第103話
翌日、俺たちはセレナの病室の前で棒立ちをしていた。
「……」
コヨミは顔を固くして動こうとしない。
うーむ、入りにくいのはわかるが、このままっていうのもな……。
「ねぇ、おねぇちゃん……はいらないの……?」
痺れを切らしたミュラがコヨミの裾を引っ張った。
コヨミはチラリとミュラの顔を見て、パンっと自分の頬を両手で叩いた。
「――っ! よし、行くっス!」
コヨミはそう言うと、病室の扉を勢いよく開け――。
「おばあちゃんっ! ごめんなさいっス!!」
一気にセレナの前まで滑り込み、両手をついて額を床に叩きつけた。
おそろしく速い土下座……オレでなきゃ……って、そんな事を思っている場合じゃない。
俺は慌ててミュラと一緒に病室へと入った。
「「「……」」」
案の定、クロノ、ルナ、そしてセレナがコヨミの姿を見て固まってしまっている。
「……ハッ! な、なにをしてるの……コヨミ!」
ルナが慌てて椅子から立ち上がり、コヨミの傍へと駆け寄る。
「改めて、ごめんなさいっス! 食堂をしていたこと……でも……でも……食堂……ウチにやらせてほしいっス!」
その様子を見ていたセレナがため息をつき、首を振った。
「……駄目だね」
食堂の時とは違い、セレナは落ち着いた口調だ。
腰が痛むのか、冷静になったのか……いずれにせよ、あの時の様な圧はないな。
「お願いっス!」
「土下座されようが、気持ちは変わらん……駄目なものは駄目だ」
「……だったら……1回だけ……1回だけでいいから、ウチの料理を食べてほしいっス!」
コヨミが顔をあげ、セレナをまっすぐ見つめた。
「はあ? お前の料理をだって?」
「そうっス! おばあちゃんにウチの料理を食べてほしいの!」
「何で、そんな事……を……」
セレナはコヨミと目が合ったかと思うと、すぐに視線を逸らした。
「1回でいいの! お願い!」
コヨミはもう一度、床に額を押しつけた。
その姿を見たルナが、顔を歪めて視線をセレナへと向けた。
「……母さん、1度だけでもいいじゃない……」
クロノも小さくため息を吐いてからセレナの方へと体を向ける。
「お義母さん、ここまで言ってるんだから……どうでしょうか……」
「……」
セレナがゆっくりと目を閉じて、しばし沈黙したのち、大きなため息をついた。
「……はあ……わかったよ……1度だけ……だよ……」
「――っ! ありがとう! おばあちゃん!」
それから1ヵ月。
コヨミは毎日のようにフルコースの練習に励んだ。
そのため、同じ料理ばかりであのミュラが飽きたと言い出したくらいだ……。
そして運命の日。
俺とミュラは食堂に入って来た3人を席に案内する。
3人が椅子へと腰を下ろす様子を、コヨミはジッと見つめていた。
ううむ……俺まで緊張してきたよ。
「じゃあ……始めるっス」
コヨミが調理を開始すると、セレナはコヨミの方を向き静かに見つめていた。
「…………よし……ゴブくん、ミュラちゃん。お願いするっス」
俺とミュラは皿を取り、テーブルの上に並べる。
「まずは、前菜のサーモンのカルパッチョっス」
「ほう……これはうまそうだ」
「そうね」
「……」
3人はフォークを伸ばしてサーモンを口へと運ぶ。
「……んっ! おいしいわ、これ!」
「本当だな……」
「……」
両親が言葉を交わす横で、セレナは何も言わずに咀嚼する。
うーむ……あの反応はおいしいのかまずいのか、全く分からん。
「続いて、コヨミスープっス」
「コヨミスープって……あんた、自分の名前つけたの?」
「色々あったっスよ……」
ルナの言葉に、コヨミは苦笑いをしつつ頬をかいた。
「……うん……さっぱりしておいしいよ」
「この団子もおいしいわ……」
「……」
称賛する両親を横目に、セレナはまた黙ってスープを飲み干した。
全部飲んだから……まずくはなかった……って思っていいよな。
次はトマトとモッツァレラのサラダを出すと、セレナが眉を寄せて初めて言葉を発した。
「……なんだい、これは?」
「トマトとモッツァレラのサラダっス」
「モッツァレラだって? なんだい、それは……」
「トマトとね、いっしょにたべるんだよ! すっごくおいしいの!」
ミュラの言葉に、両親が顔を見合わせてからトマトとチーズを一緒に刺し、恐る恐る口へと入れた。
「……もぐもぐ……あら、おいしい」
「……これまた……ワインが飲みたくなるな」
その様子を見ていたセレナもトマトとチーズを一緒に刺し、口へと入れた。
「……ふむ……確かに面白い味で、おいしいね……」
「でしょ!?」
それを聞いたミュラが胸を張る。
セレナは少し口角をあげ、ミュラの頭を軽く撫でた。
「教えてくれて、ありがとうね」
「えへへ~」
その後、魚のアクアパッツァ。
レモンのソルベ。
メインの牛肉の赤ワイン煮込み。
デザートのバニラアイスまで、とどこおりなく進んだ。
両親のクロノとルナはおいしそうに全部食べてくれたが、問題のセレナは全て無言……表情もほぼ変えずだった。
このフルコースが、うまい事いったのかどうかすら全然わからない……。
コヨミは、最後の食後のお茶をそれぞれのコップへと注ぐ。
「……えと……どう……だった……スか?」
コヨミが恐る恐る口を開く。
「うん、とってもうまかったよ」
「そうね。ただ……母さんより上手になってて、ちょっとショックだったけど……」
「……」
クロノとルナは、それぞれ料理の感想を話すが、セレナだけは黙ってお茶を飲んでいた。
うーむ……ずっと無言なのが本当に怖い。
いい加減、何かしゃべってくれよ。
そう思っていると、セレナはお茶を飲み干し、コップをテーブルに置いた。
そして、ゆっくりと顔を横に向け、まっすぐコヨミの顔を見つめた。
「…………駄目だね」
ようやくしゃべったと思えば重い一言。
その一言で食堂の空気は一気に重くなり、コヨミの肩がわずかに震えた。
「切り方が不揃い……盛り付けもいまいち……味付けもまだまだだ」
はっきりとした駄目だし。
コヨミはしょんぼりと頭を下げてしまう。
くそ、その辺りを突かれるとどうしようもない。
やはり1ヵ月じゃ足りなかったか。
「でも! コヨミおねぇちゃんはまいにち――」
ミュラが我慢できずに身を乗り出した。
しかし、すぐにコヨミが手を出して遮り、小さく首を振った。
「……うう」
コヨミを見たミュラは、何かを言いかけ口を閉じて視線を床に落とした。
「……けど」
セレナは笑顔で言葉を続けた。
「……これなら、食堂は任せられるね」
「……え?」
セレナの言葉に、バッとコヨミが顔を上げる。
「ワシは料理より、お前の料理してるところを見ていたよ……必死で……がむしゃらで…………心から、料理を楽しんでいた……だから、任せられると言ったんだよ」
「――っ!」
その瞬間、コヨミが両手で口元をさえ、目から涙が溢れる。
「よかったね! おねぇちゃん!」
ミュラが勢いよくコヨミに飛びついた。
「うん! ありがとうっス! ありがとうっス! 2人共!」
「おわっ!」
コヨミがミュラを抱きかかえつつ、俺に抱きついてきた。
やっ柔らかいものが……。
「良かったな、コヨミ。ところで……ずっと気になっていたんだが……」
クロノが眉を寄せながら俺たちを見つめた。
「その子供たちは、どこの子なんだ?」
……あ、まずい。
俺たちは、コヨミの親戚の子を預かっている事になっている。
コヨミの家族にそんなことを言ったら噓だとすぐにわかってしまうぞ。
どうする、どうごまかす。
「この子達っスか?」
コヨミはミュラと俺を抱えたまま顔を上げ、ニカっと笑った。
「この食堂の仲間……ううん、家族だよ!」




