第7話 よく食べるお客さん
「おばあちゃん、お魚、かかりました!」
髪の短くなったリリアが、網を担いで駆け戻ってくる。
ばたばたと床板が鳴り、家が揺れた。網の中では、魚がピチピチと跳ねている。
「よいしょっ」
網を下ろすと、足元がズシンと揺れる。海水が弾け、生臭い風がふわりと立った。
下拵えをしていた老婆が、手を止めて目を見開く。
「あんた、とんでもない力だねえ。……よし、捌き方も教えるよ」
「は、はい」
包丁を握るのは、生まれて初めてだった。
最初の一匹は見るも無惨な有様になったが、五匹目あたりから、少しずつ形になってきた。
「筋は悪くないよ」
老婆はリリアの手元を覗き込み、それから、ふと顔を上げた。
「それにしても、その髪。ずいぶん思い切ったねえ」
うつむくと、肩の上で切り揃えられた髪が、さらりと頬にかかった。
昨日まで、こんなに軽くはなかった。首筋を風が通り抜けていくのが、まだ落ち着かない。
「働くのに、邪魔だったので」
老婆は、それ以上何も言わなかった。
山のように積まれていく下拵え済みの魚を見て、リリアは尋ねた。
「あの、こんなにたくさん……団体のお客様がいらっしゃるのですか?」
老婆は、はっはっと笑う。
「いんや、一人だけだよ」
「え?」
「しかも、女だ。とにかく食べるんだ、あの子は」
呆れたようにため息をつきながらも、その目は笑っていた。
油鍋の中で、切り身がじゅうじゅうと音を立てる。次から次へと揚がっては、大皿に積み上がっていく。
「本当に、一人で……」
半信半疑のまま、リリアも配膳を手伝う。
テーブルいっぱいに並んだフィッシュフライを前に、さすがに多すぎるのではと思い始めた頃。
――こん、こん、と戸を軽く叩く音がして、返事も待たずに開いた。
「お待たせ」
「よう来たね。ほれ、できてるよ」
入り口に立っていたのは、旅装のフードを外した女だった。
無造作に束ねたココアベージュの髪が、肩口で揺れている。化粧気はないのに、目も鼻立ちもくっきりと整っていた。
(あ――)
地図をくれた、あの人だ。
リリアが声を上げるより早く、女はテーブルの上を見て、ぱっと表情を輝かせた。
「わあ、美味しそう!」
椅子に座るなり、フィッシュフライへ迷いなく手を伸ばす。
「いただきます」
もぐもぐと頬を膨らませながら、女はちらりとリリアへ目をやった。
「髪、切ったのね。似合ってるわ」
「あ、ありがとう、ございます……」
答えながらも、リリアの視線は、次々と減っていく皿の山に釘付けだった。
三皿目に手をつけたところで、老婆が横から口を挟む。
「ほら、あんたも突っ立ってないで座りな」
促されるまま席につくと、女はようやく手を止め、こちらへ向き直った。
「改めまして。この街では冒険者として活動しています。メイと呼ばれているわ」
首にかけた冒険者等級章を軽く指でつまんで示す。
(やっぱり、白金等級……)
父と同じ。この街に、二人しかいない等級だった。
「あの、リリアです。メイ、さん、昨日、地図を……あと、乗合馬車でもご一緒でしたよね?」
「ふふ、ちゃんと気づいていたのね」
目を細めて、口の端を持ち上げる。悪戯を打ち明ける前の子供のような顔だった。
「えっと、助けてくれたん、ですよね?」
骨だけになった皿を脇へ寄せると、メイは頬杖をついてリリアを見た。
まっすぐな目に、悪びれた様子はまるでない。
「たしかに、わたくしは、あなたを尾行していました」
リリアの手が、膝の上で止まった。
「……なぜ、ですか」




