第107話
とはいえ、まだ作るチャンスはあるのだろうか。
そう思った俺はノルンの足をツンツンと叩き、しゃがむように右手を上下させた。
それに気付いたノルンが身を屈めてくれた。
「どうかしましたか?」
「……別の 作っても いいか? 聞いて ほしい」
「え? ということは、まだ候補があるのですか?」
「ああ、でも 今 材料 ない。明日 作りたい」
「なるほど……わかりました」
ノルンが立ち上がり、一歩前に出る。
「セドリック様。お話、よろしいでしょうか」
セドリックはノルンの言葉に、スプーンを皿の上に置いた。
「なんだね?」
「今回の物は違うとわかりました。ですが、まだ他にセドリック様が求める物の候補があります。もう一度、機会をいただけませんでしょうか」
「まだ候補があるのか。うむ、今までで一番近かったのは君たちだ……ぜひ作ってほしい」
「ありがとうございます。ですが、今日は材料がないため、明日に伺いたいのですが……」
「かまわない。期待はしているよ」
「ありがとうございます」
ノルンが頭を下げ、俺たちも頭を下げた。
そして、客室から廊下へと出て行った。
すると、ミュラが風船の空気が抜けたように息を吐き出した。
「ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……きんちょうした~」
「ふふ、そうっスね。それにしてもゴブくん、あの情報だけで、よく次を思いついたっスね」
「あってるか、わから ない けどな。これから 市場 寄って いいか?」
「え? 今からっスか? 別にいいっスよ」
「なにかうの?」
「材料 買う。今日中 準備 したい」
「……その前に、一度着替えに戻りましょう。この服は、借り物なので……」
そう言われて、俺は自分の服装に視線を落とした。
そういえば、俺は子ども服を着ているんだった。
明日もこの服を着ないといけないと思うと、気が重いな……。
「え~……もうきがえちゃうの?」
ミュラが不満そうに口を尖らせた。
お前はお姫様みたいだから、いいけど俺はこの格好が嫌なんだよ。
1秒でも早く脱ぎたいわ。
ミュラを引きずるように屋敷を出て、服屋へと向かった。
着替えが済んだ俺たちは、早速目的のものを買うために市場へと向かった。
とは言っても、露店ですぐ買えるんだけどな。
『えーと……あった、あった』
俺はアーモンドが売られている、露店へと向かった。
「アーモンド、50g ほしい」
「アーモンドを50gですね」
若い男の店員が、アーモンドの入った器にスクープを入れて、数十粒のアーモンドをすくって袋に入れた。
そして、量りの上にのせて重さを調整する。
「……よし。全部で150ゴルドになります」
「はいはい、ちょっと待ってほしいっス…………はい、150ゴルドっス」
「まいどあり」
コヨミが財布からお金を出し、アーモンドの入った袋を受け取った。
「で、他に何を買うんですか?」
「無い。終わり だ」
ノルンの質問に簡単に答える。
その瞬間、3人の視線が俺へと集まった。
「え? おわりなの?」
「買ったのはアーモンドだけっスよ!?」
「本当にこれだけなのですか?」
「後は 明日 買う。今日は 仕込み。だから これで いい」
コヨミとノルンはお互いの顔を見合わせる。
そして、同時に眉間にしわを寄せる。
「……え~と……じゃあ、今日はこれでもう終わりってことっスか?」
「そう だな」
「よくわからないですが……では、今日はここで解散しましょうか」
「そうっスね。明日準備が出来次第、ノルンのいる宿に行くっスね」
「わかりました。では」
俺たちはノルンと別れ、食堂へと帰った。
「よし……やる か」
食堂に戻った早々、俺は厨房へと向かい、底が深い器を取り出した。
そして中に水を入れた。
「コヨミさん。アーモンド ちょうだい」
「はい」
コヨミからアーモンドの入った袋を受け取り、中身を全部器の中へと入れた。
数は大体5~60粒ほどかな。
後の事を考えると、めんどくさいが……まぁ3人もいたらすぐ終わるだろう。
「で、ウチは何をすればいいっスか?」
「ミュラもてつだうよ!」
「もう 終わった」
2人の申し出に、俺はさらっと終了宣言をする。
その言葉を聞いた2人は目をぱちくりさせる。
「終わりって……え? アーモンドを水に入れただけっスよ!?」
「ああ、水で 一晩 ふやかす。作業 明日」
「これだけで、できるの?」
ミュラが不思議そうに首を傾げた。
「問題 ない」
翌朝、目が覚めた俺は、早速水につけてあるアーモンドの様子を見に行った。
水に浸しておいたアーモンドの表面がわずかにふくらんでいる。
『……見た目は良い感じだな』
器の中に手を伸ばし、一粒つまみ上げ、軽く指で押してみる。
アーモンドは硬めのグミみたいな感触になっていた。
よし、十分に水を吸っているな。
「ゴブ、おはよ~……」
ミュラが目をこすりながら階段を下りてきた。
その後ろには、あくびをしてまだ眠そうなコヨミの姿もあった。
ちょうどいいタイミングに起きてきたな。
俺は、アーモンドをザルにあけた。
「よし、手伝って」
「「……へっ?」」
俺たち3人は、黙々とアーモンドの薄皮を剥いて行った。
途中で逃げ出しそうなミュラを捕まえ、ブツブツ文句を言うコヨミを無視し、約50粒のアーモンドを全て剥ききった。
そしてノルンと合流後、足りない分だけ買い足し、服を着替え、屋敷へと向かった。
屋敷に着くと、昨日同様に厨房へと通される。
「さっ、さっさと 作る」
まずは昨日と同じ、スライムの体液の粉……ゼラチンを準備しておく。
次に柔らかくなったアーモンドをすり鉢へと移して、細かくなるまですり潰す。
十分に細かくなったところで、水と一緒に鍋へ移し、火にかける。
弱火で、沸騰させないように火加減を調整しながら、静かに混ぜ続ける。
すると、甘い香りが少しずつ厨房に広がっていった。
「なんか、いいにおいしてきた~」
牛乳のように白くなったら、火から外して布で濾す。
これでアーモンドミルクの完成。
そして、アーモンドミルクを鍋に入れ、牛乳200ml、砂糖大さじ6杯を入れて混ぜて火にかける。
温まったところでゼラチンを加え、完全に溶けるまで静かに混ぜる。
最後に、もう一度布で濾して口当たりを整えて、小さな器に移していく。
「ミュラ、今日も 冷やす」
「うん、まかせて」
頷いたミュラが手をかざすと、器の表面にうっすらと霜が付き、ゆっくりと中身が固まっていく。
表面がしっかりと固まり、揺らしても崩れない状態になれば完成だ。
「……できた。杏仁 豆腐」
ただ正確に言うと、これは杏仁豆腐モドキだ。
本物の杏仁豆腐は、名前の通り杏仁を使う。
しかし、この世界では見つけられなかった……だから、よく似た味のアーモンドで代用するしかなかった。
完全じゃないのが悔やまれるが、まぁこれによく似た味だと男爵が言ったら杏仁豆腐確定。
頑張って杏仁を探してもらうしかない。




