第104話
「ふんふんふ~ん」
食堂の昼下がり。
コヨミは鼻歌交じりで、包丁を砥石の上で滑らせる。
「……ふ~む……もうちょっとかな……」
刃先を何度も確かめつつ、研いでいく。
コヨミの祖母との件以降、肩の荷が下りたのか、コヨミは毎日ご機嫌だった。
あの包丁も、元々は祖母のセレナが使っていたものだ。
コヨミ曰く、どうしてもセレナの包丁だけは気持ち的に使えなかったらしい。
けど、セレナの許しを得たから、ああやって包丁の手入れをしているわけだ。
「ふわ~……きょうもひま~……」
椅子に座っていたミュラが足をプラプラさせつつ、あくびをする。
「そう だな……」
セレナの許しを得ても、お客が来るわけでもない。
とはいえ……フルコースでコヨミの腕も相当上がった。
ここいらで、どかーんと一発宣伝できればいいんだが……。
そんな事を考えていると、ドカーンと爆発音とともに食堂の扉が勢いよく吹き飛んだ。
『おわっ!?』
「きゃっ!!」
「んな!? 何事っスか!?」
その衝撃で、俺はテーブルと一緒に倒れ、ミュラは椅子から転げ落ち、コヨミは手に持っていた包丁を放り上げてしまい、天井に突き刺さる。
『いてて……な、何が起きたんだ?』
俺は恐る恐るテーブルから少し顔を出して爆発した入口の方を見た。
入り口に立っていたのは、馬……ではなく、ケンタウロスのノルンだった。
おいおい、扉を壊したのってノルンかよ。
「はぁ~……はぁ~……」
ノルンは息を切らしながら、食堂の中へと入ってきた。
なんだ、なんか鬼気迫っている感があるぞ。
「……ノ、ノルン!? ちょっと! 何してるっスか!?」
「はぁ~……はぁ~……」
ノルンはコヨミの言葉を聞いていないようで、食堂内をキョロキョロと見渡す。
そして、俺と目が合った瞬間ぴたりと止まった。
『?』
「――いた!」
ノルンがそう叫ぶと、俺の元へと走って来た。
『いっ!? ちょっ!?』
俺は反射的に逃げようとするが、一瞬でノルンに首根っこをつかまれ、捕獲されてしまう。
「お願いします! 助けてください!!」
『ぐええええ』
助けてほしいのは俺の方だ。
くっ首がしまる……意識が……遠のく……。
「全く……なんて事をしてくれたっスか……」
「……面目ない」
落ち着きを取り戻したノルンが頭を下げる。
ノルンがこんなにも取り乱したのは初めて見るな。
「修理費はちゃんと出してもらうっスからね。で? あんなに慌てて、何があったっスか?」
「実は今……ギルドが……大騒ぎになっているんです……」
「大騒ぎ?」
ノルンの言葉に、コヨミが眉をひそめる。
「依頼が来たんです……男爵から……」
「男爵……? って、セドリック男爵っスか?」
コヨミの質問に、ノルンが小さく頷く。
「はぁ……なるほど……なんとなく、察しがついたっスよ」
それを見たコヨミは軽く息を吐いてから、肩の力を抜いた。
この感じだと、そのセドリック男爵に問題があるみたいだな。
「ねぇ~ねぇ~、そのセドリック? だんしゃくってだれ?」
ミュラの質問に、ノルンが口を開いた。
「ギルド長の幼馴染の貴族の方です。それで、よくウチのギルドに依頼を出してくれる方なのですが…………」
そこまで言い、急にノルンの口が閉じてしまった。
依頼を出してくれる方……で、止まるとなると、この後に続く言葉が簡単に想像できる。
「……無理難題が多いっスよ……」
デスヨネー。
そうだと思った。
「ギルド長の幼馴染であり、ギルドに入るお金も多いっスから、セドリック男爵の依頼は必ず成功させないといけない暗黙のルールがあるっスよ」
嫌なルールだな。
このノルンの様子だと、相当きつい依頼が来たんだろうな。
「で? その依頼と、ウチの食堂の扉が破壊される事になんの関係があるっスか?」
コヨミがノルンに詰め寄ると、ノルンは1枚の紙を取り出して、コヨミに手渡した。
「これ、依頼書っスか?」
「そう……読めばわかります……」
「読めば? え~と何々…………思い出の味を作ってほしい。今度、我が屋敷でパーティーをする事になり、私が子供の頃に滞在していたメイドが作った特製の菓子を出したいと思う。だが、そのメイドは辞めてしまい、今はどこに住んでいるかもわからない。その為、以下の記憶から、該当する菓子を作ってほしい【甘く、スプーンで食べ、口の中でくずれ、ぷるっとしていてスライムみたいな食感】以上…………以上って、これだけでわかるか!!」
コヨミが勢いよく依頼書を床に叩きつけた。
その気持ちよくわかるぞ。
甘く、スプーンで食べ、口の中でくずれ、ぷるっとしていてスライムみたいな食感……それだけで、思い出の味を作ってほしいって無茶にもほどがあるぞ。
「いくら何でも情報がなさすぎっスよ!」
「はい……ですから……」
ノルンが俺の方を見た。
「料理に詳しいゴブ君に、解決してほしいんです!」
なるほど、それで一目散に俺の方に来て助けてか。
しかしだな……。
「そう 言われても……もっと 情報 ない?」
これで理解しろっていう方がおかしいっての。
「すみません……これだけなんです……」
マジかよ。
「んー……だと したら 無――」
無理と言いかけた瞬間、ノルンが俺の肩をガシリとつかんだ。
「そんな言わないでください! ギルド長が、その……大丈夫、まかせろって言ってしまいまして……」
「……はぁ、見栄を張っちゃったわけっスね……あのバカギルド長……それで、ギルド内が大騒ぎになっているわけっスか」
ノルンが何度も頷いた。
「はい、それでギルド長が面子を保つために、みんな死ぬ気で探せと……」
面子、か。
そんな物の為に、みんなを巻き込むなよな。
「ゴブくん……ノルンの依頼、頼まれてくれないっスか? もう見てて可哀そうっス……」
コヨミがノルンの肩に手を置いた。
確かに……このまま断るのは忍びない。
「……仕方 ない。わかった……」
「ありがどうございまずうううううううう!!」
ノルンが泣きながら俺にしがみついてきた。
まさか、ノルンにしがみつかれる日が来るとはな……。
『にしても、甘くて、スプーンで食べて、口の中でくずれて、ぷるっとしていてスライムみたいな食感……か』
とりあえず、今思いつくのだとアレかな。




