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英雄ハーレム、崩壊記〜その娘が父の裏の顔を暴き、超えるまで〜  作者: 水戸直樹


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第62話 出力が、下がってる

「見よ! これこそ僕の、アロフィス・ソルゾラスの剣技だ!」


 砕けた石畳の真ん中で、父が笑っていた。

 剣を振るうたびに、白い光が刃の上で波打つ。


 歓声が、広場を揺らした。


「英雄様!」

「アロフィス様ーっ!」


 父が、地を蹴った。

 黄金の甲冑が、また目の前にいる。


 横薙ぎ。

 リリアは身を沈めた。頭上を過ぎた刃から、白い光の帯が尾を引いて飛び、広場の端の石柱を削りとる。

 悲鳴と、それを上回る歓声。


 返す刃で、振りおろし。

 半身をひねる。すぐ脇の石畳が割れ、亀裂が蛇のように走った。


「……」


 リリアは、何も言わない。

 ただ、かわし続ける。


「どうした! ナナ! 手応えがなさすぎるぞ!」


 父の声が、弾んでいた。

 鎧の継ぎ目から光が噴きだすたびに、父の頬に赤みがさしていく。

 酒に酔ったときと、同じ顔。

 全能感に、酔いしれている。


「動きに迷いがあるな! 僕の娘を名乗ってさ! 僕を陥れようとして! 良心が咎めるだろうさ!」


 父が、高く跳んだ。

 大上段からの一撃に、光の柱が立つ。

 轟音とともに、石畳がすり鉢のようにえぐれ、白い粉塵が広場を覆った。


 粉塵の幕の外へ、リリアは転がり出た。


「これが……白金等級……」


「ああ、これこそ冒険者の頂点だ! 銅等級の君では到底、太刀打ちできまい!」


 粉塵の中から、光をまとった父が歩み出てくる。

 剣の切っ先を、くるりと回してみせた。観衆が、また沸く。


「やはり、いいね、ナナ! ドゥルセの手先なのは許せないが、顔も体つきも申し分ない上に、若く、実力がある」


 父の目が、リリアの頭からつま先までを、ゆっくりとなぞった。


「どうだろう、僕に仕えないか? 降参するなら、悪いようにはしない」


 答えるかわりに、リリアは半歩、退いた。

 その鼻先を、刃がかすめていく。

 父は、話しながら、もう斬りかかっていた。


「僕のもとには、なんでもある。金も、名誉も、女神の加護も! 君ほどの腕なら――」


 突き。払い。斬りあげ。

 光の残像が、いくつも宙に弧を描く。そのすべてを、リリアは紙一重で外していく。


「――僕のいちばん近くに、置いてあげよう! 悪くない話だろう?」


 父の言葉の切れ目に、短い息が混じった。


「……喋りながら動くと、疲れますよ」


「余裕だよ! 僕には、女神の加護がある!」


 大ぶりの一撃を、後ろに飛んでかわす。


(白金等級とは思えないほど……雑。剣技だけなら、銀等級の人の方が上だった)


 振りかぶれば、肩が上がる。踏みこめば、腰が流れる。

 それでも、当たれば石畳ごと砕かれる。


 ——けれど。


 横薙ぎから飛ぶ光の帯が、さっきより短い。

 振りおろしの轟音が、さっきより軽い。

 鎧の継ぎ目から噴きだしていた光が、脈打つたびに、少しずつ細くなっていく。


(……出力が、下がってる)


「はあっ……どうした、また逃げるのか!」


 頬の赤みはそのままに、父の額には、汗が光りはじめていた。


 突きが来る。

 リリアは、今度は退かなかった。

 半歩、内へ。刃の脇をすり抜け、黄金の胸板に、掌を当てる。


 どん、と鈍い音がした。


 父の体が、浮いた。

 黄金の鎧ごと、三歩、四歩と後ろへ押し流され、踵が石畳の亀裂にかかって、たたらを踏む。


「な……」


 歓声が、途切れた。


「え……?」

「いま、英雄様が……押された?」


「この……小娘がっ!」


 父の顔から、笑みが消えていた。

 振りまわす剣に、もう光の帯はない。刃の上の白い光も、蝋燭の火のように頼りなく揺れている。


 リリアは、そのすべてを外し、外したぶんだけ前に出た。

 父が、下がる。また、下がる。


 広場のざわめきが、さっきまでとは違う色に変わっていく。


 司教マルドゥクが眉をひそめる。


(聖遺物があってもだめとはな。……手を貸すしかあるまい)


 父が、剣を大きく振りかぶる。

 残った光を、すべてかき集めたような一撃。


 軌道は、見えている。


 左へ――


 踏みかえようとしたリリアの軸足が、なにかに払われた。


「……うっ!」


 目に見えない、何か。

 体が、傾く。

 黄金の刃が、真上から落ちてくる。


 リリアは、腰の短剣を抜き放った。

 刃の腹を、父の剣の側面に叩きつける。

 火花が散り、軌道がわずかに逸れた。


 すぐ脇の石畳が、砕けて跳ねる。


 ◇


 貴賓席で、セシリアが腰を浮かせた。

 隣のリオルの腕を、つかむ。


「ちょっと! 今のズルい! 審判が魔法攻撃したわ!」


「ああ。リリア、よく対応したな」


「なに落ち着いてるのよ! なんとかして!」


 セシリアの手が、夫の胸ぐらに移った。


「多少の妨害は乗り越えねば。それでも心配なら、君が魔法で助けてやればいいだろう?」


「私じゃだめよ! 絶対、あいつら魔力の痕跡から難癖つけてくるから!」


 ◇


 教会の階段の上で、司教マルドゥクが、小さく舌打ちをした。


(く……。当たらぬ……アロフィスと戦いながら、避けおるだと)


 ◇


「ふうっ……」


 リリアは、目を閉じた。


 朝ごとの瞑想と同じように、呼吸を深く、長く。

 体の内側で、オーラの巡りが速くなっていく。

 父の荒い息も、鎧のきしむ音も、足もとを撫でる、あの見えない何かの気配も。

 目を閉じたほうが、よくわかった。


「目をつぶるとは……なめるなあっ!」


 父が大きく構え、突進してくる。


 交錯の刹那。

 リリアは、父の胸もとへ飛びこんだ。

 低く沈んだ体から、脚が跳ねあがる。

 爪先が、剣を握る父の手を、真下から蹴りあげた。


 黄金の籠手から、剣が離れる。

 宙で二度回り、石畳の上を、乾いた音を立てて転がっていった。


 一拍おいて、歓声が上がった。


「剣を落とした!」

「英雄様の剣を、蹴り飛ばしたぞ!」


 司教マルドゥクが、頭上で両手を交差させた。


「静粛に! 反則の疑いがある!」


 一瞬の静寂。

 それから、広場じゅうから、怒号とブーイングが沸きおこった。


「どこが反則だ!」

「ふざけるな!」


 一方で、教会の階段に近い一角だけが、手を叩いて歓声を上げている。


「不信心者め!」

「司教様の判定を疑うとは!」


 信徒たちだった。


 ◇


「もう! 本当あいつずるい! 私、怒った! リオル、なんとかしてってば!」


 セシリアの手が、今度は夫の首にかかった。ぎゅうぎゅう締めつける。


「わかった、わかったから、手を離せ。俺が死ぬ」


 ◇


 左右に聖騎士を従えた司教は、低い声でつぶやく。


「わかっておるな? お前たちは、できるだけ、私の手元を隠せ」

「は、仰せのままに」


 アロフィスとリリアに向けて、声を張りあげた。


「不正の確認のため、双方の身体をあらためる。両名は武器を拾い、こちらへ」


 リリアは足を止め、首をひねる。


「……不正をしていたのは司教様では? なんらかの攻撃、してましたよね?」


「な、なにを! 女神の審判を疑うとは……! 即刻、反則負けにして良いところを、猶予してやるというのに……!」


 アロフィスも言葉を継ぐ。


「そうだ! 反則した上に、疑うなど! 若いからといって許されるものではない!」


「……」


 その瞬間だった。


 ゴロロロロ……


 空が、急に暗くなる。

 どこからか湧いた黒雲が、あっという間に自由都市を覆っていった。


「な、なに……?」

「晴れてたのに……」


 観衆の中から、悲鳴が上がりはじめる。


 貴賓席。

 セシリアの隣で、リオルが膝の上の手を組んでいた。


「集積、凝結、加熱、対流……」


 指が、目にもとまらぬ速さで、複雑な印を組みかえていく。


「伝導路、固定。……来るぞ、セシリア。耳を塞げ」


 天空から、一筋の稲妻が、教会の階段を貫いた。

 同時に、大気を裂く轟音。


 ぐわああああ!

 きゃあああああ!


 白い煙が、立ちのぼる。

 風が、それを払っていく。


 階段の両脇では、二人の聖騎士が剣の柄に手をかけ、四方へ目を走らせていた。


 その数段下で、黄金の鎧が、尻もちをついたまま立てずにいる。


 リリアは、まだ階段の手前にいた。


 階段の上に、司教が、うつ伏せで倒れている。その両腕は、根元から無くなっていた。


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