線を向ける。
「ミュラの 両親 は……」
「そればかりは、現状なんとも……でも、見つけた場合、すぐにここに駆けつける! 約束するわ」
ヒヅキはまっすぐ俺の目を見る。
俺は信じて頷くしかなかった。
「……頼む」
短く言って、頭を下げた。
「任せてください」
ヒヅキの言葉が、とても力強かった。




