講義の続き/六人の自己紹介
「今日は、自己紹介をしてもらおうと思う」
アマネがそう告げると、教室に微妙な空気が流れた。
カルトンは眼鏡を直し、ペータは露骨にうつむき、カシックは面倒そうに椅子へ深く座り直す。
「名前や家柄は、最低限でいい」
「女王陛下がいる前で、家柄を最低限と言えるのは先生くらいですよ……」
アリシアが小声でつぶやいた。
「ここではサキアで構いません」
サキアがすかさず訂正する。
「そう言われましても……」
「慣れてください。これは女王としての命令です」
「命令にしてしまったら、余計に畏れ多いのでは」
アマネの指摘に、サキアは数秒考え込んだ。
「……では、幼なじみとしてのお願いです」
「誰の幼なじみなんですか」
カシックが突っ込む。
「アマネのです」
「それは知ってる」
教室に小さな笑いが起きた。
アマネは六人を見渡す。
「紹介してほしいのは、自分が最も困っている魔術についてだ。成功した魔術ではなく、説明できない魔術でもいい」
「困っている魔術を……自己紹介にするのですか」
「このクラスでは、その方が互いをよく知れると思う」
最初に手を挙げたのは、アリシアだった。
「アリシア・イデアルです。父が医療魔術師で、私も家業を継ぐつもりです」
そこで一度、言葉が途切れる。
「治療術は使えます。でも……今の教本に書かれている説明では、人の身体を扱うには曖昧すぎると思っています」
「たとえば?」
「水の精霊に傷を洗い流していただく、と教わります。でも、傷口を洗うことと、切れた組織がつながることは違います。熱を下げることと、病の原因を取り除くことも違います」
アリシアは膝の上で両手を握った。
「父の治療を手伝うたび、結果は出ているのに、なぜ治ったのか分からないことが怖いんです」
「分からないことを怖いと言えるのは、医療に携わるうえで大切な能力だよ」
アマネは黒板に、アリシアの名前とともに書いた。
アリシア――身体と感覚。
次はカルトンだった。
「カ、カルトン・ホリズンです。十五歳です」
「僕たちと同じですね」
ペータが小さく声をかける。
「はい。あの……僕は、魔術が使えません」
教室が静かになった。
「マナ容量の検査では、人並み以上だと言われました。詠唱も覚えています。筆記試験なら、炎系統も水系統も合格点を取れます。でも実技では、一度も……何も起こせたことがありません」
カルトンは教本の角を握り締めた。
「先生方には、頭で考えすぎるからだと言われます。もっと感覚的にやれと。でも、考えないようにしようとすると、余計に何をすればいいか分からなくなって……」
「なるほど」
「やはり、僕には才能がないのでしょうか」
「まだ、そう結論する理由はない」
アマネはきっぱりと答えた。
「今分かっているのは、既存の方法では君の魔術が発動していないということだけだ」
「でも、何年も――」
「何年失敗しても、原因を調べていないなら、同じ観察を繰り返しただけだよ」
黒板に、二つ目の言葉が加わる。
カルトン――術者の主体。
「君は欠陥ではない。今の理論では説明できていない現象だ」
カルトンは俯いた。
眼鏡の奥から一滴だけ落ちたものを、誰も指摘しなかった。
ゼリエが続く。
「ゼリエ・キャータです。父母は神学者で、私も精霊を信仰しています」
「うん」
「私自身は、先生の理論を学びたいと思っています。ですが……学べば学ぶほど、家族や教会から離れてしまうのではないかと、不安です」
黒板に三つ目。
ゼリエ――信仰と理論。
「信仰を捨てるためではなく、何を信じ、何を理論として確かめるのかを区別するために学ぼう」
「はい」
ペータの番が来た。
小柄な身体が、椅子の上で縮こまる。
「ペータ・アナスタシアです。精霊騎士の家系です」
「得意な魔術は?」
「得意と言えるものは……ありません」
「発声術があるだろ」
カシックが言った。
「でも、あれは自分で魔術を出すものではないから」
ペータは喉へ手を添えた。
「私が隣で詠唱すると、他の人の魔術が少し安定することがあります。でも、それだけです。家の者は、剣へ炎や風をまとわせます。私は、声を出すことしかできません」
「声を出すことしか、ではないよ」
アマネは言った。
「君がいなければ渡れない場所があるなら、橋はどちらの岸より劣っているわけではない」
ペータが顔を上げる。
「次の実技で、君の声が何をしているのか調べよう」
四つ目。
ペータ――声と共鳴。
カシックは、順番が来る前から腕を組んでいた。
「カシック。それでいい。家名は言いたくない」
「分かった」
「俺の親は、精霊学派を敵だと思ってる。精霊なんか権力者が作った幻だ、信仰は民衆を支配する道具だって、子どものころから聞かされてきた」
ゼリエの表情が強張る。
「でも、それは俺の考えじゃない」
カシックはゼリエを見ずに続けた。
「親は俺を学院に入れて、精霊学派の矛盾を暴く材料にしようとした。今度はアマネの理論を聞きつけて、利用できると思ってる」
「君は、どうしたい?」
「誰かの議論の札にされたくない」
五つ目。
カシック――学問と政治。
「その願いは、このクラスで守ろう」
「簡単に言うな」
「簡単ではないから、言葉にしたんだ」
最後に、サキアが立った。
扉の外に立つ女性騎士の気配が、わずかに張りつめる。
「サキア・グランドリス。グランドリス帝国の女王です」
その瞬間だけ、十五歳の少女ではなく、一国を背負う統治者の声になった。
「グランドリス王家には、代々継承される光魔術があります。王権の証であり、国を守る術でもあります」
サキアの指が、机の端へ触れる。
「ですが、私はその術を完全には使えません」
アリシアが息をのむ。
「母、先代女王サキリスは、私に術の全てを伝える前に亡くなりました。光を集めることはできます。しかし、留めることができない。形にしようとした瞬間に、光が散ってしまいます」
「サキア……」
「民には公表していません。王家の光を継げない女王が、どのように見られるか分かっていますから」
アマネは何も慰めなかった。
できるとも、心配ないとも言わなかった。
ただ、他の五人と同じように黒板へ名前を書いた。
サキア――王権と一人の少女。
サキアが、その言葉を見つめる。
「女王ではなく、少女なのですか」
「両方だよ」
「同時に?」
「少なくとも、片方を消す必要はないと思う」
アマネは黒板に並んだ六人の名を見渡した。
身体と感覚。
術者の主体。
信仰と理論。
声と共鳴。
学問と政治。
王権と一人の少女。
「学院の古い分類では、君たちは全員、標準から外れた例になる」
カルトンの肩がこわばる。
「でも、六人も例外が集まったなら、疑うべきなのは六人ではない」
アマネは振り返った。
「理論の方だ」
六人の視線が上がる。
「これまでの魔術理論は、うまく使えた人の経験を集めて作られた。説明できなかった人を、才能がない、信仰がない、血が悪いと呼んで外へ置いた。それなら理論は、最初から自分が説明できるものだけを世界と呼んでいたことになる」
「私たちは……例外ではないのですか」
ペータが尋ねた。
「例外かもしれない。でも、例外は無価値という意味ではない」
アマネは微笑んだ。
「理論がどこで壊れるかを教えてくれる、最も大切な先生だ」
講義終了の鐘が鳴った。
「明日は実技場へ集合。実際に君たちの魔術を観察しよう」
「じ、実技ですか!」
カルトンの顔が青ざめる。
「成績はつけないよ」
「そういう問題では……」
「失敗してもいい。正確には、これまで失敗と呼ばれてきた現象を、もっと詳しく観察する」
生徒たちが教室を出たあと、サキアだけが残った。
「アマネ」
「どうしたの?」
「私を特別扱いしませんでしたね」
「約束したからね」
「一番最後にしたこと以外は、他の皆と同じでした」
「最後にしたのは、サキアなら待てると思ったからだよ」
サキアの表情が少し明るくなる。
「それは、私を信頼しているという意味ですか」
「もちろん。理解力の高い受講生だから」
明るくなった表情が、瞬時に曇った。
「……もう結構です」
「何か変なことを言った?」
「ご自分でお考えください、先生」
サキアは足音を響かせて教室を出た。
廊下で待っていた女性騎士が、アマネへ同情するような視線を一瞬だけ向け、そのあとを追っていく。
アマネはしばらく扉を見つめた。
「受講生として褒めたのに……」
少年講師は、世界を動かす物語については多くを理解していた。
けれど、一人の少女の言葉の裏側については、まだ研究が必要だった。




